7.きっかけは恋愛ドラマ
「みさとちゃん、きょうもへやのまえにプリントおいておくね」
……ああ、これは夢だ。
美里が閉じ篭って誰とも会わなくなった時の記憶。
この時俺は美里のことをちゃん付けで呼んでいた。
いつからだろうか、俺が美里のことを呼び捨てにするようになったのは。
「……」
美里からは返事がない。
父親がいなくなってから、美里は顔を合わせてくれなくなった。
喋ることもしてくれなかった。
俺だけではなく、心配で様子を見に来たクラスメイトもそれは同じだった。
時にはドアをドンドンと叩いて追い払う始末だ。
クラスメイト達は顔を合わせもしない美里に、三日も経てば会いに来なくなった。
毎日のように会いに来るのは俺ぐらいなもので、美里の母親からは「いつもありがとう」なんて言われたものだ。
当時の俺は授業が終わればすぐに美里に会いに行った。
友達から遊びに誘われることもあったが、俺は美里を優先した。
美里は通っていた小学校で唯一俺と同じ幼稚園の出身で、俺はそんな唯一の存在がいなくなってしまうのが嫌だった。
小学生なのだから新しい友達と楽しく過ごせばいいと他人は思うかもしれない。
しかし、まだ幼いと言っても全く過去がないわけではない。
楽しかった思い出だってある。
美里はその思い出を共有できる身近な存在。
なくなっていいわけがない。
むしろなくなるべきではないのだ。
そんな日々が続いて半月ほど経ったある日、美里に変化があった。
「みさとちゃん、あしたてんこうせいがくるんだって。どんな子なのかなあ」
「かえって……」
「え?」
「かえってよ……。いまはカズくんのかおもみたくないよ!」
今まで口を利いてくれなかった美里が、俺に対して言葉を発してくれた。
俺はひどいことを言われたのにそれが嬉しくて堪らなかった。
別にそういう趣味があるわけではない。
その時の美里は仲のよかった女子とは多少話しはするものの、男子とは一切話をしなかった。
そのことを考えると、俺は美里の特別になれた気がしたのだ。
次の日からの俺は美里に顔を合わせてもらうべく、部屋の前で話しかける以外のことをした。
「ララララ~♪」
「へた」
美里の好きな歌を部屋の前で歌ったり。
「つるのはねがぬけてつるっとなっちゃった!」
「つまらない」
寒いギャグを言ったり。
「みさと! おれがついてる! だからさびしくなんかさせないぞ!」
「どうせおとうさんみたいにいなくなっちゃうんでしょ!」
その時流行っていた恋愛ドラマの真似をしたりした。
今となっては黒歴史そのものだか、その時は楽しくて仕方がなかった。
確かこの時の恋愛ドラマの真似がきっかけで、美里のことを呼び捨てするようになったんだと思う。
そしてついにその日は来た。
「みさと、きょうは――」
ガチャ!
美里の部屋のドアが急に開いた。
ドアに背を預けて体育座りをしていた俺は、そのままひっくり返りそうになる。
「カズくんは……わたしからはなれていかない?」
ドアを開いたことでできた隙間から美里が顔を覗かせていた。
「もちろん! おれたちおさななじみなんだから」
「おさななじみ?」
「そう、おさななじみはえいえんなんだよ。だからずっといっしょ」
実はこれも恋愛ドラマの受け売りだったする。
そのドラマは幼馴染の男女がすれ違いながらも、夫婦となり永遠の愛を誓うというもの。
今では大御所となったヒロイン役の女優が、初々しい演技で「愛してる」なんてセリフを言っていたのが印象に残っている。
俺は幼かったこともあり、その内容を正確には理解していなかった。
そもそも、幼馴染という言葉の意味も、永遠という言葉の意味もわかっていなかった。
ただなんとなく、勢いで幼馴染は永遠だと美里に言ってしまった。
「おさななじみは……えいえん」
それでも美里はどこか納得したようだった。
その日以降、美里は俺に会ってくれるようになった。
そして次第にクラスメイト達とも会うようになっていった。
懐かしい……。
本当に懐かしい……。
………………
…………
……
「カズくんおはよう」
「うわぁ!」
美里の声で目が覚めた。
美里はベットの前に立って、花のような笑顔でこちらをみている。
昨日の俺は亮と連絡を取るのを諦めて寝てしまった。
その時には美里は家に帰っていたはずだ。
泊まったりしてはいない以上、美里は俺よりも早く起きて家に来たということになる。
「なんでいるんだ?」
そもそも美里は今まで俺を起こしに来たりなどしなかった。
幼馴染に朝起こされるというのはラブコメみたいでうらやましい話ではあったが、俺には縁がないはずだった。
「私の携帯壊れちゃったでしょ? 家にいないとカズくんと連絡取れないから、連絡が取れない時間をなくそうと思って」
「だから、起こしに来たって?」
「うん。学校に行く時とか連絡取れないでしょ?」
意味がわからない。
別に夜と違って不審者がいるわけでもないし、何かあれば学校で話せばいい。
そして美里は付け加えるように言った。
「それに『幼馴染』なんだから、朝も昼も夜も一緒にいるのは当然だよ」
★★★★★
それからの美里の行動は常軌を逸していた。
美里は学校に着いてから、始業のベルが鳴るまで俺の傍から離れようとしなかった。
授業が終われば俺のところに来て、またベルが鳴るまで俺と一緒にいる。
美里は昼休みのようなまとまった休み時間だけではなく、授業と授業の間の僅かな休み時間でも俺のところにきた。
それが放課後まで続いた。
幸いというべきなのか、亮は学校を休んだ。
教室に入り、席を見渡したら亮がいないのを確認してつい俺はホッとしてしまった。
あんなことがあった後なので、亮が教室にいるのを美里に見つかったら何があるかわからない。
あれ以上のトラブルは今日は起こらないとわかり俺は安堵した。
それで美里はというと、亮が休んだことを歯牙にもかけていなかった。
まるでいないことが当たり前であるかのようだった。
授業が全て終わり、放課後になっても美里は俺のところに来た。
美里は部活があるはずなので、やっと一人になれると思っていたのだがそうではなかった。
「一緒に帰ろ!」
「部活はどうするんだよ? 今日は休みじゃないだろ?」
「あ、そうだった。ちょっと待ってて」
美里はそう言うと教室から出ていった。
今のうちに帰ってしまおうかとも考えたが、止めておいた。
今の美里を刺激してしまうとただでは済まない気がしたのだ。
それに部活をいつまでも休めるわけがない。
休部届を提出すれば話は別なのだろうが、提出にはいろいろと手続きが必要だ。
そうなれば必然的に美里と一緒にはいられない時間が出てくる。
その時を待っていればいい。
今はどうこうしなくていい。
そんなことを考えていた矢先、美里は俺のところに戻ってきた。
時間にして二十分も経っていない気がする。
「ごめん、お待たせー」
「今日は部活は休むのか?」
「ううん、さっき辞めてきた」
「!?」
美里……ごめん……。
俺があんなこと言ったからだよな……。
美里がおかしくなっちゃったのは……。
本当にごめん……。
「これでカズくんと放課後も一緒いられるね!」
この時の俺は知らなかった。
目の前のことよりも大変なことが起こっていることを。
亮が行方不明になったということを。




