魔法使いの居る村 その2
最初のヒロインが出てきます。
頬にひんやりとした冷たさを感じて、目が覚めた。
「……いってえ」
ここはどこだろうか。
身を起こすために手をついた床も、周りを囲んでいる壁も大きな岩を組み合わせたような石造りの部屋。
どうりで寝そべっていた体のあちこちが痛むわけだ。
少なくとも気絶する前に彷徨っていた森の中じゃないのは分かった。
部屋の広さはパッと見で、六畳くらいだろうか。
壁には一か所だけ頭がギリギリ通るか通らないかくらいの四角い穴が開いていて、そこから光が差し込んできている。部屋の片隅に置いてあるのは錆の目立つ金属製のバケツ。
そして最大の特徴は、目の前にあるこの鉄格子だろう。
「いや、ここ牢屋じゃねえか」
悪い事をした人が連れていかれる場所と言えば、幼稚園児でもなんとなくイメージできるやつ。
ブタ箱のモデルルームのような部屋の中に、俺は居た。
「冗談じゃねえ! おい! 誰か! 居ないのか!」
もしかしたら怪人だの変身だのは全部俺の夢の中の出来事で、実際は警察の留置所にぶち込まれてただけなんじゃなかろうか。
だとしたら、いよいよ笑えない。
目の前の鉄格子を掴んで力一杯揺すってみたが、ビクともしない。
おいおい、ガチのやつじゃん、これ!
「誰か返事してくれ! なあ、看守さん! どっかに居るんだろ、おい!」
「…………起きたんですか。ここは声が響くんです。少し静かにしてくれません?」
「あ! あんた!」
コツコツコツ、と足音が聞こえたと思ったら、鉄格子の向こう側に女の子が現れた。
忘れるわけがない。この顔は!
「さっき全裸だった……」
「黙りなさい! ぶっ殺しますよ!」
ガアン、と女の子が鉄格子を蹴りつけた音が牢屋の中に反響する。
こ、こわあぁ。
今の、咄嗟に手を引っ込めなかったら指折られてたぞ。
「自分の立場が理解できていないんですか? 次に余計なことを口にしたら容赦しませんよ」
「…………」
このドスの効いた低い声。
こいつは本気で何してくるかわからん。ここは大人しく頷いておくのが吉っぽい。
俺に抵抗の意志がないことは伝わったらしく、女の子は鼻を鳴らして腕を組む。
しかし、座り込んだ俺を見下ろすその目は、嫌悪感に満ちていた。
こりゃ、まるでゴキブリかナメクジにでもなった気分だな。
「……なんですか? ジロジロ見ないでもらえます?」
「ああ、いや、すんません」
当然と言えば当然のことなんだけど、全裸で水浴びをしていた女の子は服を着ていた。
だけど、その服がちょっと、普通じゃなかったのだ。
真っ黒なワンピースタイプの服の裾は膝より少し上。そこから伸びる脚はほどよく筋肉質で、履いている細身のブーツがよく馴染んでいた。腰元に巻かれているのは女の子が着けるには金具が無骨すぎるベルト。最初に会った時の衝撃通り、大きく張り出した胸の上には、首元に下げられたネックレスにあしらわれた赤い宝石が乗っかっていた。
そして、ワンピースの上から羽織っている臙脂色で、超厚手のパーカーみたいなやつは、ローブとか言うんだったか? 本格派のファンタジー映画で、魔法使いが着ているあれに近い気はするけど。
コスプレっぽいんだけど、コスプレじゃない。
それらが全て本物だと感じるのは、それらの服の質感のせいだろう。
服についている皺とか、縫い目のほつれ具合とか、革や金具の古びた感じとか。
普段からこの格好してないと、こうはならんだろ。という自然さが滲みだしている。
プロが作った衣装や小道具ならまだしも、雑貨屋で買った衣装にこの味は出せないはずだ。
「まさか、同業者? 確かに顔可愛いもんな」
今は表情にちょっと難があるけど、目の前の女の子は女優さんと言われても頷けるくらいの美少女だった。
年齢はおそらく俺と同じか、少し下。まさかこの発育で中学生ってことはないだろう。制服を着せれば高校生に見えるはずだ。それも学年に一人居るか居ないかくらいの可愛い子。
クリッと大きな二重まぶたに、スッと通った形の良い鼻筋は、ちょっと日本人離れした整い方だと感じる。
瞳と髪の栗色も、生まれつきなのだとしたら相当目立つ明るさだしな。
