不審な紙箱
ギリギリギリ、カチン。
ギリギリギリ、カチン。
すっかり暮れた玄関先に、異様な音が響いていた。
ギリギリギリ、カチン。
ギリギリギリ、カチン。
なけなしのアルコールが一気に抜けていった。
目の前には、一辺3m近くはある白い紙箱。
ご丁寧なことに、赤くぶっといリボンが十字にかけられ、どでかい蝶結びまでされている。
しかし夜の玄関先で異音を響かせる、得体のしれぬ巨大な箱が、うれしい贈り物であるはずがない。
ギリギリギリ、カチン。
ギリギリギリ、カチン。
なんで。どうしてこんなことになったんだ。
一体俺が、何をした。
冷静な時に考えればわかる。まずは家族とご近所みんなに呼び掛けて避難させ、警察に通報すべきなのだと。
だが肝心の冷静さは、この音を聞いてしまったときにどこかに消えた。
『それ』を発見した時の気持ちは、ひたすら『めんどくさい』一色だった。
なぜなら、今日はバレンタイン。
年に一度やって来る、世にも呪わしい暗黒の祭典なのだから。
いったい何が悲しゅーて我が至高のソウルフードを、俺などアウトオブ眼中であることが明白な乙女たちにお売りせねばならないのだ。しかも、心にもない笑顔を作って。
毎年この時期になると心が荒む。販売ノルマとやらはいろいろあってマシになったものの、有形無形の圧力はいまなお存在している。
バレンタインなんか爆発しろ。マジに滅んでしまえ。
仲間どうしでそう言いあうのが、毎年の習わしだった。
当然、そんな俺にチョコレートなど、届くはずもないのだから。
実を言えば少し前までは、俺はひそかに幸せだったのだ。
チョコもらいまくりだが、チョコ嫌いの親友が近所にいたから。
奴はチョコを嫌いだから、全部友人にあげることにしている。贈り主らはそれを全員、承知の上というのだからすごい。
俺にはもはや嫌がらせとしか思えないのだが、やつはニコニコしていた。
『いいんだよ、俺がチョコもらったら、お前に食ってもらえるじゃん!』
『みんなにも言ってあるから。チョコは全部友達に上げるからねって。
俺のチョコはお前のチョコだよ。だから遠慮なく食ってくれって! ほら、あーん!』
――その時うっかり別の世界の扉が開きかけたことは内緒だ。
けれどそんな反則級の超イケメンは、もうこの町にはいない。
顔もいいが、頭もいい奴は、若いながらに会社を作り、いまや海の向こうのヤンエグだ。
そして俺はしがないフリーター。
会社が軌道に乗ったら迎えに来る、なんて奴は言ってたが、酒の席での発言だ。
そういえばそのときも俺は、グラス片手に言ったっけ。
『チョコくいてえ……もらったチョコくいてえ……
このさいキモチなんていらないんだよ。遊びだっていーんだよ。このさい野郎からのブラックジョークでもいい! チョコレートの海に溺れたい!!』
あれからもうじき、二年になる。
俺はすっかり、あきらめていた。
「って、回想してる場合じゃねえっ!!
絶対やばいこれ、警さ……」
あわててスマホを取り出したその時、誰かに後ろから抱きすくめられた。
スマホは取り上げられ、若い男のものらしき大きな手が、後ろから口をふさぐ。
低く、押し殺した声が耳元で響く。
「騒ぐな」