10.消えるか死ぬか 【陸視点】
辻堂の排除を決意した日から二年が経っていた。
小学生の時のような引っ越し地獄は収まっており、ボクは中学を転校することはなかった。
ボクはこの二年間、辻堂を抹殺するための計画を練っていた。
本当はすぐにでも消してやりたかった。
だけど、辻堂の隣にはいつも和也くんがいた。
和也くんがいる前では流石に行動には移せない。
事が事だ、万が一にも和也くんが怪我をするようなことがあってはならない。
そんなボクのことなど露知らず、和也くんと肩を寄せて歩く辻堂の姿を見て、ボクは辻堂から全身の毛をむしり取ってやりたかった。
一方で麗佳ちゃんと渋沢は付き合うことになった。
ボクは交際には反対したのだけれど、麗佳ちゃんは渋沢のしつこさに気持ち負けしてしまった。
虚ろな眼で渋沢と話す麗佳ちゃんが不憫でならなかった。
辻堂のことも気掛かりではあったものの、ボクはまずは渋沢を対処することにした。
ボクが渋沢に麗佳ちゃんと別れるよう言っても、渋沢は聞かないだろう。
それくらい渋沢は麗佳ちゃんに夢中だ
それにボクが渋沢と直接会話したのもあれから一度もない。
そうなってくると、申し訳ないことにはなるが麗佳ちゃん自身から渋沢に別れを告げてもらうしかない。
だからボクは麗佳ちゃんにこうアドバイスした。
「麗佳ちゃん、渋沢から進路を聞かれても絶対に教えちゃダメだよ」
「え、どうして?」
「違う高校に進学することを口実に、渋沢と別れるためだよ」
「でも、通う学校が違うだけで別れる原因になるかな?」
「大丈夫。麗佳ちゃんも経験したでしょ? 転校した後に遊んだ人とかいた? いないでしょ?」
ボクと麗佳ちゃんは同じ経験をしている。
通う学校が異なってしまっただけで、友達がいなくなってしまったことを。
一緒に過ごせる時間が減ったら、人が離れていってしまったことを。
「うん、わかったよ!」
麗佳ちゃんは渋沢と恋人関係を絶つことができたようだった。
そのかわりボクは麗佳ちゃんと別の高校に通うことになってしまった。
ボクは和也くんと一緒にいたかったので、彼と同じ高校に進学することにしたのだ。
皮肉にもあの渋沢とも同じだった。
★★★★★
「陸ちゃん、私達卒業してもずっと友達だよ!」
「うん!」
中学の卒業式の日、ボクは麗佳ちゃんと抱きしめ合っていた。
麗佳ちゃんとの別れは辛かった。
彼女は今まで人間とは違う。ボクの本当の友達。
和也くんと過ごした時間が一番なのはもちろんだけど、彼女と中学時代を過ごせたのはボクにとって幸せだった。
高校に入学してからも辻堂は隙を見せなかった。
辻堂が和也くんから離れるのは授業の時と、部活の時ぐらいでそれ以外は無いに等しかった。
和也くんも満更でもないような顔をしていたので、無性に腹立たしかった。
そんな中ボクはある噂を耳にした。
北村和也と辻堂美里は付き合っていない。
辻堂本人が交際を否定したらしい。
一体どういうことだろう?
てっきりボクは恋人同士だと思っていた。
あれだけ二人の距離が近いのに?
辻堂が和也くんに尋常ならざる想いを抱いているのは間違いない。
それなのに彼女じゃない?
つまりそれは和也くんが辻堂を拒んでいるということ。
……………ん?
これは和也くんからのメッセージだったんだ!
