22.来ちゃった
「んちゅ」
村山さんに突然キスされた俺は、彼女を引き剥がそうとする。
しかし、村山さんが両手で俺の顔を掴んで離してくれない。
掴む力はとても女の子のものとは思えず、ボルトで固定されたかのようにビクともしなかった。
「ふぅふぅふぅふぅ!」
村山さんの荒い鼻息が顔面にかかり、彼女の舌が俺の口内を侵入してくる。
彼女は興奮しているのか、彼女の両手から震えが頭に伝わってきた。
「ふぅふぅふぅふぅふぅふぅ!」
耳の辺りを掴んでいた手が後頭部に移動する。
俺は村山さんにかっちりと頭をホールドされた状態となってしまった。
彼女の肩を押したり、頭を揺らしたりしたが、外れることはなく徒労に終わる。
「ふぅふぅふぅふぅふぅふぅふぅふぅふぅふぅ!!」
村山さんの右手が俺の後頭部を離れた。
情けないことに、左手だけで俺を捕らえている彼女に力負けして俺は逃れることができない。
そうこうしている内に、彼女の右手がもぞもぞと俺の体をまさぐり始める。
そして、よろしくないところに彼女の右手が触れた――。
まずい!
「きゃっ!」
俺はやむを得ず村山さんを思い切り蹴飛ばす。
強い力で押さえつけていたこともあり、反動で村山さんは尻餅をついた。
「ご、ごめん、俺彼女いるんだ。村山さんとそう言うことはできない。それにここ、学校だよ?」
女性に対してやってはいけないことをしたのは重々承知している。
しかし、こうでもしない限り貞操は守れなかった。
美里と陸と関係を持っていて、今さら何を言ってるんだという話ではあるのだが……。
ただ、俺にだって譲れないものはある。
可愛い女の子であればという誰でもいいという訳ではない。
それに俺には彼女を好く道理も、好かれる道理もない。
だから、今の状況には非常に困惑していた。
「そっか、ごめんね……」
村山さんは床に尻をつけたまま動かない。
体勢的に下着が見えそうだったので、俺は慌てて目をそらす。
このまま放っておいてもよかったのだが、流石に気まずかったので村山さんに手を差しのべた。
「私が寂しい思いをさせたからだよね。大丈夫、私わかってるから。安心して彼女と別れていいよ」
「!?」
差しのべた手が急に引っ張られ、村山さんに覆い被さる形になる。
またしても両手で頭を掴まれ、強い力で彼女の胸に押し付けられた。
「えへへ、私の胸、結構大きいでしょ? 今まで待たせた分、好きにしていいんだよ?」
上半身に彼女の足が絡み付き、完全に動けなくなる。
「ねぇ、付き合ってるのって辻堂さん? 辻堂さんだよね? あの子、昔から嫉妬深かったもんね」
俺は村山さんの問いに答えない。
というより、答えられない。
格闘技の閉め技を決められたみたいに、呼吸ができないのだ。
このままでは、意識がホワイトアウトしてしまうと思ったその時だった――。
「ちょっとあなたたち、何やってるの!」
教師から声をかけられ、村山さんの拘束が一瞬だけ緩んだ。
俺はその隙をついて何とか彼女から離れる。
次に村山さんに捕まれば、今度こそ逃げられない。
俺はその場から全力で走った。
教師のことなど気にしている余裕はなかった。
「待って、北村くん! 私と『幼馴染』しよ!」
★★★★★
村山さんはその後もしつこく俺を追いかけてきた。
俺が校舎を出ても村山さんは諦めず、何処までもついてくる。
亮と喧嘩した時に追いかけてきた教師よりも遥かに執念深く、撒くのには相当苦労した。
実際は、撒いたというより村山さんがいなくなったと言った方が正しい気がする。
体力の限界が来て、後ろを振り返ったら村山さんの姿がなかったのだ
現在こうして、家にたどり着けたのは本当に幸運だったと言っていいだろう。
あの時の村山さんの様子は明らかに異常だった。
正直彼女に対して今は恐怖すら感じている。
村山さんが何を考えているのか俺には予想すらできない。
そもそも元カレがいる学校に転入してくるのがおかしい。
前の学校が気に入らなかったとか、トラブルがあったとかで転校すること自体はそれほど珍しいことではない。
たが、普通であれば元カレがいる学校は選択肢として挙がらないだろう。
俺だったら絶対に選ばない。
村山さんは亮が俺と同じ高校に入学したことは知っているが、亮が行方不明になったことは知らないはずなのだ
それでも、彼女は転校してきた。
もしかして、村山さんには亮と出くわさない確証があったとか?
ハハッ、まさかな。
亮は別れてから村山さんとは連絡を取っていないと言っていたし、彼女が亮がどうなっているかなんて知りようがない。
…………。
それなら何故、俺が校舎を案内している時に亮のことを聞いてこなかったんだろう?
校舎を回っている時に、亮とばったり会ってしまうことだってあり得るのに……。
考えても結論は出てこない。
一人で考えるより、ここは村山さんの親友の陸と一緒に考えた方がいい。
村山さんとキスしたことを言うのは気が引けるが、いずれは話さければならないことだ。仕方がない。
ピンポーン!
不意に家のベルが鳴った。
父さんも母さんも今日は高校の同窓会があり、家に居ない。
何だかデジャヴを感じてしまう。
以前美里が亮に近寄るなと言った時も両親が留守の時だ。
とは言え、来客があれば俺が出るしかない。
きっとスマホを修理から受け取った美里が来たのだと思い、俺は玄関を開けた。
俺は迂闊だった。
気付くべきだった。
夕飯の時間には、まだ早いということを。
そして思い出すべきだった。
美里がスマホを受け取ったら連絡すると言っていたことを。
玄関を開けたその先には――。
「えへへ、北村くん、来ちゃった」
村山さんがいた。
「北村くんここに住んでたんだね。私もう覚えたから、これから毎日遊びに来るからね」
止めてくれ……お願いだから……。
「うふふふ、いっぱい『幼馴染』できるね」




