かくして英雄は冷たい石の床で寝ることになったとさ
久々の更新で繋ぎの話を書くには鉄の意志と鋼の強さが必要。
目の前に並んだ料理の数々を見て、「ご馳走」という言葉が頭に浮かんだ。
高級料理、とか、大盛り、とは少し意味合いが違う。金額や量の問題じゃない。
自分達に用意できる最高の食材で、思いつく限りの種類の美味しい料理を、できるだけたくさんお出ししています。
準備した側のもてなしの気持ちが表れた食事。
うん。これは、やっぱり、ご馳走って呼ぶのがしっくりくる。
「すみませんね、おつかれのところ。もう少しで準備が整いますので」
「ああ、えっと、どうもおかまいなく」
さっきからあっちこっちに指示を飛ばしている恰幅のいいオッサンに満面の笑みを向けられ、軽く会釈を返す。身なりとか、話し方とかから、この人が偉い人っぽいのはなんとなく分かる。
町長、村長、そういう立場のひとなんだろう。
「…………俺のためにってことで、いいんだよな、多分」
あのネルグとかいう緑色の肌の悪ガキを追っ払ってから、寝込むことしばらく。
全身の痺れが抜けて動けるようになる頃には、すっかり日も暮れていた。
かなり寝心地のいいベッドがある部屋から連れ出されたと思ったら、満面の笑顔で歓声をあげる人達に囲まれた。
半分叫び声のようなものだったけれど、俺を囲んでいた彼らの言わんとしていることをまとめるなら、ありがとう、とか、すごいぞ、とか、そんな感じ。
そのまま大広間のようなところに通されて、大人が十人乗って踊ってもビクともしなさそうな馬鹿でかい円卓の上座に座るよう促され、肉! 野菜! 穀物! 汁物! みたいなテンションで料理が並べられていくのを、ただ呆けたように眺めていることしかできなかったけれど。
これが自分のために設けられた場で、みんな感謝してくれているという状況をようやく呑み込めてきた。
危ない奴を追っ払ったからってのは理解できるけど、大袈裟すぎやしないか?
近頃、人前で主役扱いされることなんてなかったもんだから、ちょいとむず痒い。
「随分、縮こまっているんですね。少し、意外です」
「あ、お前」
不意に話しかけられ左を向くと、用意されていた席にレモンが腰かけようとしていた。
すまし顔で、こっちに目線を合わせようともしないけど、向こうから話しかけてきたという事は、会話するつもりはあるってことらしい。
「ここまで盛大にされるとちょっとな、構えちゃうというか……」
「良かったです。我慢できずに意地汚く料理に手を伸ばしているだろうな、と思っていたので」
誰がバーバリアンだ、このやろう。
わざわざケンカ売るために隣の席に座りやがったのか、こいつは。言い値で買うぞ、おい。
「……その様子だと、体調は悪くないようですね」
「まあな。まだ若干、指先に力が入らない感じはするけど、そんくらいだ。お前は?」
「私も、もう平気です。少し休んでから、解毒の呪文を使ったので」
「へえ。そりゃあ、便利だな」
RPGでパーティーに一人居てくれたら安心感が生まれる奴だ。
本人の舌に毒があるのは、ややいただけないけれども。
「というか、そんなことできるなら俺にも使ってくれりゃよかったじゃねえか」
「…………すみません。そっちに回す余力はなかったんです」
「ああ、そうなのか。そりゃ悪かった」
俺が目を覚ました時、レモンは近くにはいなかった。
こいつの話から察するに、先に起きて呪文で回復して、みたいなことだったんだろう。
ちょっと眠ったらHPもMPも全回復、なんてのはゲームの世界の話だもんな。
俺の解毒に魔法を使わなかったってのが、意地悪や嫌がらせじゃなかったってことは、本当に申し訳なさそうな表情から伝わってきた。
「お互い、大した怪我もなくてよかったな」
「……あの」
「……?」
変な間が空いたので顔を向けたら、レモンと目が合った。
ただそれは一瞬のことで、レモンはすぐに顔ごと視線をそらしてしまう。もにょもにょと動く口元や、せわしなく絡み合う両手の指先を見たところ、何かを言い淀んでいるのは間違いない。
このまま待つのは随分、気の長い話になりそうだ。
ここは年上の俺が、察してやるか。
「どういたしまして」
「…………っ!」
呟いた瞬間、レモンの顔が勢いよくこっちを向いた。面白いくらいに目が丸くなっている。
「合ってるだろ? 先に言ったから、俺の勝ちな」
「はっ、んなっ、ぅあ」
次の言葉を探そうとして迷子になっているレモンから、わざとらしく視線を外して腕を組む。
なかなか言い出せなかった言葉が「ありがとうございます」だったことは、この反応を見れば火を見るより明らか。それを俺に対して伝えにくかった気持ちもなんとなく分かる。
口論とか、胸元に顔突っ込まれたとか、原因の心当たりも色々あるしな。
「自惚れないでください。あなただけでなんとかしたわけじゃないですからね」
「そりゃそうだ。分かってるよ」
「ちょっと! なんでニヤけてるんですか!」