それもハーフか、クォーターの芸能人だと言われたら腑に落ちる。
とすると、だ。
ここは映画か何かのセットで、女の子は役者さん。そう考えることになるわけなんだが。
「いやいやいや、ちょっと待てよ。それじゃ色々説明つかないだろ…………」
「さっきから何をブツブツ言ってるんですか、気色の悪い。これだから流れ者の相手は嫌なんです」
しかし、さっきからこの子は言い方がきっついなあ。
裸を見られたから警戒してるってのはもちろんあると思う。
だけど、ここまで徹底されてるところから察すると、元からかなり気の強い性分なのは間違いなさそうだ。
「そろそろ話を進めてもいいですか? 私も暇じゃないので。まずはあなたの罪状を確認しますけど……」
「は? ちょっと待て。罪状って、もしかして俺、犯罪者扱いされてんのか?」
「犯罪者扱い、ではなく、れっきとした犯罪者として身柄を拘束しています。ここが宿屋に見えますか?」
何をわけの分からないことを、と、呆れたような表情を浮かべる女の子。
だけど、こっちとしては「はいそうですか」と頷けるわけもない。
「なんでだよ! 俺が何したってんだ!」
「…………覗きは立派な犯罪です。心当たりがないとは言わせませんよ」
鉄格子を掴んで叫ぶ俺を、女の子がジトッとした目で睨みつけてくる。
口をとがらせて、若干恥ずかしそうにしているところを見ると、根に持ってるのは間違いない。
そりゃ、真っ裸の丸見えだったし、怒る気持ちは分かるけどさ!
「誤解だって! あれは、その、事故だったんだよ! 足を滑らせて、坂の上から落っこちたんだって!」
「へー、そうですか。そして落ちてきた先に私が居た、と。都合のいい事故もあったものですね」
「あ、お前、信じてないな! 俺の落ち方、見てたろ! あれがわざとだと思うのかよ!」
「どちらにせよ私が不愉快な思いをしたのは事実ですから。こういう案件が犯罪になるかどうかは被害者側の受け取り方に大きく左右されますので」
ツンとした顔でそっぽを向く女の子の態度には、とりつく島もない。
つまり、聞く耳持たずってことかよ。痴漢冤罪事件みたいなこと言いやがって。
「被害者が判決下すなんて、そんなもん横暴だ! だいたいお前みたいな子どもになんの権限があるんだよ!」
「子ども? 失礼なことを言わないでもらえますか。私は今年で十六になります」
いや、やっぱりガキじゃねえか!
なにを偉そうに胸張ってんだ。大丈夫かよ、こいつ。
「それに権限ならありますよ。ほら、ご覧になりますか?」
「あ?」
女の子はローブの腰元に手を突っ込み、取り出した小さな金属の板を俺の目の前に突きつけてくる。
銀色の細いチェーンに繋がれたその鉛色の板には、何か細かく文字みたいなものが刻んである。
だけど残念ながら俺には、その文字を読むことができない。
なんじゃこりゃ。
韓国語、いや、インド語かもしれない。とにかく知らない国の文字だ。
「私はレモン・アルトバイン。このコーリカの村の警護を務めるものです」
どうやら女の子が突きつけてきたのは身分証明書的な物だったみたいだ。
聞き間違えじゃなければ、レモン、とか言ったか?
名字も多分カタカナで書くやつっぽかったし。村の名前に聞き覚えもない。でも喋ってるのは日本語。
こりゃ、いよいよここがどこなのか分からなくなってきた。
「それで? その警護のレモンちゃんは、俺をどうしようって?」
「名前で呼ばないでもらえます? 馴れ馴れしくて気持ち悪いので」
ああ、そうかい。上等だよ。
こっから嫌でもこいつは名前で呼んでやろうと心に決めて、俺は口の減らない生意気年下女を睨み返す。
「早い話が事情聴取です。あなたの素性を確かめて、数日の間に城下の憲兵に身柄を引き渡します」
「城下に、憲兵、ねえ。それで、その後は?」
「さあ、どうでしょう? 覗きは軽犯罪ですから、数ヶ月の服役と強制労働、とか?」
「はあ!?」
「ま、その期間がどのくらいの長さになるかは、私の報告書によりますけど」
そこまで言って、レモンがニヤアっと初めての笑みを浮かべた。
こいつ! 俺からマウント取ろうってか!