和也くんはボクとの思い出に辻堂がいることが目障りだと思っていた。
しかし理由もなしに辻堂のことを遠ざけてしまうのは気が引けた。
だから、ボクに助けを求めていたんだ。
(すげーな、陸。俺の気持ちに気付いてくれるなんて。やっぱり俺の幼馴染だな)
うん、絶対助けてあげるからね。
男が女から距離を取る理由として妥当なのは、女に他の男ができること。
辻堂は和也くん以外に興味はないだろうが、誤解されるような行動をする男が辻堂の近くにいればそれでいい。
和也くんが辻堂を突き放す理由としては充分。
幸い、ボクには心当たりがある。渋沢亮だ。
ボクは渋沢に接触した。
高校に入っても、渋沢とは話をするようなことはなかったが、ボクのことは覚えていた。
別にこいつに覚えられていても嬉しくはない。
渋沢はボクが現れたことを訝しんでいた。
しかし、ボクを転倒させたことを許すため来たと嘘を言ったら、あっさりそれを信じた。
ボクは辻堂に渋沢を仕向けるべく、和也くんの話を渋沢とした。
その中で辻堂の名前が出た。
なんということだろうか、渋沢は辻堂に好意を抱いていたようだった。
関係もそれほど深くないボクにそんなことを話す渋沢は正直どうかしている。
けれども、タイミングとしては神かがり的と言えた。
ボクは渋沢を煽った。煽りに煽りまくった。
「辻堂さんと和也くんが付き合っていない以上、告白するのは今しかないんだよ? わかってる?」
「なんだか和也に悪い気がして……」
「自分の気持ちを隠すことの方が悪いと思うな。和也くんと友達なんでしょ? モヤモヤしたまま友達を続けられるの?」
「そうか、そうだよな!」
「大事なのは渋沢くんの気持ちだよ。それとも何かい? 君はこのチャンスを逃して一生後悔するつもりなの?」
「そんなつもりはない!」
「だったら告白しなよ。素直な気持ちをぶつければきっと辻堂さんも喜ぶと思うよ」
「ありがとう、大宮。俺、告白するよ」
「どういたしまして」
耳障りのいいことだけを聞かせ、渋沢にはその気になってもらった。
あとは結果を待つのみだった
★★★★★
おかしい……。
おかしいおかしいおかしい。
なんで和也くんが殴られているんだ?
ボクは高校でも中学の時のようにテニスを続けていた。
テニス部の顧問が生徒に連れていかれた時、なんだか嫌な予感がしたのだ。
麗佳ちゃんに嫌な思いをさせた奴を利用しようとしたボクが馬鹿だった。
今すぐ取り除かなくちゃいけない。
ボクの幼馴染を傷つけるものは絶対に許してはいけない。
ボクはラケット片手に渋沢を追いかけるも、逃げられてしまった。
学校の付近を血眼になって何時間も探したが、それでも見つからない。
気が付けば真っ赤に染まった太陽はその姿を隠し、代わりに月が空の支配者となっていた。
もう遅い時間だ。渋沢の始末は明日にしよう。
そう思っていたその時だった。
渋沢がいた。
生まれたての子鹿のような足取りで渋沢は道を歩いている。
両腕は支えを失ったかのようにだらーんとぶら下がっており、明らかに弱っている様子だ。
今の状態なら、力のないボクでもどうにかできるだろう。
ボクは物音をたてないように渋沢の背後に近づき、ラケットのフレームの部分で渋沢の後頭部を思い切り叩いた。
その衝撃でラケットはくの字に折れ曲がる。
「うがっ」
渋沢は前のめりに倒れ、打ち上げられた魚みたいにピクピクと痙攣している。
起き上がられても面倒なので、右腕を釘で打ち付けるように踵で踏みつけた。
「おまえはやっちゃいけないことをした。何をしたかわかってるよね?」
「……」
渋沢から返事はない。
目は開いているので意識を失っているわけでもないだろう。
「聞いてるんだけど? 質問にはちゃんと答えなきゃ」
今度は顔面をシュートを決めるみたいに蹴りつける。
「ぐっ……」
渋沢の鼻から噴水のように血液が溢れてきた。
テニスシューズに血が付着し、斑模様みたいになって気持ち悪い。
「ねえ? 早く答――」
「かず……きたうらあんにぼうりょくをふういました……」
渋沢は呂律が回っていないのか、喋り方がたどたどしい。
「それで? お前は何をしなくちゃいけないと思う?」
「きたうらさんにはあやまりました。あとつじどうさんにいあわれたとおい、にどととちかうかないようにします」
渋沢のボクを馬鹿にしているとしか思えない返しに、煮えたぎる感情が押し寄せてくる。
幼馴染を壊そうとしたのになんて甘い考えだ。
「それで済むと思ってるのかああああ!!」
「うぇ?」
「消えろ! 今すぐ消えろ! 消えろ消えろ消えろ消えろ! できないなら死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね! お前ができるのはそれだけだ!」
ボクは渋沢によく見えるようにラケットを高く振り上げる。
ふざけたこと言えば頭をかち割るぞという脅しだ。
「きぇまふ。きぇまふから」
「いいか? 完全に姿を消せ。人から見られるな、人を見るな。約束を破るなら殺す」
渋沢は無言で頷く。
ボクが足の力を緩めると、ヨロヨロと立ち上がってゾンビのように当てもなくどこかへ歩いていった。
あれだけ痛めつけたのに、まだ立ち上がる力が残っているとは。
まるでゴキブリ並の生命力だ。
結局、和也くんからは辻堂からを引き剥がすことは未だにできていない。
ボクは新しい作戦を練り直す必要があった。
アハハハッ、ラケット壊れちゃたなぁ。
どうしよう。
こちらで一旦陸視点は終了です。
次回は主人公視点に戻ります。
次の更新ですが、早ければ今日の夜、遅ければ明日の夜になる予定です。