ほんの少しだけ語気を荒げたレモンがこっちに身を乗り出しかけた、その時。
「やあ、旅人さん、お待たせしました。おい、みんな! 集まってくれ!」
パンパンと両手を打って、さっきの偉そうなオッサンが大声を張った。
それを合図に、大広間に居た人たちが俺と、レモンの近くに寄ってくる。
パッと見で、五十人超えるか超えないかくらいじゃないだろうか。男に女、爺さん婆さんから、小さな子どもたちまで。中には家族に見える一団もある。
共通点があるとするなら、みんな温かく、柔らかい笑顔を浮かべているということ。
今更だけど、この人達のために体を張ったんだという実感と誇らしさみたいなものが湧いてくる。
「今日、我々はこの勇敢な二人によって救われた! 一人は知っての通り我が村の守り手レモン・アルトバインくん! そして、もう一人は通りすがりの勇敢な旅人、ええっと……」
「あ、俺、英雄っていいます」
「ヒデオ! 勇敢な旅人ヒデオだ! 彼らは村に突如現れた地竜と、なんと魔族を討ち倒してくれたのだ! その感謝の意を表し、今日は宴の場を設けようと思う! 皆の者、異論はないな!」
やっぱり村長だったらしいおっさんの芝居がかった大音声に、周りにいた人達全員が賛同の声を挙げた。
それを合図に、皆が手に飲み物の器を持ち始める。俺の目の前にも、小さな樽に金属の持ち手がついたようなコップが置かれる。中に注がれてるのは、多分、黄色くて、泡のたつアレなんだろう。
この空気感で、すみません、別のにしてくださいとは言い出しにくい。
ええい、ままよと、俺はその器を掴んで立ち上がる。
「乾杯!」
ああ、やっぱりその台詞なんだな。と、思ったのも束の間。
歓声と一緒に、たくさんの器が打ち合わされて、宴会が始まった。
言い訳をするわけじゃないが、最初に注がれた黄色のアレは乾杯の勢いでほとんどこぼれてしまったので、俺の喉を通ることはなかった。村長さんはしきりに次をすすめてきたけれど、ネルグの毒の影響を言い訳にして、そこは丁重にお断りさせていただいた。
そんなことより、今は飯だ。
村長さんが切り分けてくれた分厚い肉の塊にかぶりついて、思い出した。
そうだよ。俺は腹が減ってたんだ! 昨日から口にしたもんは、腹痛の原因になった変な木の実だけ!
一口目で空腹を自覚したらもう、あとは止まらない。
手当たり次第に食べる物の美味いこと美味いこと。もしかしたら俺の知ってる味付けとは違うところも多いのかもしれないけど、今は全く気にならない。胃に入ればなんでもいい状態とはこのことだ。
「いやあ、ありがてえなあ! いいのか? こんな豪勢な飯を食わせてもらってさ!」
「そう思うんだったら、せめて食べるか喋るかのどちらかにしてもらえません?」
手づかみこそしていないが、お世辞にも上品とは言えない食べ方をする俺の隣で、レモンは最初に自分の皿に取り分けた料理をナイフとフォークでちまちまと口に運んでいる。
らしいといえばらしい、几帳面な食事の仕方だわな。
「あなたに感謝しているのも、もちろんあるんでしょうけど。みんな理由をつけて、騒ぎたいんですよ」
「ま、たしかに、そんな感じはするな」
最初の方こそ、村の人は俺の方に寄ってきて一言二言、感謝の言葉を投げかけてきていたけれど、今はもうあっちでもこっちでも好き勝手にどんちゃん騒ぎって雰囲気だ。オッサンたちは大声で笑いながら酒飲んでるし、その奥さんたちっぽい人たちも集まってかしましくお喋りをしてる。子どもたちが広間できゃあきゃあ言いながら遊んでいるのも見えた。
はっきり言えば、俺はもう蚊帳の外なんだけれども、嫌な気分にはならない。
子どもの頃の地域の集まりの雰囲気を思い出して、心地いい懐かしさを感じるくらいだ。
「結果的に牛を一頭潰すことにはなりましたが、あれもきちんと処理すれば食べられますし。何より、地竜の体を解体すれば収入になるというのが大きいんだと思います」
「なるほど。皮とか、骨とか、そういうのが金になるわけね」
「肉も珍味として好まれるそうです。なかなかまとまったお金になるはずですよ」
「ふうん、そりゃ良かったな」
たくましいというか、したたかというか。いよいよファンタジー映画の世界に紛れ込んだ気分だ。
そもそもこうやってレモンと言葉を交わしているのだって、どういう理屈なのかよく分からないしな。
俺は日本語を喋ってるつもりだけど、向こうは全然違う言葉を話してる可能性だってあるわけで。
これが映画なら、その翻訳の仕組みはツッコんだら負けなお約束、でスルーしてもいいんだけど。
「なあ、レモン……っと、え? おわあ!」
「ねえねえ、ヒデオさぁん!」
腹に物が入って落ち着いて考え事ができるようになってきた。
レモンに色々聞こうかと口を開きかけた矢先のことだった。
いきなり誰かに抱き着かれた。背中から感じるのは、とても柔らかい感触と、微かなお酒の匂い。
なんだこれ、どういうこと?
