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1.たった一言

「和也、ちょっといいか?」


 午前の授業が終わり、クラスの皆が昼休みを思い思いに過ごしている中、中学から友人である渋沢亮(しぶさわりょう)に呼び出された。

 昼食を食べ、ちょうど眠気が襲ってきたので机に突っ伏して惰眠を貪るつもりだった。

 しかし、これといった用事はない。


「ん、いいけど」


「わりぃ、ここだとあれだから付いてきてくれ」


 そう言われ、校舎裏まで連れてこられた。

 校舎裏には俺たち以外誰もいない。

 わざわざ休み時間にこんなところに来る生徒はいないだろう。

 せいぜい放課後に告白スポットとして利用されるくらいだ。


 まさか……男の俺に告白?

 なんてことが頭をよぎったが、亮はそんなやつじゃない。

 そもそも亮には中学の時彼女がいた。

 その彼女とは高校に入った時に別れてしまい、今は彼女を募集中だったはず。


 亮はいつになく真剣な表情していた。

 そこそこ付き合いが長い俺でも、亮のこんな顔は見たことがなかった。

 一体なんの話をしたいのかわからないが、ふざけた話ではないことは間違いない。


「実は俺、辻堂さんと付き合うことになった」


 ――え?


 亮から告げられた言葉に頭が真っ白になった。

 視界はぐにゃりと歪み、真っ直ぐ立っているのも辛くなる。


 亮の言う辻堂のことは俺もよく知っていた。

 というより、ついさっきまで亮より俺の方が彼女と親しい関係にあると思っていた。

 だが、彼女からしたらそうではなかったようだ。


「いつから……?」


 絞り出した声は、聞こえるかどうかわからないほど小さい。


「三日前からだ」


 淡々と話す亮に対して唐突に怒りが込み上げてきた。

 俺にとっては青天の霹靂なのだ。

 それを何でもないことかのように言うのは間違っている。

 ゆらゆらと揺れる視界の中、俺は亮の胸ぐらに掴みかかろうとした。

 しかし、自分でも驚くぐらい腕に力が入らない。


「「…………」」


 お互いに無言のまま時間だけが過ぎて行く。

 俺は亮を睨み付けることしかできなかった。

 思考だけはかろうじてできる。


 そんな中俺はあることを思い出した。


 三日前といえば俺は彼女と夕飯を共にしている。

 その時の彼女は普段と変わった様子もなく、亮の彼女になったことも俺に言ってこなかった。

 彼女のことだ、俺にそんな大事なことを伝えないはずがない。


「ハハハッ!」


 怒りの次は笑いが込み上げてくる。

 もしかしたら亮が一方的に付き合っていると思っているだけなのかもしれない。

 きっとそうだ。そうに違いない。


「和也……?」


 突然笑いだした俺を亮が心配そうに見ていたが、そんなことはどうでもいい。


 俺は彼女に確認しなければならない。

 彼女に話を直接聞けば、亮の勘違いだと言ってくれるはずだ。


 そんな都合のいい解釈をしなければ、頭がどうにかなりそうだった。


 件の彼女の名前は辻堂美里(つじどうみさと)

