表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2021『かくれんぼ』

尾ひれがついたうわさ

作者: 小畠由起子

「もういーかーい?」

「もういーよー」


 義也(よしや)は大きな声で返事をした。藪のうしろにちぢこまって身を隠す。ドタドタと足音が遠くへ去っていった。きっとオニ役の雅史(まさし)だろう。


 ――よし、これならおれが一番隠れていられそうだぞ――


 八百(やお)神社はそこそこに広い神社だったが、いつもじめっとした雰囲気で、参拝客もほとんどいない。しかし、隠れる場所がたくさんあるので、子供たちにとっては格好のかくれんぼスポットなのだった。


光彦(みつひこ)、みーつけた!」


 雅史の声が聞こえてきた。どうやら一人見つけたらしい。義也はへへっとほくそ笑む。


 ――こっちは藪のうしろくらいしか隠れる場所がないから、普通はあっちに隠れるもんな。おれも多分、あっちを先に探すだろうし――


 うまく雅史の裏をかいたことで、得意になっている義也だったが、首筋に冷たいものがふれてビクッと身を硬くする。


「ひゃっ!」


 思わず声をあげてしまい、あわてて口を押える。まさかと思い、恐る恐る空を見あげた。


 ――マジか――


 さっきまで晴れていたはずなのに、いつの間にか暗い雲が空をおおっている。どうやらさっきのは雨粒だったらしい。しかし、まだ本降りにはなっていないようで、パラパラと、いや、パラぐらいしか降ってきていない。これで出ていったら、せっかく裏をかいたのにバカみたいだ。


 ――もうちょっとねばるか――


 首を引っこめて、義也は鼻をこすった。さっきから甘ったるいにおいがする。それにかすかに生臭いにおいも。


 ――昨日のゴミでも捨てられてるのかな――


 昨日は縁日だったのだが、さすがの八百神社も、お祭りの日は人出でにぎわうのだ。義也は昨日食べたイカ焼きの味を思い出し、一人でほほえんだ。


「どうしたの、ぼうや? なにか楽しいことでもあったの?」


 突然耳元で声が聞こえたので、義也は思わず飛びあがりそうになった。口をしっかり押さえて、小さな肩をふるわせる。


「ぼうや、どこにいるのかしら? 隠れていないで出てらっしゃい。お姉さんと遊びましょうよ」


 空耳であってほしいという義也の願いは、一瞬にして打ち砕かれた。再び女の人の声がする。それとともに、甘ったるいにおいがむわっと鼻に流れてきて、義也はえずきそうになった。


 ――まさか、これ――


 八百神社は、子供たちのかくれんぼスポットだが、夜になると肝試しスポットに早変わりする。事実、夏休みになると八百神社の駐車場には、見慣れないバイクがたくさん止まっていたりするのだ。隣町の高校生や大学生がよく来るし、もちろん地元の高校生なんかもよく肝試しに来る。しかし、大人たちはそんな若者たちに、口を酸っぱくしていっていることがあった。


 ――八百神社では、夜にかくれんぼしてはならない――


 もしも夜にかくれんぼすると、どこからか声が聞こえてきて、言葉巧みに隠れ場所から誘いだそうとするらしい。だが、もし隠れ場所から出てしまうと、その人は神隠しにあってしまうともっぱらのうわさだった。


 ――でも、どうして? 今は夜じゃないのに――


 ぎゅうっと頭をかかえて、少しでも小さくなれるように縮こまる義也だったが、再び声が聞こえてきた。今度は女の人の声ではなかった。


「おーい、義也? 早く出てこいよ、そろそろ帰るぜ!」


 ――雅史だ――


 胸の中にうずまいていた冷たい霧が、急速に晴れていくのを感じて、義也は大きく息をはいた。助かったのだ。そして立ち上がって声を返そうとして、すんでのところで義也は口を押さえて身をかがめた。


「あら、今なにか音がしなかったかしら?」


 あの女の人の声だ。ガチガチと歯を鳴らしながら、義也はうわさの続きを思い出していた。


 ――聞こえてくる声は、どんな声でもまねることができる。だから、自分の知っている人の声をまねて、油断させて隠れ場所から誘いだそうとする――


 顔がほてって、息が苦しくなってきた。それなのに震えは止まらず、夏なのに寒さで足ががくがくする。またもや声が聞こえてきた。


「義也、どこだよー? おーい!」


 ――だまされるものか! バケモノめ――


 くちびるを痛くなるほどにかみしめ、義也は声がもれないように口を手で押さえつける。鼻で息を吸うたび、あの甘ったるくて生臭いにおいがしてくる。吐きそうになるのを懸命にこらえて、義也は雅史らしき声が遠ざかるのを祈り続ける。と、まさに恵みの雨といえるだろう。ぽつぽつと、そして一気にザーッと、夕立が降ってきたのだ。雅史が声を張り上げた。


「おい、義也! くそっ、あいつ、先に帰りやがったな! もういいや、おれたちも帰ろうぜ! ぬれちまうよ」


 捨てゼリフとともに、ご丁寧に足音まで声まねしている。しかし、その足音の音も遠ざかっていき、雨が地面をたたく音だけになって、ようやく義也は大きく息をはくことができた。


「助かったぁ……」


 まだがくがくしてうまく立てなかったが、それでも義也は起きあがる。藪から顔を出して、そして上半身裸のお姉さんと顔を合わせた。


「ヒィッ!」

「うふふふ、やっとで顔出してくれたぁ。まぁ、かわいい坊や。お姉さんと遊びましょう」


 ずるずると、なにかを引きずる音が聞こえてきた。ガチガチと歯を鳴らしながら、義也はお姉さんの下半身に目をやり、再び悲鳴を上げた。


「あ、ああ、あ、足が……」

「うふふ、どうしたの? そんなおびえちゃって。本当に、食べちゃいたいくらいかわいいわねぇ」


 お姉さんの半身は、魚の尾ひれだったのだ。その尾ひれをくねらせるように動かして、すばやく義也のすぐとなりに近づき、義也の肩を抱く。甘ったるく、そして生臭いにおいが鼻を犯し、義也はその場で思い切り吐いた。


「あらあら、うふふ。こんなに緊張しちゃって。でも大丈夫よ。すぐになにもわからなくなるから」

「ど、どど、どど、ど、ど、どう、どうし、どうし……」

「なあに? どうしたのかしら?」

「こ、ここ、声、声が、さっきの、さっき、さっきの、雅史、声……」

「あぁ、さっきの男の子の声のことかしら?」


 お姉さんに聞かれて、義也はコクコクとうなずく。お姉さんが義也の前で身をかがめた。


「そうよねぇ。だって、うわさじゃ、どんな声でも声まねできるっていってたし、さっきの男の子の声も、きっとわたしがまねしたはずよねぇ? ……でも、残念でした。あなたが聞いたうわさ、それ、尾ひれがついていたのよ」


 義也の目が大きく見開かれる。その反応を楽しむように、お姉さんは二股に分かれた舌をぺろりとした。


「そうよ、うわさには尾ひれがついていたの。……人魚だけにね」


 雨と生臭い潮のにおいでむせかえる境内に、義也の悲鳴がこだました。

お読みくださいましてありがとうございます。

ご意見、ご感想などお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 陸まで上がってくる人魚って、かなり行動的ですね。舌も二股に分かれていますし、エキドナのような蛇女を想像しながら読んでいました。 あの噂は、本当は「夜にかくれんぼをしてはいけない」ではなく…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