「わたしぃ、リーナっていいまぁす。ヒデオさんさあ、さっきからずーっとレモンと喋ってるよねぇ」
「あ、うん、まあ、そうです、けど、それがなにか……」
「わたしだってお話ききたいぃ! ヒデオさん、魔族、やっつけたんでしょぉ? すごく強いんだねえ」
「あー! リーナずるいぃ! あたしも聞きたい聞きたい!」
「私も! 私も!」
「ちょっとぉ、そんなに集まってこないでよお!」
俺を後ろから羽交い絞めにしたリーナさんを皮切りに、人がどんどん集まってくる。
ただその人達はみんな女性、しかも、見たところ俺と同年代なんじゃないだろうか。年上、年下はありそうだけれど、高校生から大学生くらいまでの範囲からは出てない感じ。
この状況がさ、何を意味するのか理解できないほどさ、俺も子どもではないわけで。
とてつもなく品のない言い方をすれば、狙われてんだよな、これ。
「もう! うるさくてお話できないぃ! ねえ、ヒデオさん、今日、泊まるとこないよね? あるわけないもんね? じゃあ、わたしんちにおいでよ。ね? 二人でゆっくりお話ししよぉよぉ」
「はあ! なんでそうなるのよ! じゃあ、あたしだって! ヒデオさん、いいよね!」
「私も! 私も!」
すげえな。みんな、目が肉食獣。現代日本じゃなかなかお目にかかれない露骨さだ。
遠巻きに見てるお父さん、お母さん世代の人達も「やれやれしゃーねえなあ」みたいなやんわり容認ムードが漂っているし。誰も止めにくる様子がない。
そういえばレモンの歳でもう大人扱いされるんだったか?
だったらこれ、ちょっとマズい気がする。
「ごめん! ちょっと待って! 一回、一回離れてくれ! 落ち着いて!」
リーナさんをはじめ、俺に群がるみんなのスキンシップが際どい感じになってきたその時。
「やかましい!」
ガアン、と、凄まじい勢いで机を叩く音が大広間に響き渡った。
俺も、俺の周りにいた人たちも、その音と怒声にピタリと動きを止める。
「あなたたち、すぐにその男から離れなさい」
机に拳を叩きつけた姿勢から、ゆっくりと立ち上がるレモン。
なんだかんだでほんの少し和らいでいたさっきまでの表情から一転して、その視線には冷たい光が浮かんでいた。
いや、助かったんだけど、こっわぁ。
「な、なによレモン。わたしたちがヒデオさんと何話したって別に」
「離れろ」
「はい」
食い下がろうとしたリーナさんを一言で退けて、レモンが俺に歩み寄ってくる。
「鼻の下を伸ばしてお楽しみのところ申し訳ありませんが、あなたには泊まるところがありますよね? ヒデオさん」
「は? 泊まるところって、お前」
「村の窮地を救っていただいたことで私も忘れかけていましたが、あなたは犯罪者なんでした」
ああ、そういうことね。
額に青筋浮かべてにこやかに笑うという情緒がどうなってんのお前状態のレモン。
その顔を見れば、この後、俺がどうなるのか大体理解できるというもんだ。
「この村の風紀を守るのも私の仕事ですので。あなたには今晩地下牢で寝てもらいます」
異論はありませんね、と凄むレモンには何か言い返すことを許さない迫力があって。
「……はい」
小さな村を救ったはずの英雄は、冷たい地下で一晩を過ごすことになったのだった。