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空読み師  作者: こでまり
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(4)

 こうして、春分祭の日時は決まった。浮かれまくりの陽明は、鼻歌を歌ってばかりでまったく仕事をする気配がない。


 さっきからどこかの女子にもらった手紙を見て「告白するならもっと情熱的なほうがいいね」とか「結局何が言いたいんだ?」とか、ひとりツッコミを入れている。

 葉月はその様子を、机の奥からこっそり見ていた。


 ……これって、いわゆるラブレターってやつだよね。もらってる人、初めて見たけど、もっと嬉しそうにするもんだと思ってた。いや、課長がもらい慣れすぎて、感覚がおかしくなっているんだ。


 そんなことを考えながら机の上を整理していると、視線を上げた陽明が肩をすくめた。


「そんなにおかしいかな?」

「……えっ?」

「今、喋ってたけど、もしかしてひとり言だった?」

「えぇぇぇ! 喋ってました? ちょっと失礼なことを言ってしまった気が……」

「大丈夫だよー。あっ、そうそう。ちょっと手が空いているなら、この書類を刑部けいぶ長官に渡してきてくれない?」


 ニッコリと笑って、陽明は書類の入った木箱を差し出した。それに対して「……へっ?」と声を上げたのは、葉月ではなく……隣に座る子草だった。


「課長、それはいくらなんでも鬼っすよ」

「そう?」

「いきなり“虎の住処すみか”に放り込むつもりですか? あそこの長官は男色家で、入りたての若い官吏を食いまくるって、もっぱらの噂じゃないですか」

「じゃあ、子草が行く?」

「課長が行けばいいじゃないですか」

「俺だって食われたくないよ」

「うわっ、課長サイテー」

「子草こそ、サイテー」


 ……いやいや、正直、どっちもどっちだと思うよ。

 恐ろしい場所に行きたくないのはわかるけど、ここは男らしく「俺が行く」という気概を見せてほしかった。まあ、相手は男色家だというから気概の問題じゃないのかもしれないけど。


 相変わらず、互いに木箱を押し付け合っている二人を見て、葉月はさして重くない腰を上げた。


「それなら、私が行きますよ」


 男色家だか年若い官吏を食い物にするだか知らないけど、自分はその基準をまったくと言っていいほど満たしていない。

 ノープロブレム。


 安心させるようにニッコリ笑うと、それを見た陽明の手から、木箱がガタッと落ちた。


「ダメだ。やっぱり、こんな子猫少年を虎の住処に放り込むのは鬼すぎる。俺、ちょっと行ってくるわ」


 珍しくまじめな顔で立ち上がった陽明に、今度は葉月のほうが驚く番だった。


「今、なんて言いました?」

「えっ? 俺が行くって……」

「その前です。子猫少年って言いました?」

「言ったけど……。あっ、もしかして子猫って表現に傷ついちゃった?」


 両手を合わせてごめんのポーズをする陽明に、葉月は軽いめまいを覚えた。

 ……いや、問題はそこじゃない! 


「私は、女です!」

「……はっ?」

「だから、少年じゃなくて、女です!」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔というのは、きっとこういう顔だ。あまりに驚きすぎて、現実に戻れなくなっている陽明に追い打ちをかけるように続ける。


「それに、今年で二十六になります」


 そう言った瞬間、天にまで届きそうな子草の絶叫が響き渡った。


「マジかぁーーー!? 俺より年上とか冗談だろ。っつうか、二十六って課長と変わんないし。俺、てっきり子供だとばかり……」

「たしかに……って、驚くのはそこじゃないだろ」

「ああ、女。……おんなぁぁぁ!?」


 隣を見ると、子草の体は半分以上椅子から転げ落ちていた。


 ……リアクション芸人もびっくりの反応、ありがとうございます。

 実際、ここまで誤解されていれば、変に納得されるより潔くていい。傷つかないかというと嘘になるけど、女を捨てきったこの容姿だ。しかたがない。


「……ということで、私が行ってきます」


 葉月は未だ納得していない男達から奪うように木箱を掴み上げ、呪術祠祭課のドアを勢いよく開けた。


「男色家かなにか知らないけど、どっからでも、かかってきやがれ!!」



 内城の官衙かんがは、中央広場を挟んで東と西にある。

 東側には礼部など学問や経済に関する官衙が、西側には刑部など法や刑に関する官衙が集まっている。

 ちなみに刑部けいぶというのは、現代日本でいう法務省のようなところだ。刑事裁判全般を扱っている。


「刑部長官か。どんな人なんだろう」


 中央広場に入ったところで、葉月は首を傾げた。虎の住処とか男色家とか言われていたけれど、さっぱりイメージできない。


「あっ、そういえば傘売りをしている時、いつもの野次馬たちが噂してたっけ」


 数日前の噂話を思い出す。


 『刑部長官、賄賂で莫大な富を築いていた官吏を罷免したらしいぞ』

 『罷免じゃない、死刑だ。相変わらず、血も涙もない恐ろしい長官だよ』

 『あの長官、本当に血が通っているのか?』

 『もし血が通っていたとしても、どす黒い血だろうな』


 象棋しょうぎを指しながら、彼らはそんなことを言っていた。どす黒い血が流れてるって何者!? とたしかあの時思ったのだ。


「えっ……、もしかして今から行くのってヤバイ場所? 刑部長官って、すっごい恐ろしい人なんじゃないの?」


 さっきまでの威勢はどこへやら、一気に不安に襲われる。


「ちょっと待って。これって、本当に私が行って大丈夫なの?」


 官吏でもないただの小市民が、のこのこ行っていい場所じゃない気がする。そういえば、陽明も子草もあんなに嫌がっていたじゃないか。


 このまま戻ろうかと思ったけれど、今更戻るわけにもいかない。

 ビクビクしながらしばらく歩いて、目的地にたどり着いた葉月は「……あれ?」と呟いた。


「ここって……」


 そこは葉月がこの世界に降り立った初めての場所。つまりは処刑場だった。

 目の前に石造りの重厚な建物があり、その後ろの丘には、いまだ夢に出てくる十字架がそびえ立つ。


「ここが刑部か……。えっ、長官ってまさか――」


 いやな勘ほどよく当たる。

 刑部の官吏に長官室に案内された葉月は、黒檀の椅子に座る男を見てビクッと体を跳ね上がらせた。

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