12.わかっていない
「どうして辻堂がいるのかな?」
部室棟の裏で待っていた陸の第一声。
その声には陸の苛立ちがふんだんに盛り込まれていた。
陸の纏う空気は怒りに満ちている。
「いちゃいけないの? 私はカズくんの『幼馴染』なんだから一緒にいるのは当たり前でしょ?」
俺に代わって答えたのは美里。
美里は陸とは違って余裕のある笑みを浮かべていた。
「ボクの『幼馴染』なんだけど?」
「あなたのぉ~? 面白くない冗談を言うのね。頭大丈夫?」
美里が人差し指を頭に当て、侮蔑の視線を陸に向ける。
「――ッ!!!」
忌諱に触れてしまったのか、陸は暴走機関車みたいに今にも美里に襲いかかりそうだった。
「ま、待ってくれ、陸。俺が連れ来たんだよ。美里のことでもあるし、美里がいた方がいいと思ったんだ」
とっさに口を開いた。
正直、自分でも苦しい言い訳だとは思う。
しかし、美里が無理やりついて来たと言ったところで、状況が悪化するだけのように感じたのだ。
「そうか……そうだっんだね。和也くん。ボクはてっきり……」
溢れんばかりに出ていた陸の怒気は一瞬にして鳴りを潜めた。
俺の言葉でなんとか陸は落ち着きを取り戻したようだ。
その様子を見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。
こんなことになるとは想定していなかった。
美里と陸は同じ中学だし、お互いに知らない仲ではないはずだ。
いや、他人であってもここまで険悪になるだろうか。
「カズくん、わたしのことって?」
自分の話が出てきたので、その内容が気になったのか美里は俺に問いかけてきた。
「えーと……その」
どう答えたらいいのかわからない。
正に美里が離れられないこの状況をどうにかしたいのだから。
「辻堂、それを和也くんに言わせるのかい?」
今度は陸が横から口を挟んでくる。
「あなたに聞いてないんだけど? 私とカズくん話だから黙っててくれる?」
「何を言っているのかな? これはボクと和也くんの話だよ」
「はぁ?」
「はっきり言おう。辻堂、お前は和也くんにとって邪魔な存在なんだよ!」
「ふーん、あっそ。それよりカズくん、わたしのことって何かな?」
美里は陸の言ったことなど素知らぬふりで、また俺に聞いてくる。
というか、さっき陸はなんて言ったんだ?
美里が俺にとって邪魔な存在?
確かにここ両三日の美里は俺から一時も離れようとしない。
煩わしいと思ったことだってある。
だからこそ、美里を刺激せずに距離を取る方法を知るためにここに来たのだ。
俺は陸がその方法を教えてくれるものだと思っていた。
しかし、陸は美里の姿を見た途端、美里に対して敵意をむき出しにしてきた。
もう俺自身でなんとかするしかない。
「美里は亮の彼女だろ? 俺とだけ一緒にいるのはまずいと思うんだ」
行方不明の亮をだしに使ってしまったが、実際美里と亮はまだ別れたわけではない。
「なに言ってるのカズくん。『幼馴染』なんだからずっと傍にいるのは常識でしょ?」
ダメだ。
何を言っても幼馴染だからの一点張りで、話が進まない。
幼馴染とはなんなのかをはっきりさせる必要がある
「四六時中一緒にいるなんて普通の幼馴染じゃありえないんだよ。世界中の誰が見ても、今の状態はおかしい」
俺が言い終わったのと同時だった――
「カズくぅん……うぅ……ありがとう。わたしすごく嬉ししい」
美里が急に涙を流し始めた。
そして陸は――
「アハハハ! そうか、そういうことだったんだね! 和也くん、ボクは嬉しいよ!」
不意に笑いだした。
俺は悲しませるようなことも、面白いことも何一つ言ってない。
片方は泣き、片方は笑う。
真逆のはずなのに、伝わってくるのはどちらも激しい喜びの感情。
美里はともかく、陸の様子もおかしい。
一体何がどうなっている?
ああ……わからない…………。
頭が機能を停止して、考えることを放棄するように警告を出してくる。
まだ昼食を取っていないのに、急激に眠気が襲ってきた。
「「安心して、私 (ボク)わかってるから!」」
俺は何一つわかっていなかった。
★★★★★
あの後、昼休みが終わるまで美里は泣き続け、陸は笑い続けた。
暴力沙汰にはならなかったものの、何だか嫌な予感がした。
二人の思考が、あらぬ方向に向かっている気がしてならない。
時間を追う毎に悩みが増えていっている。
何か手を打たないといけないと思う反面、有効な手立ては全く浮かばなかった。
結論から言うと俺は何もしなかった。
美里が俺からずっと離れない状態のままここ数日を過ごしていた。
一応、陸とものメッセージのやり取りをしたが『もう少しだから待ってて』と、これもまたよくわからない返信が来るだけだった。
ちなみに亮はまだ見つかっていない。
あくまで噂だが、学生証や保険証といった身分を証明するものだけが、亮の家の近くの川沿いで黒こげになった状態で見つかったらしい。
何も進展がない状況ではあるものの、希望がないわけではない。
今日まで俺が何の行動にでなかったのは、美里が近くにいたからだ。
しかし、今日の放課後は吹奏楽部の退部手続きがあるため、美里がいない。
今日こそは陸から美里と距離を取る方法が聞けるかもしれない。
あの様子だと、聞いたところで意味がないかもしれないが、俺の気付いていないことに陸が気付いている可能性もある。
それに懸けるしかない。
俺は放課後になる前に、陸にメッセージを送った。
『放課後話があるんだけど、いいか?』
『もちろん! ちょうどボクも話があったんだ。お茶でもしながらでも話そうよ』
陸から指定されたのは、駅前のチェーンの珈琲店。
美里を学校に置き去りにするのは気が引けるが、仕方がない。
俺が店に入ると、早くも陸は席に座っていた。
陸は俺を見つけると、席はこっちだと手招きしてくる。
まだ自分の飲み物を買っていなかったのだか、既に机にカップが二つ用意されていた。
「悪い、待たせた上に飲み物まで」
「いいよ、それより座って」
財布からお金出して、陸に渡そうとするが断られてしまった。
席に座ってさっそく飲み物に口をつけたところ、ある違和感に気づいた。
――苦い。
俺が飲んだのはアイスコーヒー。
ガムシロップも入れてないブラックの状態なので、苦くて当然。当然なのだか……。
何故だか急に瞼が尋常ではないレベルで重くなる。
それどころかに全身から姿勢を保つ程度の力も抜けていくのを感じた。
そして机に引き寄せられるかのように、頭から机にダイブしてしまった。
遠のく意識の中で、陸がこちらに向かって微笑んでいるのが見えた。




