2.終わった
亮との交際を認めた美里はあっけらかんとしていた。
俺に黙っていたことに悪びれる様子もない。
亮の勘違いという望みは、跡形もなく消え去ってしまった。
そんな状況であるというのに、俺はまだ諦められずにいた。
「美里から告白したのか?」
「ううん、渋沢くんから」
亮のやつ、俺の知らないところで勝手に告白しやがって!
俺が美里のこと好きなのわかってたんだろ?
どうして告白することを言ってくれなかったんだよ……。
亮は俺が中学に入って初めてできた友人だった。
俺と亮は同じクラスだったが、教室での席は離れていた。
亮と友人になったのは、体育の授業で二人組を作ったことがきっかけだった。
お互いに面識はあったものの、その時はあまり会話はしなかったと思う。
だか、俺たちはその後の体育の授業でも組むことが多くなり、次第に話をするようになった。
亮には俺以外の友人はあまりいなかった。
亮は関わりのない人とは仲良くなろうとはせず、関わりを持った人とのみ仲を深めたいタイプだった。
実際、亮は一度も話したことのないクラスメイトには自分から声をかけるようなことはしなかった。
亮と美里が知り合ったのも、俺が亮に「俺の幼馴染がお前と同じ吹奏楽部にいるぞ」と言ったからだった。
そんな亮は好きな異性に対してはとことん仲を深めたがった。
相手は亮と一緒に保健委員をしていた同じクラスの女の子、亮の元カノだ。
彼女は最初、亮から告白されても交際をお断りしていた。
しかし、亮は交際を断られても何度も彼女にアタックした。
彼女は亮に根負けしていまい、亮と付き合うことになった。
もしかしたら、美里は亮に迫られてやむなく付き合ったのかもしれない。
美里から告白していないのであれば、その可能性はある。
だって、亮の元カノがそうだったんだから。
そんなこじつけに縋る以外なかった。
美里が本気で亮のことが好きならば、俺と美里が一緒にいられる毎日がなくなってしまう。
一緒に夕飯を食べることも、TVを見ることも今後はできなくなるだろう。
俺のかけがえのないものが終わってしまう。
俺は本当に最後の望みをかけ、美里に尋ねた。
「亮と仕方なく付き合ってたりしてないか?」
「え? どういうこと?」
「ほら、亮って前の彼女と付き合った時もOKしてもらえるまで、しつこく告白してただろ? 美里もそうなんじゃないかって……」
「ううん、そんなことないよ」
――終わった。
全身から血の気が引いていくのがわかった。
身体はブルブルと震え始め、目の奥は焼けるように熱い。
それなのに頭はフワフワとしていて、これが現実ではなく夢なのではないかと錯覚していまいそうだった。
美里と俺は本当の家族にはなれない。
そうなる道は断たれてしまったも同然なのだから。
美里は俺と共に歩む道を選ばず、亮と歩む道を選んだ。
仮に美里と亮が破局することがあったとしても、美里の歩んだ道には必ず亮との思い出が残る。
「そっか……。話はそれだけだから、部活頑張れよ」
一刻も早くこの場から離れ、一人になりたかった。
俺は美里に背を向け、手を振って別れようとした。
「ちょっと、カズくん大丈夫!? 顔真っ青だよ!?」
振ろうとした手を美里から掴まれた。
俺のことが心配なのか握る力は強い。
「ああ……大丈夫だ。別になんともないよ」
真っ赤な嘘だ。
本当は歩くことができるのかもあやしい。
今は立っているのだって限界ギリギリのなのだ。
「私、今日の部活は休むよ。こんなカズくんほっとけないよ!」
相変わらず手は離してくれない。
「だから大丈夫だって」
「大丈夫に見えないよ! ほら、保健室にいこう。肩貸してあげるから」
あー、もう煩しい。
いいからほっとてくれよ……。
一人になりたいんだよ……。
「……いいって」
「保健室は嫌だった? じゃあ、家に帰る?」
「いいって言ってんだろ!!」
俺は今の状態で出せる渾身の力で、美里を手を跳ね除けた。
「きゃっ!」
思いの外その力は強かったらしく、美里はしりもちをついた。
俺はその様子を見ても美里に謝ることも、手を伸ばすこともしない。
それなのに美里はすぐに立ち上がって、また俺の手を掴もうとした。
「いい加減にしろよ……」
「え?」
俺の言葉に俺の手を掴もうとしていた美里の手はピタリと止まった。
とにかく一人になりたかった。
走って逃げる余裕は今の俺にはない。
だから俺は言葉で美里を遠ざけることした。
「お前、亮の彼女なんだろ?
だったら亮のことだけ心配してろよ。
だいたい、人の家で毎日メシ食わせてもらってるのにコソコソ彼氏なんか作ってどんなつもりだ?
そもそもなんで黙ってた?
俺に話す必要なんてないって思ってたんだろ?
そうだよな?
だってお前にとって俺はどうでもいい存在なんだから。
俺はメシを作ってくれる人のオマケでしかないんだから」
一度喋りだしたら止まらなかった。
そこには美里に対する苛立ちもあった。
「違う! そんなんじゃないよ! 私にとってカズくんは――」
「うるせーよ! さっさと部活いけよ! お前の顔なんてもう見たくない!」
「カズくん……ごめんねぇ……」
美里はそう言うと、俺に背を向けて何処かに走り出していった。
瞳から零れ落ちた涙が、美里が立っていた地面に跡を残していた。
最低だな俺は。
自分から聞いておきながら、気に入らない答えが返ってきたら突然怒りだすなんて。
一人になりたいからって美里を罵るなんて。
ハハハハハハハハッ!
なんだかどうでもよくなってしまった。
とにかく疲れた。
とりあえず今は休もう……。
俺は制服が汚れることも気にせず、その場にへなへなとへたりこんだ。
★★★★★
暫く休んだら少しだけ気力が沸いてきた。
いつまでもここにいるわけにもいかないので、家路につくことにする。
俺はどうすれば良かったんだろう……。
美里と亮が付き合うことを祝福すればよかったんだろうか。
いや、それができたのならわざわざ美里に聞きにいく必要もなかった。
そもそも美里が誰と付き合おうと美里の勝手だ。
それを阻止できなかった俺が悪い。
俺が謝ったら美里は許してくれるだろうか。
例え許してくれなかったとしても、頭を下げるくらいは人として当然だろう。
もう今までも通りにはいかないだろうが、それでも仕方がない。
「はぁ~……」
思わずため息が出てしまった。
気力は少し回復はしたものの足取りは重い。
これからのことを考えると凄く憂鬱だった。
やっとの思いで校門の前にたどり着く。
この時間に学校にいるのは部活動のある生徒のみ。
部活のない生徒はとっくに帰宅しているので、校門に人はほとんどいない。
しかしそこには部活中のはずの亮がいた。




