13.報い 【亮視点】
中学生の時、俺は初めて恋というものを知った。
俺はその時まで異性を好きになるなんてことは一度もなかった。
異性の友人は何人かいたものの、それ以上の関係になりたいとなどと考えたことすらない。
彼女との出会いはごくありふれたもので、入学時の恒例行事であるクラス内での自己紹介。
皆趣味だとか、特技だとかを言う中で、彼女たけが少し変わったことを話したのを覚えている。
「村山麗佳です。引っ越しが多くて今まで友達がいたことがありません。今、とても寂しいです」
麗佳の儚げな雰囲気、そして人との繋がりを求める姿に俺の庇護欲は掻き立てられた。
クラスの男子も同じだったらしく、次の日から麗佳の周りには男子が群がるようになった。
そんな彼女はクラスの女子達から嫉妬されてしまい、同性の子達と話すことはなかった。
俺は麗佳の寂しさを埋めるべく、行動を開始した。
まず麗佳と同じ保健委員に立候補した。
男子だけ定員に対して、倍率は十倍。
俺はじゃんけんを制し、麗佳の傍にいる権利を獲得することができた。
そして麗佳が音楽好きだと知り、吹奏楽部にも入った。
同じテニス部に入ろうかとも考えたが、テニスは男女に分かれていて一緒にいられる時間は少ない。
それならば、麗佳の好きなものの知識を深めることの方が重要だと判断した。
どんどん麗佳との距離が縮まっているのを感じていた。
クラスの中で俺より麗佳と話している人間はいない。
俺より親しい人間などいない。
そう思っていた……。
「北村くん、おはよう! この間教えてもらった曲、とっても良かった。動画サイトでMV見るだけじゃ足りなくて、CDも買っちゃったよ!」
「あ、うん。気に入ってもらって良かったよ」
和也が麗佳から親しげに話しかけられていた。
麗佳と和也の接点はほぼないに等しい。
それに、俺が和也に麗佳のことが好きだと伝えていることもあり、和也は麗佳に対してあまり興味を持っていない。
なのに、麗佳は俺ではなく和也に笑みを向けていた。
麗佳と同じ委員会ということで、俺は男子から嫉妬されていた。
そのせいで、クラスの友達は和也くらいしかいない。
しかし、今度は俺が和也に嫉妬する立場になってしまった。
そして同時に焦りも生まれてきた。
このままでは今までの努力が水の泡になると感じ、俺は麗佳に告白することを決めた。
「村山さん、好きだ! 俺の彼女になってくれ!」
「え…………」
麗佳は俺の告白に顔を顰めた。
「君に寂しさなんて感じさせない! 頼む!」
「……」
結局その場では返事はもらえず、後になって断られてしまった。
俺は諦めてはダメだと自分を叱咤し、何度も告白を決行した。
その甲斐あってか、麗佳と俺は付き合うことができた。
麗佳の友達に乱暴を働いてしまったことはあったものの、俺の気持ちに応えてくれたようだった。
俺は幸せだった。
麗佳とは学生ということもあり、キスは疎か手を繋ぐこともしなかったが、恋人として彼女に傍にいられるだけで満足だった。
俺は麗佳を巡る争いに勝利したのだ。
ただ、一つだけ気になることがあった。
麗佳は俺の前で一度足りとも笑顔を見せてくれなかった。
麗佳が笑うのは、友達の大宮か和也と話す時だけだった。
彼氏は俺なんだから、俺の前でも笑えよと思う。
そんな驕りを麗佳は感じとったのか、付き合って一年、俺は突然別れを言い渡された。
「渋沢くん、私もう貴方とは付き合えない」
「え、なんで?」
「私、渋沢くんとは違う高校に行くことにしたの。一緒にいる時間も減るだろうから、もう別れよう?」
「違う高校でも付き合うこと出来るだろ? 一緒にいる時間が減ったって――」
途中まで言いかけて、矛盾していることに気づいた。
元々寂しい思いをさせないと言って付き合った。
傍にいられなくなるのであればそれは本末転倒になる。
その後何度か食い下がったものの、俺たちは中学卒業を目前に別れることになった。
ショックだった。
思い返せば俺がプレゼントを送ることや、遊びに誘うことはあっても、麗佳からはそういったものは皆無。
せっかく彼氏になれたのに、麗佳との間には何も残らなかったのだ。
高校に入学して、環境が変わっても心の傷は癒えることはなかった。
