23.あの子
なんで……。
なんでなんでなんでなんで!!
俺は一度として、村山さんを家に連れてきたことなどない。
それなのに村山さんが玄関の前にいる。
誰かから聞いたか、俺を後をつける以外に場所を知る方法はない。
後を……つける?
あの時だ。あの時しか考えられない。
村山さんは、俺を追いかけてる時にわざと姿を消したんだ。
後ろを振り向いた時、村山さんがいないことから俺は彼女が諦めたと勘違いした。
そして村山さんは安心して家に帰る俺の後をつけたのだ。
「閉めないで、北村くん」
慌てて玄関の戸を閉めようとするも、足を挟まれてしまった。
「今日は美里が来るんだよ。悪いけど、帰ってくれないかな?」
「辻堂さん? いいよ。私は気にしないから」
そういう問題じゃない。
俺と村山さんとはただの同級生、家に入れるわけにはいかない。
今日に限って両親がいないことが悔やまれる。
美里と二人でイチャイチャできると思って喜んでいたら、これだ。
全く嫌になる。
「…………」
「!?」
無言で隙間から手が伸びてきて、腕を掴まれてしまった。
手首に指が突き刺さるのではないかと思うくらい力が込められており、絶対に離なさないという思いがひしひしと伝わってくる。
「じゃ、じゃあ、明日来てよ。とにかく今日は駄目なんだ」
「ホント? 明日ならいいの?」
「うん、約束する」
「わかった。絶対だからね。だって私、北村くんの『幼馴染』になるために取り返しのつかないことしたんだから」
「え……」
彼女は俺の手を離し、玄関の前から立ち去っていった。
村山さんの言う取り返しのつかないこと俺には分からない。
分からないが……。
「ふぅ~」
とりあえず、目下の危機は去ったということだ。
村山さんの気が変わらない内に、念のためドアの鍵は閉めておく。
玄関の扉に背を預け、フラフラと俺は経たり込んでしまった。
まるで思い出したかのように疲れが押し寄せてきて、俺はしばらくその場から動くことができなかった……。
★★★★★
村山さんが帰ってから一時間くらい経った後、美里から今から向かうとの連絡が来た。
夕飯の時間は過ぎていたのだが、どうやら携帯ショップの店員からいろいろと勧誘され、スマホを受け取るのに思いの外時間がかかったそうだ。
それと、俺は村山さんの件を相談するため、陸にも連絡して俺の家に来てもらうことにした。
村山さんとのこれからことを考えねばならない。
とっさに明日来てと言ってしまったが、明日以降も俺は彼女を家に入れるつもりはない。
なるべく教室でも話しはしないつもりだ。
そうなると、陸の協力は必須になるだろう。
ただ、その前に……。
「本当にごめん!」
美里と陸の前で俺は床に額を擦り付けていた。
俺が二人に頭を下げているのは村山さんにキスされた件についてだ。
不可抗力ではあったものの、浮気は浮気。
言い訳したところで事実は変わらない。
「しょうがないよカズくん。私はカズくんの『幼馴染』だから平気だけど、りっくんは……」
美里は口ではそう言うものの、目尻をぴくぴくとさせている。
「麗佳ちゃんとはもう縁を切ろっかな。友達だと思ってたけど、ボクの恋人に手を出すなんて許せないよ」
陸はというと、激辛料理を食べたかのように顔を真っ赤にして、今にも火を吹き出しそうだ。
二人には今日あったことを全て話した。
俺が村山さんに強引に迫られたことを知って、二人は怒りを露にしたものの、どこか納得しているようだった。
そのことあって、俺が村山さんを止められなかったことに関してはお咎めなしである。
「でも、村山さんがそんな大胆なことするとは思わなかったよ。中学の時からカズくんに色目を使ってたの知ってたけど」
え? そうなの? 亮の彼女なのに?
