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   3.ドラゴンの心臓

 死ぬかもしれない、、。

 エレンはなぜこうなったのか、薄れゆく視界の中で、記憶をさかのぼる。



 後日、エレンは次の召喚の儀に合わせ、召喚者を選ぶ為にフレーバーズに向かって歩いていた。

 週末は、午後から増える酔っ払い対策の為に、朝・昼のモーニングやランチタイムのみの労働で、15時からエレンの自由時間になっている。

 それでもたまに朝から呑む輩はいる訳で。


 商店街の中心を、肩を組んだ2人の酔っ払いが、右にフラフラ〜左にフラフラ〜歩いていた。

 先に気付いていたエレンは見つからないように俯きながら端を通り過ぎようとしていたのに。

 真横に差し掛かり、何事もなく済んだとエレンがホッと一息吐いたとたん。

 肩を組んだままグルンッと向きを変え、ガハハハハッと話しかけて来た。

 「よおー。我らが希望の君、転聖人様サマー。」

 かなり酔っているのか嫌味にロレツが加味されて、嫌味というよりも冗談っぽく語尾が伸びた。

 「ひゃっ」

 と跳ね退いたエレンは酔っ払いから距離をとる。

 肩を組んでいない方の酔っ払いの腕が、ぶうん、とエレンに近付いたからだ。

 咄嗟とっさにエレンは掴まれまいと身をよじった。酔っ払いなので動きが遅く助かった。

 「(むっ?)、、女のくせに、、生意気なんだよ。」

 避けられたのが不快とばかりにエレンを睨み、更に掴もうと手を伸ばす。

 「、、男に、、敵うと、、思ってん、、のかっ、、」

 言いながら掴もうとして右にぶうんっ、左にぶうんっと手を伸ばすが、エレンは器用にジリジリと下がってそれを避けた。

 「このや、、んがっ」

 がちこーんっ

 「あ。」

 組んでいた肩から手を離し、両手でエレンに「このやろう」と掴み掛かろうとした男の頭にゲンコツが振り下ろされた。

 前屈まえかがみになって頭を抱えた男の後方に天使が見える。

 「エレン、迎えに来た。」

 「ガブちゃん!」

 「ザナ夫人に頼まれた、いくぞ。」

 バーバラ・ザナ、占いの館の女主人。

 未来を予知し、未来永劫の呪いで不死と噂される魔女。


 「ま、、まて、、」

 ガブちゃんに肩に乗られたエレンが歩き出そうとすると、ガブちゃんに殴られた男が顔を上げた。

 ガブちゃんは男をさげすむように見下ろし、

 「お前に伝言だ、泥棒の次は詐欺、詐欺の次は無い、体の無いお前の首が、白と緑のラグの上に転がるぞ。」

 その瞬間全てが止まって見えた。

 ガブちゃんがエレンの頭をポンポンと叩く。

 「あ、、うん。」

 エレンはガブちゃんにうながされるように歩き出したが、酔っ払いの男2人は微動だにせず固まったままだった。

 「何で、うちのラグが、白と緑だって、知って、、」

 男のその呟きはエレンには聞こえなかった。


 「エレンが同僚に絡まれて怪我したのが見えたんでね、ガブに行ってもらったんだ。お節介だったかねー。」

 フレーバーズに着くと、カウンターにいたザナ夫人がエレンを振り返り、マスクの下の右頬の口角を上げた。

 ギョロリとした灰眼はどこを見ているのか何を見ているのか、目以外を覆い隠した黒いマスクを被るザナ夫人の年齢を知る者はいない。

 手元も黒い手袋、黒いコートで全身を隠し、夫人と名乗っていなければ女性である事さえ分からない風貌である。

 「ありがとうございます。助かりました。」

 「エレン、俺にも感謝しろ。」

 「ガブちゃんもありがとう。」

 「無事でよかった。」

 マスターが奥から出てきてエレンの頭を撫でる。

 「これに懲りてもう盗みをやめるだろう。」

 エレンを撫でながらマスターが呟くと、ザナ夫人が「やめなくてもすぐ居なくなるさ」と笑う。

 「さあて。じゃあ今日も頼もうかね、エレン。」

 カウンター席から降りて、ザナ夫人は出口に向かった。

 「はいこれ。」

 マスターがたっぷり食材やらが詰め込まれたビニール袋を2つ、エレンに持たせる。

 「はい。」

 笑顔でそれを受け取ると、エレンは急いでザナ夫人を追いかけた。自動ドアが閉まる瞬間「行ってきます」というエレンの横顔が見えた。


 月に2・3度、ザナ夫人はフレーバーズにやって来て、マスターから直接食材やらを買い付ける。

 その時、荷物持ちをエレンが必ずするようにと頼まれている。

 理由は聞かされていないが、ザナ夫人のする事には何かしら意味があるとマスターが断言するので、エレンは素直にザナ夫人について行く。

 いつも同じ道筋を通り、商店街や飲食街の細道を縫って歩く。

 そして一通りいつもの道を歩いて、フレーバーズの隣のビルの最上階に住むザナ夫人の部屋に荷物を届けて終わり。


 ザナ夫人の部屋のドアの前で、いつもならここで「うむ。また頼むよ。」とザナ夫人が言って、エレンは「はい。ではここで失礼します。」と言ってエレベーターのボタンを押すのだが。