 美里と俺は幼い時ときからの友人、所謂幼馴染という関係だ。

 俺の母さんと美里の母親はこれもまた幼馴染で、俺たちは家族ぐるみでの付き合いがあった。

 付き合いだけで言えば亮なんかよりもずっと長い。


 美里の家庭は少々複雑だった。


 美里は元々は新村と言う名字だったが、彼女が物心ついたころに辻堂という名字に変わった。

 その理由は美里の父親が不倫をしてしまい、家を出ていってしまったからだった。

 そしてシングルマザーとなった美里の母親は、フルタイムでの仕事を始め、家にあまりいられなくなった。


 まだ小さかった美里には相当ショックだったらしく、家に閉じ籠るようになってしまった。

 俺はなんとかしてあげたくて、毎日のように彼女の家を訪れた。

 最初の方は会ってすらもらえなかった。

 それでも、時間の経過と共に美里の悲しみは薄れていったのか、次第に会って話ができるようになった。


 美里の母親は美里のことをひどく心配していた。

 美里が塞ぎこんでしまったこともそうだが、一緒にいてあげられないことにもどかしさを感じていたらしい。

 俺の母さんはそんな美里の母親から頼みがあって、美里の分の夕飯も作るようになった。

 母さん曰く、一人分増えたくらいではそんなに作る手間は変わらないらしい。

 むしろ幼馴染の一人娘が温かい料理を食べられないことを不憫に思ったそうだ。


 そんなこともあって、美里は俺の家に夕飯を食べに来るようになった。

 俺の家に来るようになって、美里は塞ぎこむ前よりも笑うようになったと思う。


 一緒に夕飯を食べ、お互いにその日学校であったことを話す。

 美里から悩みを聞いたり、俺が美里に悩みを話すこともする。

 話題が尽きたら食器を片付けて、なんとなくTVを見る。

 大して面白くもない番組なのに二人してゲラゲラと笑う。

 俺にとって美里と過ごす毎日がいつしかかけがえのないものになっていた。


 俺は美里のことをの家族のように思っている。

 美里もきっとそう思ってくれていると信じている。


 そしていつか俺と本当の家族になってくれるのだと、亮の話を聞くまではそう思っていた――


 ★★★★★


 美里の件があったせいで、俺は午後の授業をまともに受けれなかった。

 黒板に前に立つ教師の声は念仏のように聞こえ、まるで頭に入ってこない。


「北村、これ解いてみろ」


 俺はそんな教師に指されてしまい、とっさに「美里?」と返事をしてしまった。

 クラスの皆が大笑いしている中、亮だけはこちらを睨んでいた。


 午前の授業と違って、午後の授業は異様な長さを感じた。

 スマホでさっさと美里に確認しようかとも思ったが、なんだか気が引けてしまったため止めておいた。


 いや、正直に言えば俺は怖かったのだ。

 美里と亮も中学時代からの同級生で、仲が悪かったかというとそうではない。

 むしろ同じ吹奏楽部に所属していたので、他の男子と比べると接点が多かった。

 そこに絶対に恋愛感情が生まれないかというと、甚だ疑問だった。


 少しだけ冷静になった頭で考えると、亮が嘘をつくとも思えなかった。

 俺が美里の幼馴染であるからこそ、亮はけじめとして俺に美里と付き合っていること伝えてきた。

 そう考えると筋は通る。

 仮に亮の思い込みであったとして、亮にそう思わせる何かがあったということ。


 ……心がモヤモヤする。

 あぁ……もうなんで!

 なんで何も話してくれなかったんだ美里!

 俺は……俺は……お前ことが好きなのに……。


 ――キーンコーンカーンコーン


 今日の全ての授業を終わりを知らせるベルが鳴り、放課後となった。

 俺は手早くを荷物をまとめて教室を出た。


「和也! 待てよ!」


 亮から廊下で声をかけられる。

 俺はそれを無視して、足早に美里のいる教室へ向かった。

 美里と俺は違うクラスだ。美里は授業が終われば部活に向かう。

 入れ違いになる前に美里を捕まえなければならない。


 俺が教室の前に来ると、美里もちょうど荷物を纏め終わって教室から出てくるところだった。

 どうやらギリギリのところで間に合ったようだ。

 美里も俺の存在に気付き、こちらに声をかけてきた。


「あれ、カズくん? どうしたの?」


「ちょっと美里に聞きたいことがあるんだ。これから少しだけいいか? 部活が始まる前には終わる話だからさ」


「わかった、いいよ」


 とりあえず人のいないところで話がしたかった。

 パッと思い付いたのが、校舎裏。

 ただ、亮とのこともあったので近寄りたくなかった。

 美里も部活があるので長い時間はかけられない。

 

 俺は美里を部活棟の裏まで連れ出すことにした。

 ここなら話が終わった後、美里はすぐに部活にいける。


「それで、聞きたいことって何かな? スリーサイズは流石に教えないよ?」


 美里は両手を後ろに組んで、軽口を叩いてくる。

 特に普段と変わった様子はない。


「その……亮から聞いたんだけど……」


 自分から聞きたいことあるといって連れ出したのに、いざとなると勇気が出なかった。

 亮の言っていることが事実あれば、もう美里と今まで通りではいられない。


「渋沢くんから? 何を?」


 美里は続きを促すように顔を覗きこんできた。

 一瞬ドキッとしてしまったが、俺は覚悟を決めた。


「亮と……付き合ってるのか? その、用事に付き合うとかの意味じゃなくて……恋人として」


 ここで美里から違うと一言あればこの話は終わる。

 一言、たった一言でいい。

 俺と美里の仲は進展しないがそれでも構わない。

 亮には無視したことを謝らないといけないが、あいつならきっと許してくれるだろう。


 美里が口を開くまで、数秒もかからなかった。

 その僅か数秒の間だというのに、美里との思い出が頭の中を駆け巡った。


 ――まるで走馬灯のようだった。


「うん、そうだよ」


 美里のたった一言は俺を地獄へと叩き落とした。


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