「そうだね。渋沢と別れたから和也くんへの想いが爆発しちゃったのかなぁ」
話を聞く限り、俺は中学時代から村山さんに好かれていたみたいだ。
当時の俺は気付くことはなかったが、二人はその時から気付いていたようだ。
「そういえば陸、村山さんが取り返しがつかないことをしたって言ってたんだけど、何か知ってるか?」
「うーん、なんだろう? ちょっとボクにもわからないなぁ。麗佳ちゃんとは最近スマホでしかやり取りしてなかったし」
「そっか……」
陸に聞いても分からないか。
何か重大なことであるような気がしたが、陸が知らない以上俺には調べようがない。
「ところでカズくん」
「ん?」
美里がしたり顔でこちらを見ていた。
「今日ってさ。おじさんもおばさんも留守なんだよね?」
「そうだけど」
「りっくんまで家に呼んだってことはさ、そういうことなんだよね?」
あ……。
「村山さんにやられた分、いっぱい愛してね、カズくん!」
俺はその夜、二人と幸せな時間を過ごした。
★★★★★
村山さんに関してだが、放課後に陸から部活に誘ってもらうことにした。
陸と村山さんは中学時代は同じ女子テニス部であったことから、村山さんも無下にはしないはすだ。
部活となれば村山さんも時間を取られ、俺の家に来ることはないだろう。
そして俺は家には帰らない。
万が一に備え、以前陸に連れこられた、陸の父親が借りている家で夜を過ごす。
朝になったら、自分の家に着替えを取りに戻る。
ちなみに、既に両親の許可は取得済みだ。
これで教室以外で村山さんと鉢合わせすることもない。
村山さんが俺のこと諦めるまで毎日それの繰り返し。
時間はかかるかもしれないが、これが一番無難であると言えた。
しかし、この計画は思わぬ形で頓挫した。
ある日、着替えを取りに家に戻った時の事だった
「和也、ちょっと来なさい!」
「え、でも学校が……」
「いいから来なさい!」
学校に行こうとしたところを母さんに呼び止められた。
母さんをの様子を見るに、かなり怒っているようだ。
「和也、どういうことなの? あなたが家を留守にするようになってから、美里ちゃんが夕飯を食べに来なくなったのは」
「それは……」
俺は完全に失念してしまっていた。
陸の家で夜を過ごすと言ったら、美里と「私もカズくんと一緒にお泊まりする!」と言って、毎晩俺といるのだ。
このことを母さんには伝えていなかった。
「まあ、それはいいわ。大方あなたと一緒にいるんでしょうから。でもね、その代わり村山さんって子が毎日来るのようになったのよ?」
「!?」
にわかには信じがたいことだが、村山さん部活が終わった後に俺の家に来ていた。
教室で話さないようにしていたのが、かえってそれが仇となったようだ。
「それに昨日、 “あの子” がうちに来た。あなた言ってわよね? あの子は施設に行ったから、もう関わることはないって」
俺の知り合いで施設に行った人間は一人しかいない。
間違いなくあいつだ。
あいつもある意味では美里と陸と同じように幼馴染と呼べるかもしれない。
でも、俺はあいつが施設から出てきたなんて話しは聞いていない。
「母さん、村山さんのことはともかく、俺もあいつのことは知らないんだ」
「嘘おっしゃい! あなたがどんな子と付き合おうとあなたの自由。私は何も言わない。仮に悪い子でも、いい経験になるでしょうから。それでも、柚木ちゃんはだけはだめよ!」
母さんの説教はそれから二時間近く続いた。
そのほとんどが正論であったが故に、俺は黙って聞くことしかできなかった。
これにより、外泊もしばらくの間禁止にされてしまった。
説教が終わり、遅刻は確定していたが俺は学校に行くことになった。
家を出た直後、俺は聞き覚えのある声で話しかけられた。
――あいつの声だった。
「カズっち、久しぶりだな! ずっと会いたかったんたぜ! 会いたすぎて何人か殴っちまいそうだったよ」
「薫……」
「あぁ……オレの『幼馴染』! 愛してる! 今度こそ絶対オレのものになってもらうぜ」




