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空読み師  作者: こでまり
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春分(1)

 天藍国てんらんこくの首都、泰京たいけいは、大きな城壁に囲まれた街だ。


 七つの門に囲まれた内城の中心に皇城があり、その周りを囲むように政を行う官衙かんがが並ぶ。内城の南側には五つの門で囲まれた外城があり、こちらは主に一般庶民が住む下町になっていた。


 葉月は昨日男たちに説明された通り、崇文門すうぶんもんから内城に入り、迷いながらもなんとか礼部れいぶにたどり着いた。

 ちなみに礼部というのは、日本でいう文部科学省のようなところだ。礼楽儀仗・教育・国家祭祀・外交・国家試験などを担当している。


「ここか……」


 その部屋は、活気ある礼部の建物の一番奥にあった。

 クモの巣が張った扉に、異様な光を放つドアノブ。扉の横に掲げられた立て板には字が書かれているけれど、ホコリをかぶりすぎて見えにくい。


呪術祠祭課じゅじゅつしさいか。名前自体が怪しいんだよなぁ……」


 今すぐにでも逃げ出したい気持ちをなんとか奮い立たせて、扉に手をかける。すると、それを察したかのように扉が内側から開いた。


「ああ、子猫ちゃん、昨日はどうも。迷わなかった? とにかく、入って入って」


 扉の奥から現れたのは、昨日会った二人の片割れ、藍色の官吏服を着た爽やかイケメン青年だった。


 ……昨日から思っていたけど、子猫ちゃんってなんですか!?

 と突っ込みを入れる間も挨拶する間さえも与えず、イケメン青年は葉月の背中を押して部屋の中に入れた。

 そして、目の前に広がる光景を見て、葉月は本当に言葉を失った。

 そこは八畳ほどの広さに机が三つあるだけの、殺風景な物置部屋だった。


「あの……他に人は?」

「いるよ、ここに」


 イケメン青年が指さす先にいたのは、緑色の官吏服を着た男だった。

 といっても、容姿年齢などはまったくわからない。なぜなら、男は床に突っ伏して死んで……いや、寝ていたからだ。


「えっと、他には?」

「もうひとり祭司がいるけど、今日は休み。というか必要な時しか出てこないから、実質二人かな」

「実質……二人?」


 ……って、爽やかな笑顔で言わないでほしい。本当にここは何の仕事をしている所なんだ?

 そんな葉月の疑惑たっぷりな視線など気にする素振りもなく、イケメン青年は床で寝ている塊をげんこつで殴った。


「いでっ……」

「おい、子草しそう起きろ。空読み師が来たぞ」

「俺、昨日も徹夜でしたから、もうちょっと寝させてください。空読み師さん、はじめまして。では、おやすみなさい」


 それだけ言うと、塊は動かなくなった。どうやらまた寝たらしい。

 どんな人かは気になるけど、とりあえずこのホコリだらけの床で寝られるんだから、自分以上に図太い神経をしているんだろう。


「あいつは子草。ちなみに、俺は陽明ようめいっていって、一応この課の課長。よろしく。それで、君の仕事だけど――」


 爽やかな笑顔でおざなりな自己紹介をした後、陽明はさっそく仕事の話を切り出した。

 ――のだが、当の葉月は「この人、そうとう女子にもてるな」と、まったくもって場違いなことを考えていた。


 だって、この世界で恋愛なんてするつもりのない、ただ生きることに必死な自分でさえ、昨日会った時にはこの爽やかイケメンスマイルに警戒心を少し解かれた。恋愛モードの女子なら、この笑顔に一発ドキュンと心臓を撃ち抜かれるにちがいない。


 でも……と思う。このまま相手のペースに流されてはいけない。それくらいの警戒心はこの一年で身につけた。

 まずは敵情視察、じゃなくて状況把握だ。


「あの、一ついいですか。そもそもこの課って、何をするところなんですか?」

「ああ、知らない? じゃあ、まずはそこから説明しようか」


 そうして陽明は、この課について説明し出した。


 ――礼部れいぶ呪術祠祭課じゅじゅつしさいか

 名前の通り、主に祭祀を執り行う課だ。

 元は五十人ほどの大所帯だったが、現在は三人のみの幽霊課になっている。現皇帝がとことん現実主義で、呪術まがいの祈祭を毛嫌いしているからだ。

 形式的に冬至祭、春分祭、夏至祭、秋分祭の四大祭祀は行うが、それ以外はまったくといっていいほど仕事がない。


「こんな暇なところなんて、内城広しといえど他にないだろうね。昼寝もし放題だし、これで給料をもらっているなんて幸せでしょ」

「……幸せ? いやいや、逆に大丈夫なんですか?」

「大丈夫って何が?」

「だから、ここは礼部の掃き溜め課ってことなんじゃないですか? 左遷の最有力候補なんじゃないですか? そんなに呑気に笑っていていいんですか?」


 思わず出てしまった本音に、陽明がカラカラと笑う。


「掃き溜め課? たしかにそうかもねー。まあ、大丈夫なんじゃない? 四大祭祀さえしっかりやれば、上からは何も言われないし」


 ……なんか発言が軽すぎる。

 こっちとしては本当に大丈夫なの? と心配になるけど、自分はこの課の一員でもなんでもない。いわば、赤の他人だ。これ以上はつっこまないことにしよう。


 とりあえず「そうなんですねー」と適当な相槌を打つと、陽明は困った顔で「でもさ」と続けた。


「その四大祭祀が問題だったりするんだけどね。そのために君を呼んだんだ」

「……問題?」

「うん。実は去年の春分祭は散々なことになっちゃってさ。祭祀中に突然暴風が吹いて、神火が陛下の所まで届きそうになって――」


 そこまで言って、陽明は疲れた顔で虚空を見つめ、そのまま固まった。

 どうしたのかと心配になった矢先、それを補うように背後からだみ声が飛んできた。


「大官どもが慌てたのなんのって。俺なんて火を消すために走り回りながら、笑いをこらえるのに必死だったっつうの。あの大官どもの顔、今思い出しても笑いが止まらねえ」


 振り返った先には、小柄な男が頭を掻きむしりながら立っていた。

 窓から差し込む日の光に当てられて、頭からはホコリかフケかわからない物体がふわふわ浮いている。


「ああ、子草、珍しく起きたのか?」

「なんか面白い話してるなと思って」


 子草と呼ばれた男は小柄な体に童顔な顔、それでいて無精ひげはボーボーという、なんともアンバランスな容姿をしていた。でもよく見れば、顔立ちは若いし声も若い。おそらく葉月よりも年下だろう。


「俺は子草、改めてよろしく。っつうか、お前ガリガリすぎねえか? 棒っきれみたいな体だな。飯食えてねえのかよ」

「えっ……ガリガリ? 棒っきれ?」


 たしかにこの世界に来てからは、その日の飯にもありつけないような貧しい生活をしている。日本にいる頃は気にしていたお腹の肉もすっかり落ちて、今ではあばら骨まで浮いている。

 ……でも、女性に対して、棒っきれとはちょっとストレートすぎやしませんか? まあ、事実だからそこまで気にはしないけど。


「ご心配ありがとうございます。おかげさまで、三度の飯にも困るような愉快な極貧生活を送っております」


 少しだけ棘を残して答えたら、隣で陽明が堪えきれないというように笑い出した。どうやらツボに入ったらしい。そして、昨日も思ったけど、基本傍観者でこちらをフォローする気はないらしい。


 とりあえず事なかれ主義男ってことでいいかな。もう一人はよくわからないから、デリカシーゼロ男ということにしておこう。


 ……あれ? けっこう上手いネーミングかも。

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