「ハッ! そりゃ大層な自信だなあ、おい! その報告書にはなんて書くんだ? 私の胸は大きいので、それに比例して罪も大きくしてくださいってか? なんだったら憲兵さんに実物見せびらかして確認してもらったらどうだよ? そりゃあ、心象もよろしいことだろ。なあ、デカ乳自慢のレモンちゃん?」
「さっ、最低! わ、私は、べつに自慢なんかしてません!」
「どーだかねえ。俺だったら自慢でもない体をチラッと見られたぐらいで、キーキー騒がねえけど」
「なっ、なっ…………あなたっ、自分の立場をっ」
「わきまえてるよ。強制労働だかなんだか知らねえけど、どーせ男ばっかのむさ苦しいところに放り込まれるんだろ? そこで言いふらしてやるよ。俺を捕まえたコーリカ村のレモンって女はめっちゃ胸がでかかったってな。きっといい話の種になるだろうさ!」
「そんな馬鹿なことっ…………」
こいつならやりかねない、と思ったのだろう。
もちろん、そんなゲスい真似をするつもりはないけど、売り言葉には買い言葉だ。
さっきまで偉そうにしていたレモンの顔が青ざめていく様は、見ていて実に気分が良かった。
「じょ、冗談じゃないわよ。こうなったら、いっそこの場で処刑して……でも後始末は……」
「聞こえてるからな。目がこええよ、お前。俺も流石に言い過ぎたから。頭冷やせって」
こっちをチラチラ見ながら物騒なこと呟くのはやめてほしい。
真面目でお利口さんな奴ほどキレるとなにやらかすか分かったもんじゃねえ。
裸を見てしまったぐらいで殺されてたまるかっての。
まあ、最悪の場合、例のベルトで変身して力ずくで逃げてしまうって手もあるんだが。
「え? あ、あれ? どこいった?」
そっと腰元に手を伸ばして、気がついた。
ベルトがなくなってる! 牢屋の中にも落ちてない!
「お、おい! レモン! 俺の荷物は!? ベルトのバックルみたいなのあっただろ!」
「はい? あなたの持ち物なら、全部預かってますけど。そういえばそんなものもあったかもしれませんね」
言われて初めて、ベルトだけじゃなく靴や上着のパーカーを脱がされていたことに気がついた。
だけど、それはこの際どうでもいい。
この状況であのベルトを手放すのだけは、絶対にまずい!
「ふっざけんな! 返せよ!」
「…………あらあらぁ?」
怒鳴ってから、気がついた。
しまった。こんな露骨に焦ってる様子を見せちまったら、あれが大事な物だと自白してるようなもんだ。
「さっきとは随分、態度が違うようですけど、どうかされましたかぁ? 犯罪者さん?」
「べ、別に大したことじゃねえよ。とにかく、俺の服、返しやがれ!」
「ふふふ、おかしいですね。欲しいものがベルトから服に言い方が変わってますよ?」
あー、やっべえ。これ完全に勘づかれたやつだわ。
なんて嬉しそうに笑ってやがるんだ、性格悪いぞ。この女。
「犯罪者が欲しがるものをわざわざ差し出す馬鹿はいません。あなたの荷物は私が責任を持って処分させていただきます」
「なっ!? お前、そんなことしてみろ、タダじゃおかないからな!」
「へー? 今の? あなたに? 何ができるっていうのかしらねえ?」
ほほほほほ、と、高笑いするレモン。
この女、調子に乗りやがって。
なんだそのシンデレラの意地悪な姉みたいな腹立つポーズ。
「ただ? あなたがここまでの態度を改めるというのなら、私も多少は考え直しますけど?」
「ぐ、ぬぬぬ」
嫌だ。正直、めちゃくちゃ謝りたくない。
ここでこいつに頭を下げれば、負けた気がする。
だいたいなんで俺がこんな目に、と思ったその時。
『お前な、もうちょっと大人になれよ』
ふと頭の中を、八重樫さんの呆れたような声がよぎっていった。
腹を立てて、気に入らない奴に突っかかっていって、失敗する。
そうだよ。これじゃいつもと同じだ。
ベルトがあったら力任せに解決する? そんなのは、俺が知ってるヒーローのやり方じゃない。
変身してなくたって格好いいと思ってもらえる大人になる。
それが、俺の目標だったはずだ。
「…………ふううううぅうぅぅ」
「?」
目を閉じて、深く息を吐く。
落ち着け。冷静になって思い返してみろ。俺のここまでの行いは、本当に正しかったか?
