金色の脅威
この手のシーンを書くのは苦手です。
特に三人称になると、勉強不足をひしひしと感じさせられます。
物を知らんのがバレちゃいますからね。
玉座の前で首を垂れ、自らの失態を報告する。
その惨めさと屈辱を塗り潰す感情が、恐怖であることは、ネルグも自覚していた。
突然消息を絶った同胞の捜索の失敗。
使役していた魔獣を失った挙句の敗走。
言い逃れなどできない。これはすでに生殺与奪の判決を待つ時間なのだ。
本来なら強大な力をもつ魔族であるネルグも、今はただ怯える少女のように小刻みに震えることしかできない。
それほどに、目の前に座する存在は絶大だった。
「それで、全てか。ネルグ」
玉座に頬杖をつき、静かに話を聞いていた男が念を押すように言った。
低く、しかし、よく通る声だった。
顔を上げたネルグは一瞬、何かを言いかけた。だが、自分を見据える金色の瞳の前に口をつぐみ、力なく頷く。誤魔化しや、その場しのぎの嘘が通じる相手でないことは理解していたからだ。
「立て。こっちに来い」
「……はい」
自らの主の命令にびくりと肩を震わせて、ネルグは立ち上がり一歩、二歩と前に進む。
もう一歩踏み出せば、玉座の男と触れ合う。そんな距離まで近づいた直後。
「失望した」
「!」
鋭い音とともに放たれた平手がネルグの頬を打ち、その華奢な体躯を横に弾き飛ばす。
短く悲鳴をあげたネルグは地面を転がったが、すぐに体を起こし、また膝立ちの体勢に戻る。
「申し訳、ありませんでした。この失態は必ず挽回して……」
「もういい。黙れ。耳障りだ」
「ま、待って! 聞いてください!」
心底煩わしそうに言った男の足元にネルグは縋りつく。
その表情に先ほどまでの厳かな色はなかった。
涙を浮かべ、悲痛に叫ぶその様は、親に泣きつく年端もいかない少女と違いはない。
「次はっ、次は頑張るからぁ……っ! もう逃げません。失敗しません。もっとたくさん殺します。役に立ちます。だからっ、だからぁ……」
「だから、なんだ」
「お願いだから、見捨てないでください」
「………………」
自分の足を掴み、地面に頭を擦り付けて懇願するネルグを玉座の男は無表情で眺めていた。
静かな空間に、少女のすすり泣く声だけが響き続けたのは数十秒のこと。
「勘違いをするな」
「へ?」
深々と溜息を吐いてから、男は立ち上がった。
呆然と顔をあげたネルグの頭に手を置いて、男は言う。
「失敗には罰を与える。それは上に立つものの役割だろう。例外は許されない」
「じゃ、じゃあ」
「お前は罰を受けた。罰とは裏を返せば許しでもある。つまり、俺は既にお前を許している」
「で、でもっ」
「でも、なんだ?」
玉座の男の言葉に安堵の表情を浮かべかけたネルグが、納得いかないとばかりに食い下がる。
「その……ゼノス様、まだすごく怖い顔だったから」
「ああ、それはそうだろうな」
男は一度、目を閉じてから、肩を揺らして静かに笑う。
「人間風情が、俺に部下を罰することを強いただと? 不愉快だ。ああ、不愉快だとも」
再び見開かれた男の双眸は、先ほどまでよりも煌々と輝いていた。
口の端をつり上げ、獰猛な笑みを浮かべる男。強大な魔族であるネルグの主人にして、上位たる存在。
「この罪は、血で償わせるとしようか」
それが、ゼノスと呼ばれる男の本性だった。