20.『幼馴染』になりたい 【麗佳視点】
今回は麗華視点のお話になります。
「ファッちゃんおはよー。随分遅い登校ね?」
別に遅くはない。普通だ。
私はいつも朝のHR開始十五分前のこの時間に教室に来ている。
「……」
「あ、無視するんだ? ごめんごめん、あんた男とヤる以外のこと興味なかったもんね」
なんてことを言ってくるのだろう
別にそういうことに興味がないわけではないけれど、だからといってそれで頭が一杯という訳じゃない。
ちなみにファッちゃんというのは、私が男とファックしてる噂されてクラスメイトからつけられた汚らわしいなあだ名だ。
「……」
「何か言えよこの阿婆擦れビッチ。てめーアタシの彼氏に手を出して、ただで済むと思ってんの?」
教室に来て早々絡まれてしまっているのは、突っかかってきた女の恋人を私が寝取ったと勘違いされているからだ。
私は勘違いされるようなことは一切していない。
天に誓ってもいい。
歩いている時にチャラい男からナンパされ、それを丁重にお断りしただけだ。
その男が女の彼氏だったらしい。
文句なら彼氏に言えばいいのに……。
思い返せば高校に入学してからはいつもそうだ。
彼氏を誑かしたとか、好きな人に色目を使ったとか、言い掛かりをつけられる。
原因はわからないけど、私には男が寄ってくる。
こういうトラブルを避けるため、私は女子高に入った。
それでも、学校以外の場所では普通に男から声をかけられてしまう。
こんなことなら大好きな北村くんがいる高校にすればよかったと思う。
そこの学校なら北村くんだけではなく、友達の陸ちゃんもいる。
ただ一人、邪魔な奴がいたせいで愛する北村くんと同じ高校に進学することができなかったのだ。
渋沢亮。
全てこいつのせいだ。
北村くんから距離を取られるようになったのも、私が北村くんと離れ離れになってしまったのも。
――私が苛められるようになったのも。
そう全部渋沢のせい。
全部全部全部!!
ああ……北村くんに会いたい。
会いたいよぉ。
★★★★★
「いたい……」
あの後私は、あの女から三発もビンタをもらった。
髪が思い切り掴まれたせいで、折角セットしたのにボサボサになってしまった。
担任が来てその場は収まったものの、頬の痛みはまだ残っている
「ただいま」
「おかえりー。って、お姉ちゃん大丈夫!? 顔赤いよ!?」
家の玄関を開けるとエプロン姿の妹が出迎えてくれた。
私の家では家事が当番制で今日は妹の番だ。
「うん、ちょっと熱っぽいだけだから大丈夫」
大丈夫、そう言うしかない。
例え大丈夫じゃなくても。
仮に苛められていることを妹に話したところで、どうすることもできない。
むしろそんなことを言ったら、妹に余計な心配させてしまう。
父に相談しようにも、仕事で家を留守にすることが多く、そもそも話す機会がない。
それに女の同士のことであれば、年上の女性の方が頼りなるだろう。
もっとも親身になって相談に乗ってくれる年上の女性――母親が私にはいない。
十年前、母は交通事故で亡くなった。
事故で亡くなったので、保険金が支払われた。
当然それだけでは生活が成り立つわけもないので父は仕事を続けた。
元々父は単身赴任が多い仕事をしていたので、母が他界したことにより、私は父と一緒に引っ越しをせざるを得なかった。
母と過ごした家とお別れすることになった時、私は近所迷惑になるくらい大泣きした。
母との思い出がなくなってしまうように感じたからだ。
だが、幼かった私に父に従う以外の選択肢はなく、結局その家は売り払われてしまった。
母は昔、女性では珍しいギタリストしていた。
それなりに人気だったらしく、たった一曲ではあるもののCDも発売された。
ただ、父との結婚を期に母は手元にあったCDを全部捨ててしまっていた。
ギタリスト時代のギターだけが母の形見になった。
母の記憶残る家が無くなってしまった分、代わりに私はそのギターを弾いた。
ギターの音を聴いて、空の彼方に行ってしまった母のことを思い浮かべた。
何度目かの引っ越しの時、父が大切なそのギターを誤って処分してしまった。
悪びれもせず「仕方ないだろ」と言う父を私は許せなかった。
許せなかったと同時にショックだった。
父にとって母は捨ててしまっても平気な存在であったことに深い悲しみと寂しさを覚えた。
そんな時だった。
私が彼と出会ったのは。
私の運命の人、北村和也くんに。
初めて北村くんに会ったのは、中学に入学した頃。
当初、私にとっての彼は有象無象の男達と変わらなかった。
私が彼のことを好きにきっかけは、辻堂さんと話している時に放った何気ない一言だった。
「ねーねーカズくん、あの時歌ってくれた曲ってなんてタイトルなの?」
「あの時?」
「ほら、小学生の時、私の部屋の前で歌ったくれたでしょ?」
「ああ、あれか。あの曲は『いつもあなたの傍にいるからね』ってタイトルだよ」
私はそれを聞いて、心臓が高鳴るのを感じていた。
ドクンという音が、脳を震わせる。
何故なら『いつもあなたの傍にいるからね』は、母が唯一のリリースした曲だったからだ。
ギターを失ってしまった後、私はずっと母のCDを探していた。
CDは絶版となっており、母の芸名でショップの店員に聞いても、ネットで検索しても見つけることかできなかった。
まるで母などこの世に存在していなかったように……。
でも違った。
母は間違いなく存在していた。
北村くんがそれを証明してくれた。
そう、北村くんがいる限り母が消えることがない。
私は北村くんに近付きたかった。
北村くんの傍で、北村くんの中で生きている母をもっと感じたかった。
だけど、北村くんの隣にはいつも辻堂さんがいた。
辻堂さんに聞いたところ、北村くんは恋人ではなく『幼馴染』だという。
北村くんはというと、辻堂さんのことを家族のように思っているらしい。
家族ということは母と私の関係と同じ。
つまり、『幼馴染』というのは母からの愛情と同じ愛情を受けられる存在であるということ。
それで私は、北村くんの『幼馴染』になりたいと考えるようになった。