麗佳との関わりを忘れないため、中学から始めた吹奏楽は続けた。
ある日のことだった。
俺は新しい恋をしてしまった。
相手は和也の幼馴染の辻堂美里。
きっかけは練習中にミスをしてしまった俺に向かって放たれた一言。
「渋沢くんって、馬鹿だよね。彼女とか恋人とかいなくなったりすることが当たり前なのに、いちいち気にするなんて。本当に大事なものがわかってないんだね」
彼女の言葉は俺の心に刺さった。
生きていれば、恋人との別れなんていくらでもある。
気にしていてもしょうがない。
人は長い時間をかけて一生のパートナーを見つけるものなのだ。
それを辻堂さんは気づかせてくれた。
俺が辻堂さんを好きになった理由は他にもある。その容姿だ。
校内の男子全員の間で噂になる程、辻堂さんはかなりの美人である。
瞳は透き通った海を彷彿とさせるエメラルドブルー。
鼻は小さくて、唇は何もつけていない筈なのに光を反射してプルりとしている
腰の辺りまで伸びた黒髪は、風に靡くとゆらゆらと揺れて幻想的な雰囲気を醸し出す。
とは言え、辻堂さんに手を出すのは気が引けた。
和也は明らかに辻堂さんに好意を抱いていたし、辻堂さんも和也のことを特別に思っているのは間違いなかった。
そんな中、以前怪我をさせてしまった麗佳の友達、大宮が俺の前に現れた。
大宮は過去のことを水に流し、俺の後押しをしてくれた。
そのこともあって、俺は辻堂さんと付き合うことができた。できたのだか……。
お世辞にも付き合っていると言える状態ではなかった。
麗佳の時と同じで、辻堂さんは俺の前で笑わない。
食事に誘っても「カズくんと食べるから」の一言で終わり。
麗佳にしても辻堂さんにしても笑顔にしたのは和也だけ。
俺が付き合うことになっても、和也は彼女達の心に居座り続け、俺の邪魔をしてきた。
辻堂さんとの関係に悩む一方で、俺は和也に怒りを覚えた。
そして俺は失敗した。
怒りに身を任せ、和也を殴ってしまった。
中学時代からの友人を傷つけてしまった。
麗佳と付き合うことになり、男子達からハブられた時も和也は友達でいてくれたのに……。
俺は報いを受けることになった。
辻堂さんからは二度近寄るなと言われ、応援してくれた大宮からもボコボコにされた。
★★★★★
ボロボロになった身体を引きずりながら、俺は駅に向かっていた。
俺は消えなければならない。
万が一、大宮や辻堂さんに見つかったらどうなるかわからない。
人の目につかないようにするには、どこか遠くへ行く必要がある。
コンビニのATMで全財産を下ろし、ついでにライターとライターオイルも購入した。
身分証やキャッシュカードは今後必要ない。
これから行方をくらますのだから、使う機会には恵まれないだろう。
もし、使ってしまえばいずれ居場所がわかってしまう。
俺は見るのが最後なるであろう自分の家に別れを告げ、近くの川原で身分証やキャッシュカードにライターオイルをかけて燃やした。
勢いよく燃えたそれらを見届け、スマホを川に投げ捨てた。
よくよく考えれば全部川に投げ捨てれば良かったのだか、どちらにせよもう手遅れだ。
駅にたどり着いた俺は向かうべき場所を思案していた。
今ある金がなくなれば、野垂れ死にするしかなくなる。
正体を隠しつつ、働ける場所でないといけない。
…………!!
ふと、ネットで見た動画を思い出した。
それは日雇いで働く人たちを特集したもの。
その人たちが働くドヤ街と呼ばれる場所では、身元不明でも働けるらしい。
そうだ。そこに行こう。
俺は切符を購入し、ホームで電車を待つ。
仕事終わりのサラリーマンが帰ってくる時間帯ということもあって、人がごった返していた。
そこには制服を着た学生の姿もチラホラ見える。
――ドンッ!
唐突に強い力で背中を押された。
フラフラだった俺にその力に反抗するだけの体力はない。
俺は為す術なく線路に落下してしまった。
落下する直前、振り返った先にいたのは――
「れいっ…………か!?」
「アハハハハハ! 北村くん、私やったよ! これで私も『幼馴染』になれるんだよね!?」
――プゥウウウウウウウウウウ!!
『○○線人身事故の影響により、運行停止となっております。現在、△△線にて振替輸送を行っております。お急ぎのところ大変申し訳ございません』