 ザナ夫人のドアの前で、ザナ夫人の背中をジッと見つめた。

 「夫人?」

 ジッと固まったようなままのザナ夫人の背中にエレンは声をかける。

 背中を向けたままのザナ夫人は、

 「まさかとは思っていたが、本当にこんな事があるとはねぇ。長生きはしてみるもんだ。」

 そう言いながらガチャガチャとドアの鍵を開ける。

 「まぁ、入んな。」

 「あ、、お邪魔します、、。」

 中央の少し長い通路、左右に閉じられた部屋。

 通路の突き当たりのドアを開け、中に入ると、部屋のど真ん中の床上に魔法陣がキラキラと輝いていた。

 エレンが驚いて呆けていると、

 「見覚えはないかい。」

 ザナ夫人はエレンを魔法陣へと促す。

 「今触れてもどうということはない、よく見てごらん。」

 エレンは右足の指先で、魔法陣にそっと触れ、恐る恐る魔法陣の中央へと進む。


 ぐるりと体を回転させて見て、何となく、足元の魔法陣に見覚えがある気がした。

 魔法陣の直径はエレンの身長の2倍はある。

 召喚の間にある魔法陣は足元に少し広がる程度の大きさだし、色鮮やかに光る。だがこれは金色に輝いている。

 「見覚えがある気がしますが、どこでだったか、、。」

 「ふん。これはエレンの前世の前世が使役した魔法陣だ、見覚えがあるだけでもすごい事さね。」

 「!」

 その一瞬、ザナ夫人の姿が透けて見えた気がした。

 美しく風になびく薄紫の長髪、優しく光る紫の瞳、艶やかに豊満な胸元、妖艶にしなる四肢。

 美しき魔女が微笑んで、消えた。


 エレンは目をパチパチと瞬き、今見えたまぼろしが何なのか理解できないと辺りをキョロキョロとする。

 やはりここには、ザナ夫人とエレンしかいない。

 「(ぷっ)、、何だい、何か見えたかい?」

 ザナ夫人は、狼狽うろたえるエレンを見て、ああやはりこの子で間違いない、と確信して笑った。


 ゆっくり落ち着いて話をしよう、とザナ夫人は魔法陣の部屋を出てキッチンのあるリビングへとエレンを誘った。

 2人掛けがちょうどいい丸いテーブルに、向かい合わせに椅子が二脚。

 その横には業務用のオーブンやら冷蔵庫、レストランの厨房並みのキッチンがあった。

 「お料理がお好きなのですか?」

 キッチンの方へ食材のビニール袋を持っていくザナ夫人に声をかけた。

 ザナ夫人はキッチンカウンターに食材を置くと、おもむろに手袋を外し、それもカウンターに置いた。

 そしてキッチンから出てくると、マスクに手を掛け、コートと共に剥ぎ取る。


 長い銀髪灰眼、そして幼き容姿はエレンとさほど変わらぬ年齢を思わせた。

 「料理というより、調合かねぇ。食べてみるかい?」

 そう言ってまたキッチンに入って行く。

 冷蔵庫を開けると、キューブが幾つか入った小瓶がズラリと並んでいる。

 その1つを手に取ってテーブルに戻ってきた。

 赤い繊維質なキューブが入った小瓶。

