16.成り行きには身を任せられない
「ん……」
目が覚めると、眼前には俺の記憶にない天井があった。
少なくとも俺の部屋のものではない。
起き上がって辺りを見渡してみると、可愛らしいクマのぬいぐるみが置いてあり、ここが女の子の部屋だと分かる。
美里の部屋に何度か入ったことがあるのだか、雰囲気が何となく似ている。
一人部屋にしてはかなり大きい。
軽く走るくらいなら余裕でできそうだ
俺が寝ていたベッドもシングルサイズではなく、ダブルサイズ。
まるで高級住宅に招待されたみたいだ。
陸から貰ったコーヒーを飲んでから、その後のことは一切覚えていない。
一体どういうことなのだろう。
コーヒーにはカフェインが入ってるから飲んで眠くなるなんてことはない。
でも、あのコーヒーに口を付けた途端に急激な眠気が襲ってきた。
しかも、とんでもなく苦かった。
……あれ?
そもそもあそこのコーヒーって、あんなに苦味があるものだっただろうか。
甘味料を少し入れたたけで、結構甘くなったような……。
どちらかというと、酸味の強いものだった気がする。
駅前ということもあり、俺はあの店には何度か足を運んだことがある。
確証はないし、味が変わった可能性も捨てきれないが、苦味の原因として考えられるものがある。
コーヒーに何か盛られた――。
そして何か混入させることができるのは、あの場では陸しかいない。
店員が飲み物に薬を入れるのは無理だと言っていい。
個人で営んでいる喫茶店ならともかく、チェーン店では客の前でコーヒーを淹れるので、不審な動きをすれば一発でバレしまうからだ。
でもなんで陸がそんなことを?
目的は何なんだ?
仮に陸が俺のことを憎んでいたとして、俺を眠らせることが復讐の一環だとしたら回りくどすぎる。
それに眠らせた後に、自分より重い俺をわざわざベッドまで運ぶ理由が不明だ。
――ガチャ!
そんなこと考えていると唐突にドアが開かれた。
「あ、和也くん。起きたんだね」
「陸……」
やはりというべきか、ドアを開けたのは陸だった。
「ここは……どこなんだ?」
「ここ? ここはねぇ、ボクと和也くんの愛の巣。新しい世界だよ」
……は?
陸は何を言っている?
愛の巣? 世界?
「ボク嬉しかったよ。部室棟の裏で和也くんが辻堂のせいで世界がおかしい、だからボクと世界を作り直したいって言ってくれて」
俺はそんなこと言ってない。一言も。
関係性がおかしいと美里に伝えただけだ。
「それがコーヒーに睡眠薬を入れたことと何か関係あるのかよ!」
まどろっこしい。
苛立ちすら覚えてしまう。
陸の話は理解ができない。
「関係あるよ。和也くん最近疲れてたでしょ? ああいうことするのは体力使うっていうし、男の人には賢者タイムっていうのがあるんだよね? 安心して、和也くんには負担かけないように、寝ている時にボクが済ませておいたから」
「え……」
これ以上は聞いてはいけない気がした。
聞いてしまえばおそらく後戻りはできないだろう。
「まさか……お前……」
「うん、和也くんとセックスしたよ。ボク、キスも初めてだったから上手くできるかわからなかったけど、凄く気持ちよかったよ。新しい世界が生まれる感覚を身体全部で味わえた」
ああ……ああ……。
なんていうことを……。
俺は美里にあんなことを言ったのに、陸と関係を持ってしまった。
なんで……。
なんでなんでなんでなんでなんで。
「なんでそんなことしたんだよ!」
「何を言ってるの? 和也くん。
辻堂っていう汚れた不純物をボクたちの思い出から完全に取り除くのは不可能。
だから、より強力な思い出、『幼馴染』を新しく形成する必要性がある。
それを気付かせくれたのは和也くんじゃないか。
辻堂のことだから、気づかないところで和也くんと絶対キスしてる。
そうなると新しい世界を構築するにはキス以上のことをしなくちゃならないよね?
ボクたちの新しい思い出をそれ以上のものにするにはセックスしかないよ。
それに性行為をすれば、ボクたちの世界に新しい住人ができる可能性だってあるんだ。
そう、子供だよ、子供!
ボクと和也くんの世界で誕生した生命だから、男の子ならきっとハンサムで、女の子ならきっとかわいいよ!
そしてその子達はボクたちの世界に変化をもたらして、より世界を輝かせてくれるはずさ」
陸の話は鼓膜を経由せず、そのまま素通りしていく。
……俺は美里との関係に悩んでいたが、陸との関係はあまり深く考えたことがなかった。
しかし、陸についても真剣に考えるべきだったのではないだろうか。
美里と陸、二人の幼馴染に共通しているのはたった一つ。
――二人にとっての『幼馴染』は俺の想像を遥かに超えた別次元のものであるということ。
「そっか……」
俺は力なく頷くことしかできなかった。
考えても仕方がないのだ。
常識で何かできる範疇ではないのだから。
もう、成り行きに身を任せよう……。
それが一番楽だ。
「あれ? 和也くん、元気がないみたいだね。
もしかして、辻堂が来るんじゃないかって心配してるの?
大丈夫、この場所知ってるのはボクのお父さんとその愛人くらいだよ。
ボクね、ずっとお父さんの仕事で引っ越しが多いだと思ってたんだ。
でもね、それだけじゃなかったんだ。
お父さんは不倫相手が家に来てほしくなくて、仕事を口実に定期的に引っ越ししてたんだよ。
全く、堪ったもんじゃないよね。
そのせいで友達できなかったんだもん。
この家もお父さんが独身だって偽るために借りたものなんだ。
ボクの家? もちろんこことは別にあるよ。
うふふふ、ボクん家って同時に複数家を借りられるぐらいのお金持ちなんだ。
和也くん知らなかったでしょ?
お母さんに浮気のことしゃべるよってお父さんを脅したら、この家は僕が自由に使っていいって言われたんだ。
だから、ここに来れるのは実質ボクだけ。
辻堂が来たりなんてしないからずっと二人きりになれるよ」
「そっか……」
――ガチャーン!!
不意に窓ガラスの割れる音がした。
アハハハ……これ近所の人びっくりしてるんじゃねーの?
「カズくぅ~ん、どこぉ~、返事してぇ~」
美里の声がした。
知らないはずの場所に美里は来た。
どうやら、成り行きに身を任せるのも簡単なことではないらしい。