どこで間違ったか。何がいけなかったか。そして、これからどうするべきか。
答えは、簡単だった。
「悪かったよ。このとおりだ。許してくれ」
俺はまだ、レモンに一度も謝っていない。
だから、お互いに喧嘩腰になって、子どもみたいな言い合いになってしまったんだろう。
「な、何を今更……」
「頼む。最後まで聞いてくれ」
「……………………」
深く頭を下げたままの俺から、何かを感じ取ってくれたのだろう。
レモンの沈黙を肯定と捉えて、俺は続ける。
「理由はどうあれ、俺がお前に恥ずかしい思いをさせたのは事実だ。それは、本当にすまなかった。さっきの言い草もだ。頭に血が上ってて、からかったみたいになっちまった。大人げなかったよ」
相手は年頃の女の子。
見ず知らずの男に裸を見られりゃ嫌な気分にもなるだろうし、不信感を抱くのも当然の話だろう。
そこに詫びの一つも入れずに揶揄するような真似をしたら、こじれるに決まってる。
なんにしたって俺は、最初に謝らなきゃいけなかったんだ。
「ただな、あれはわざとじゃなかった。ああなるちょっと前に、道端の木の実を食って腹を壊しちまってな。フラフラだったんだよ。そのせいで足を滑らせた。悪気があったわけじゃない。そこだけは、信じてくれ」
「そう、だったんですか」
「ごめん。許してくれ」
もう一度、深く頭を下げる。
後の祭りかもしれないけど、ふてくされたり、暴れたりするよりもいくらかはマシだ。
これでとっ捕まるならもう仕方がない。運が悪かったと諦める。
「…………はぁ。ゴリンの木、でしょうね」
「なんだって?」
溜息交じりのレモンの言葉に、俺は思わず顔を上げる。
「だから、あなたが口にしたのはゴリンの木の実だと言ってるんです。食べるとひどい腹痛や目眩の症状が出る植物ですから。確かに、あの辺りにはたくさん生えていますし、でまかせを言ってないのは分かりました」
「そうなのか。腹減ってたから、つい食っちまったよ」
「あれが有毒な果物だというのは小さな子でも知ってることです。どれだけ無知なんですかあなたは」
小馬鹿にしたような物言いは変わってないが、レモンの口調は微かに丸くなった気がする。
これは、信じてもらえたってことでいいんだろうか。
「事情は理解しました。私も気が立っていましたし、多少問題のある態度だったかもしれません」
「それじゃあっ」
「それでも! あなたが素性の分からない流れ者なのは事実です。村の警護を務める立場としては、おいそれとここから出すわけにはいきません」
「ええっと、それは、つまり?」
「もう一度、話を聞きます。憲兵に突き出すかどうかは、その後で判断しますから」
眉根を寄せた険しい顔を崩さないまま、そう言ったレモン。
要するに話の流れしだいじゃ解放してくれるってことで、いいんだよな?
