優しい涙、誰かのアトリエ
1
それはどこまでも固い大地の上の
希薄な地上の生活
2
誰かの優しさが篝火のように灯されて
私たちはこの世界を生きている
どうしようもなく落ち込む日
だけど涙にばかり濡れていてはいけないと思い
そうして立ち上がる力強さを
私はいつも誰かに求め
私を見つめる誰かに求め
大丈夫だよ、と笑顔を返す
私は、今日も絵を描く
3
優しい誰かが詩をくれた
あなたの指の美しさが
私の午後に流れていきます
──それは光
新たな言葉のためのゆかり
私は、呼吸の奥で受け止めます
そして世界は今日も
優しく泣いているのです
私を含めた誰もが
きっと強く生きている
その裏にたくさんの傷があって
でも人間は他人の傷を見ようとしない
たぶん、そんなものは見なくていい
だけど多くの彼、彼女が
昨日も今日も、そして明日も
匿名という意志で傷を垂れ流す
そうしてできたひとつの川に
私たちはずいぶん深く浸かっている
そうやって知らないうちに舐め合っている傷
それは本当に癒しなのか
それとも傷を開いているのか
そんなことは誰にも分からず
ただ授与と受領の総計だけが
私たちの気持ちを決める
だから
そんな私たちを
ただ見つめるだけでもいいから
それでもどこかで優しく涙を流してくれる
そんな世界はとても素敵だと思う
4
風の強い日
誰かの洗濯物がはためいて
ああ、乾くのを待っている人がいるんだと
人という温もりを感じる
さまざまな温もり
誰かが誰かをおもうあたたかさから
冷たさのなかに残ったわずかな熱まで
それはどんなものであっても
人が人である証拠となる
あのベランダに
冷たい風が吹き付けて
もしも誰かの生きたい気持ちを奪っていっても
きっと世界はあたためてくれる
それは淡い期待
どうしようもなく溢れていく人たちのことを
知らないわけじゃない
だけど私は何もできない
そうしてうつむき涙が落ちても
ぜんぜん優しく泣けてはいない
だから
待ってると言ってくれる人がいるのは
幸せなことだと思う
5
月のように光りたいと思っていた
耳の奥にじんわりと囁いてくるみたいな
夜の闇に滲む光
でも今は太陽のように光りたい
皮膚の細胞のひとつひとつを
そっと包み込むような
優しく触れる手のような光
6
今朝食べたパンは
私がどうしようもなくひとりだということを
悲しいくらいに教えてくれた
コーヒーの苦さが無機質で
飲み切れなくて捨ててしまった
それでも、私は絵を描く
7
私もいつか、描かなくなる日が来る
この体を誰かが見つめて
そしてその誰かの瞳が
自分の奥に、ひとつの絵画を描いてくれたら
この、アトリエは引き継がれる
延々と、全てを繋いでいくように
涙が伝っていく
私の声、私の指、そして
隠れた私を──
今日も風は青く伸びて
地上の色を鮮やかにする
公園で、誰かが喋って
その言葉のひとつひとつが
私たちの呼吸する
この空気のなかへと溶けていく
知らない音がたくさん混ざって
私たちは涙を流す
それが、今日も明日も、きっと優しくあることを
世界はずっと、見つめてくれる