 「保存が効くようにフリーズドライにして状態固定の魔法も掛けてある。」

 「とても鮮やかな赤色ですね。すごく綺麗です。」

 「(にやり)、、レッドドラゴンの心臓さね。これをスープに戻して飲み干せば不老不死になれる代物さ。」

 「!」

 これがドラゴンの心臓! キラキラと瞳を輝かせるエレンを見て「ぶふっ」とザナ夫人は思わず笑いを吹き出した。

 「くっくっ、、ドラゴンの心臓がそんな簡単に手に入るもんかい。くっくっ、、これはマカコモドドラゴンの心臓さ。」

 「ぁぅ、、。騙された。」

 「人聞きの悪い。まぁ、一杯奢ってやるから許しとけ。」

 そう言いながらもまだ笑いながらキッチンに入り、小鍋に水を入れて沸かし始める。

 「このスープを食べると、潜在意識に眠るスキルを無理矢理呼び起こす事が出来る。」

 小瓶からキューブを取り出して小鍋にコロリと入れる。

 真っ赤に染まるスープが出来て火を止める。

 引き出しからスープ皿を取り出して注ぐと、戸棚から、乾物の入った小瓶を出し、干し肉のようなものをひとつ、スープに入れた。

 「おまけだ。」

 コトリ

 ザナ夫人は出来立ての湯気が立つスープ皿をエレンの前に置き、スプーンを並べる。

 真っ赤なスープを飲むのは初めてだ。

 「甘くて美味しい。」

 「長い付き合いの、腐れ縁てやつかね、そんな奴が昔いたんだが、そいつがある日、私の所に来て、頼み事ができるのは私しかいないと泣くのさ。」

 スープをすくって飲むエレンを見つめながら、ザナ夫人は続けた。

 「そいつは私に頼み事をしながら、これを肌身離さず身につけろと言って、いなくなったのさ。」

 カチャ

 ネックレスを外してテーブルの真ん中に置く。


 それは、金で造られた、先程の魔法陣の飾りが施されたメダルに、幾つもの小さないろんな色の宝石が散りばめられた細いチェーンが繋がれている。

 「飲み干したね?」

 複雑な表情を浮かべるザナ夫人がいた。

 その言葉に「はっ」として我にかえる。

 自分でも気付かないうちに、二口三口と掬って、しまいには肉まで咀嚼そしゃくし、スープ皿を手に取って傾け、ゴクゴクと飲み干していた。

 「この味、、。」

 食べた事がある。

 「忘れられない味さね。ドラゴンの心臓の干し肉さ。」

 「!」

 「今から其方そなたは生死を彷徨さまよう、もう経験済みだろう? あれがもう一度来るのさ。」

 エレンの視界がぼやけ始めた。

 角膜がぼこぼこと歪んでいる。

 肌の色が赤く染まる。

 意識が遠退く中で、ザナ夫人の声がした。

 「今度こそ、生きて戻ってきな。」

 死ぬかもしれない、、。

 エレンがそう思った時、視界は真っ白になった。


 目を覚ますと、金色の魔法陣の中央に寝かされていた。


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