「よ、よかったああぁああ」
ぶはあっと、大きく息を吐き出して、俺は後ろにひっくり返る。
もうしばらくは牢屋の中だろうけど、問答無用で犯罪者扱いって最悪の状況ではなくなったらしい。
安心したら、どっと気が抜けてしまった。
「ちょっと、あなた! 私は許したわけじゃありませんからね! 怪しいと感じたら即刻……」
「………………ん?」
再びレモンの目がつり上がりだしたその瞬間。
ゴウン、と、牢屋全体が大きく縦に揺れた。
地震? にしては、偉く短かったな。それに、なんか低くて重い音が聞こえたような……
「……っ!? またっ!?」
間違いない。さっきと同じ揺れだ。
天井からパラパラと砂の粒みたいなのが落ちてきてるし、気のせいじゃない。
「レモンちゃん! 大変だ! 魔物がっ、村に出やがった!」
突然、牢屋の中に男の大きな叫び声が響く。
相当、慌ててるみたいだな。聞いただけで、その声には焦りと不安が入り交じっているのが分かった。
「魔物が? 数は?」
「に、二匹だったと思う。ただ、片方がとんでもなくデカくて……」
「わかりました。すぐに向かいます。落ち着くまでおじさんはここに居てください」
俺のいる牢屋の中からは声しか聞こえなかったけれど、やってきた男とレモンの会話の内容は理解できた。
そしてすぐに、レモンのものだと分かる軽快な足音が牢屋から遠ざかっていく。
魔物って言ってたよな。俺の予想が正しければ、昨日のあいつと同じ化け物が出たのか。
レモンの奴、これも警護の仕事なんだろうけど、大丈夫なのか?
武器を持った兵士が束になっても敵わないような相手だぞ。女の子がどうこうできるわけねえだろ。
「はっ、はっ、はあっ、あんなの見たことないぞ。いくらレモンちゃんでも……」
「おい、おっさん! 聞こえてるか!」
「ひいっ!」
走ってきたせいで息切れをしていたおっさんは、俺の声に悲鳴をあげた。
気の毒だけど、そんなのにかまってる暇はない。
この状況をなんとかするには、このビビリなおっさんの手を借りるしかなさそうだ。
「頼みがある! お願いだ! 俺をここから出してくれ!」
「ええ!? 駄目だよ! だって君、今日村の外で捕まった犯罪者だって聞いてるよ?」
「俺がやっちまったのは覗きだ! それも事故! さっき本人にも謝ったよ! だから、頼む!」
「え、ええええー……」
鉄格子と鉄格子の間に顔を突っ込んで訴えかける俺を、見るからに気の弱そうなおっさんは疑わしそうに見つめていた。
考えろ。なんとかして、この人に信じてもらわなきゃならない。
俺が信頼できる人間だって、伝えなきゃ駄目だ。
怒鳴るな。怖がらせるな。嘘を吐くな。思っていることを、真っ直ぐに言うしかない。
「外にいるのは、ヤバそうな奴なんだろ? あのレモンって子一人じゃ駄目かもしれないんだよな?」
「それは、そうなんだけど……」
「俺なら、あいつの力になってやれる。助けになれるんだ!」
「そんな、君がどんな奴か分かったもんじゃないのに」
そりゃそうだ。
牢屋の中にいる得体の知れない男を外に出して、火に油を注ぐような真似をしたくない気持ちはわかる。
だけど!
「信じてくれ! このまま黙ってここにいるのは、嫌なんだよ!」
目を閉じた俺の叫びが響き渡った後、牢屋の中に耳の痛くなるような静けさが訪れる。
駄目だったのか。
おっさんはやかましい俺を無視して、ここから出て行ってしまったのかもしれない。
冷たい鉄格子を握りしめ、俯いたまま歯をくいしばったその時。
カチャン、と音がした。
「や、約束だ。レモンちゃんを助けてやってくれ」
顔を上げた俺の目の前、鉄格子の一カ所が開いていた。
鍵を開けたままの姿勢で震えるおっさんと目が合う。
今もまだ、怖いんだろう。後悔しているんだろう。
それでも俺が正しい人間だということに賭けたい。
見ず知らずのおっさんのその目に、じわりと胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ああ。約束する」
牢屋から一歩足を踏み出しておっさんの肩を叩いたら、ビクッと跳ねられてしまった。
これはまあ、しょうがないな。こっからの行動で証明するしかない。
「よっしゃ。あったあった、これだよ」
見張りが待機しておく場所なんだろう。
牢屋の横にあった狭い部屋の机の上に、俺の上着と靴がセットで載せられていた。
そしてもう一つ、上着の横に添えられていたベルトのバックルを俺は手に取る。
「ありがとな、おっさん! ちょっとあいつ、助けてくるよ!」
牢屋の前でまだおろおろしていたおっさんに笑いかけて、俺は走り出した。
思っていたより長くなりました。