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登校日

 毎日海に行って、少しずつ宿題をして、そんなふうに夏休みは過ぎていく。


 八月十日、快晴。保護者面談付きの登校日があった。いつも通りの時間に登校して二階にある教室に入り、連絡事項を聞いてプリントをもらう。それから前もって希望を聞いてあった順番に一五分ずつの面談。順番がすぐの子はもう保護者が来ていて、廊下で一緒に自分の番を待つ。三番の花奈は廊下に並べた椅子に座った。父親も母親もまだ来ていない。


 わたしは花奈に手を振って廊下の先の図書コーナーに向かった。図書室がない代わりに、小学校の廊下の突き当りは丸く大きく膨らんだ形になっていて、一階が多目的スペースに、二階が図書スペースになっているのだ。背もたれのない椅子に座って窓の外に広がる水平線を見つめる。学校は山寄りで他の土地より少し高い場所にあるため見晴らしがいい。


 できるだけ終わりの方での面談にしたいとジネさんが希望を出していたので、順番は後ろから二番目だから一時間半後だ。

 先生から手渡されたのは「進路について」と書かれたプリントと四月に受けた全国学力テストの結果だ。プリントには来年進学予定の学校と将来なりたい職業を考えてきて、夏休み明けに提出、とも書いてある。


 島には小学校が一つ。中学校も一つある。並び合っていて、島の子はたいていそこに通う。

 でも、この島には高校はない。高校受験や大学受験を考えて、早めに町の暮らしに慣れておくために、小学校卒業の時期に合わせて本土に引っ越したり、遠くの私立中学を受験する子も中にはいる。


 どちらにしろ十五歳になればみんな一度島を離れる。寮のある高校を選んだり、親戚の家から高校に通ったり、いろいろだ。本土まで距離があるこの島では、連絡船を利用して学校に通うことはできない。

 わたしはもらったプリントを見ながら眉を寄せた。


 ここを離れたくない。


 勉強はそんなに好きじゃない。わたしの成績はごく普通で、たぶん島の中学に行って、そのあとは寮のある高校を探すことになるのだろう。


 でもわたしにとっての一番はいつだって海だ。中学を卒業した後のことは――島に高校がない以上、このままっていうわけにはいかないのだろうけど、それでもできればここにいたいと思う。そしてその先は?


 わたしにジネさんのような魔女の素質があったとしても、それだけで生きていけるわけではないと思う。祖母だって職業は「薬剤師」だ。同じ職業を目指すなら高校だけではなく、大学に行って勉強し、試験に合格しなければならないと聞いている。高校で三年、大学で六年。そんなに長い間、わたしはここを離れられるのだろうか。


 中学生までしかここにいられない。わたしは思わずため息をついた。


「なんだよ。重々しいな」

 隣に座った拓海が言った。やんちゃ坊主だった一年生の頃そのままに、拓海はいつもわたしをサポートしてくれる。大切な友だちだ。

 拓海の面談はわたしの後で、一番最後だ。


「進路、やだなって思って」

「今から進路なんか悩むだけ無駄だ、って母ちゃんが言ってたぞ」


 拓海のお母さんらしくて、笑ってしまう。拓海の父親は船持ちの漁師だ。入学式で拓海に拳骨を落とした茶髪の母親は、週の半分は港の近くの食事処で働いていて、ときには両親揃って海に行くこともある。面談が最後ということは、今日は揃って漁に行ったのだろう。元気がいい人たちで、よく笑うから、一緒にいるとこっちも元気になる。


 拓海は将来どうするんだろう。跡を継いで船に乗るのかな。もし違う将来を考えているなら、ううん。たとえそうじゃくても、あとどれだけ一緒にいられるのかな。

 ふと不安になった気持ちが顔に出たのか、拓海が眉を寄せた。


「島の中学、行くんじゃないのか?」

「え? 行くよ。なんで?」 


 びっくりして聞き返したわたしの答えにほっとしたように拓海の眉がゆるんだ。


「オレらの中では、一番ほかのとこ行きそうなのはおまえだからな」

「え? わたし? なんで?」


 島以外の土地に行きたいなんて思ったこともなかったから、拓海の言葉に驚いた。

「お前んとこは、ジネばあだけだから引っ越すのも簡単だし、引っ越さなくたってお前が行きたいって言えばジネばあは止めないだろ?」


 そう言われてみれば、ジネさんには家族に対してドライなところがあるだけに、わたしが行きたいって言ったら止めない可能性は高い。

 でも、わたしの希望はここにある。わたしはここにいたい。


「わたしはここが好きだし、離れたくない。拓海は島を出たいの?」

「ん? オレ? オレはほら、ここを離れるわけにはいかないっつーか、父ちゃんが漁でいない時、母ちゃん一人にできねーし……」


 なんだか歯切れが悪い。拓海らしくない。

 でも、拓海は話す必要があると思ったことは教えてくれるやつだから、わたしは詳しくは聞かないことにした。


「わたしは行かないけど、他の中学、行く子いるのかな」

「さあな」

「みんな一緒だったらいいね」


 なんだかしんみりしてしまう。なんだかんだいっても子どもの数が少ないのだ。毎日送り迎えをしてもらっていて、友だちと遊ぶ時間の少ないわたしだって、クラスの仲間との繋がりは深い。誰かがいなくなるなんて、考えていなかった。


 わたしは窓の向こうに広がる海に目を移す。まだまだ先のことだと思っていた将来が、急に目の前に迫ってきたように感じていた。


 さっきまで晴れていた空に雲がわきだして、海が色を変え始めていた。


先が長そうです。お付き合いいただいてありがとうございます。

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