29.俺にとっての『幼馴染』
ニュースキャスターは淡々と火事について語っていた。
俺としては美里や陸が無事なのかを教えて欲しい。
このままファミレスにいても埒があかない。
早急に学校に向かおう。
「薫、悪い。会計しといて」
「あ、おい!」
財布にあったなけなしの五千円札をテーブルに置いて、俺は店を出た。
今月の小遣いはこれですっからかんだ。
金と違って美里と陸は替えが利く存在ではない。
金は後でも手に入れることができる。
今それを惜しんで二人を失うことになったら、俺は一生後悔することになるだろう。
俺は走った。兎に角走った。
車に轢かれそうになったり、人にぶつかって怒鳴られたりもしたが、気にしている余裕などなかった。
「ひでーな、カズっち。置いてくなよ」
ファミレスの会計を頼んだはずの薫が隣にいた。
情けないことに俺は薫よりも足が遅く、あっさり追い付かれてしまったらしい。
「はぁ、おまえ、はぁ、ちゃんと、はぁ、支払ったんだろうな?」
「ちゃんと払ったよ。てか、カズっち五千円も財布に入ってたなら、お釣りでタクシー使えばよかったんじゃね?」
あ。
「それにスマホあるんだから、一回電話かけてみればよかったじゃん」
しまった。
焦りのあまり、無駄に時間がかかる手段を選択していた。
タクシーの方が走るよりも断然早い。
だが、既に学校の近くに来ていたため、完全に後の祭りだった。
息も絶え絶えになりながら、やっとたどり着いたと思ったとその時だった――。
ドンッ!
何かが俺にぶつかった。
体力を使い果たしていた俺は、そのまま地面に仰向けに倒れこむ。
そして――。
ちゅぅぅぅううううう!
生暖かいヌメヌメとしたものが俺の口を塞いた。
背中を思い切りぶつけたことによる肺のダメージと、全力で走ったことによる息切れのせいで、一気に呼吸困難に陥る。
「ふが!」
覆い被さっている奴を引きがそうと、俺はそいつの顔を見た。
美里だった。
良かった……。
美里は無事だったのだ。
「ヒュー! お二人さん、熱いねぇ! オレも仲間に入れてくれよ」
冷やかしてないで助けてくれよ薫。
ホッとした途端、意識もろとも天国に連れていかれそうなんだ。
「お前が薫だな」
聞き覚えのある声。
視界を美里から遮っているため顔は見えないが間違いない。
陸だ。
そうか、美里と陸は一緒にいたのか……。
これなら美里に電話すれば良かったなあ……。
でも、これで心配することはなくなった……。
「ちょっ! カズくん!」
………………
…………
……
★★★★★
学校の火は丸一日かかったものの、消防によって消し止められた。
防火シャッターなどの設備が稼働したおかげか、幸いにも死者は出なかった。
ただ、それでも負傷者は多数いたようだ。
その中には火や煙が原因ではない怪我をした人もいた。
とうやら、避難する際に階段で転んで怪我をしたらしい。
俺はその内の一人になる。
煙を吸ったわけでもないのに、校門の前で気絶するという無様な姿を大勢の前で晒してしまった。
その後何事もなく目を覚ましたものだから、周囲の人達からはいい気なもんだと非難轟々だった。
当然、学校は火事のあったその日から休校になった。
校舎の復旧、もしく仮校舎ができるまでは自主学習となる。
授業ができない分、それだけ休みが減ることになるだろう。
外泊を禁止されてしまっていた俺は、それからずっと家で遊ぶ――じゃなくて勉強していた。
ずっと家にいるのも退屈なので、図書館に行ったり、美里や陸の家に行ったりもした。
もちろん、俺の家に二人が来ることもあった。
しかし、そんな中でも村山さんと薫は俺の家の前で毎日のように待ち構え、遊びに誘ってくる。
普段であれば美里と陸が防いでくれていたのだか、何やら二人とも用事あるらしく、いない日があった。
いない日を狙い撃ちされてしまった俺は、家に入らないことを条件に村山さんと薫と遊ぶことになってしまった。
予想に反し、二人とのデート(?)は普通だった。
映画を見たり、ショッピングを楽しんだりした。
村山さんからは狂気が消えており、薫は刺々しくもない。
二人は終始笑顔だった。
ただ楽しいだけの時間が過ぎていく。
こんなことなら二人をそれど警戒する必要もないかもしれない。
そう考えていたのだが、帰り際に寄った喫茶店で薫から思いもよらないことを言われた。
「なぁ、カズっち、今日は楽しかった?」
「ああ、他の人が学校行ってる時に遊ぶのって何だか優越感に浸れるな」
「そうだろ? だからさ、このままこの生活続けてみないか?」
薫が何を言いたいのかよく分からない。
「どうやって続けるんだよ?」
「簡単さ、三人で働いて生活してくんだよ」
「は?」
「オレは肉体労働で、村山も体使えば結構稼げる。なんならカズっち働かなくていい」
嫌だ。
俺にただのヒモになれと言ってるのと同じだ。
それに二人だけが働いているの見ていたら、罪悪感で押し潰されてしまうだろう。
流石に俺のプライドが許さないので、断ろうとしたその時――。
「え?」
一瞬の出来事だった。
俺達が座る席を制服を着た警官が取り囲んでいる。
俺に警察にお世話になるようなことをした覚えはない。
そして――。
「くそ! なんでだ! クソメンヘラ! テメー誰かに喋ったのか!」
村山さんと薫が取り押さえられた。
薫はともかく、俺には村山さんが捕まる理由は想像がつかない。
一つだけ分かることは、二人は罪を犯したということ。
「喋っちゃダメなんて言ってなかったじゃない!」
俺には二人が何のこと言っているかは分からない。
ただ――。
「やっくん! やっくん! 愛してるの! 私にやっくんを愛させて!」
「カズっちぃい~! オレにはお前だけなんだよぉお~! 愛してるんだよぉお~!」
二人は哀れだった。
自分より体格が勝っている大人達から押さえつけられていた。
そんな中でも二人は愛の言葉を俺に伝えてくる。
――俺はずっと間違えていた。
こんな状況になってようやく気付く。
村山さんと薫が逮捕されることになってしまった原因は恐らく俺。
二人のことだけじゃない、美里と陸が包丁で切り合ったことだって、元を正せば俺に行き着く。
四人とも俺を『幼馴染』だと思っている。
だが、『幼馴染』という関係は、四人とってそれぞれ解釈が違った。
『幼馴染』――俺にとって一番大切な存在――は何なのかをはっきりさせなかったせいだ。
だから皆、俺にとっての『幼馴染』を自分だと思って過激なことするようになってしまった。
四人が俺のことをどう思っているかではなく、俺が四人ことをどう思っているかちゃんと伝え、あやふやな関係を解消するべきだったのだ。
俺の中ではもう結論は出ている。
俺にとっての『幼馴染』は――美里だ。




