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空読み師  作者: こでまり
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(6)

「君みたいに能力がありながらも、地位なんていりません。自由に生きたいんです。という人間が、私は一番嫌いでね」


 ……えっ、さっき気に入っているって言ってませんでしたか? その前に、苦しい……。もしかして、これって、このまま殺されるとか!?

 いつかは死ぬ日が来るかもとは思っていたけど、こんな山奥で死ぬのはさすがに嫌だ。


 眼鏡の奥から瞳だけで必死に訴えたら、首を絞める手が緩んだ。


「運がよければ、誰かが見つけてくれるかもしれませんね。まあ、そのころには私はすでに船の上ですけど」


 宋健は自らの腰ひもで葉月を木にしばりつけ、さらには肩にかけていた手拭いで口をふさぎ、頭の後ろで縛った。


 ……なっ、何するんですか!?

 そう言いたかったけれど、くぐもった音が漏れただけで、声にはならなかった。

 

 ……これって、まさか木にしばりつけて、そのまま放置とか!? そんなのぜったいにイヤだ!

 瞳だけで訴えたら、宋健はまるで愛しい者でも見るように、うっとりと瞳を和ませた。


「君のその丸い瞳。ちょっとあの娘に似ているんですよ。だから、生かしておいてあげます。じゃあ、頑張って。助けが来るように、根性で祈ってくださいね」 


 ニイッと不気味な顔でひとつ笑うと、宋健は霧の中に消えていった。





 宋健が去った後、葉月はひとり木に縛り付けながらもがいていた。


 ……嘘でしょ。まさか、本当にこのまま死ぬの!? この世界に来てから絶体絶命のピンチは何度もあったけど、これは本気でヤバイ。九割九分見つからない。どうしよう、どうやって助けを……。


「うー、うー、うー」


 声は出ないし、体も少ししか動かせない。


 ……宋健さん、私のことちょっとでも気に入ってくれたんだったら、もう少し助かる可能性を残してくれてもよかったんじゃないですか。


 殺されなかっただけマシだと思いながら、心の中でつぶやく。

 ふいに先ほど喉を締め付けてきた宋健の顔が浮かんだ。あれは確実に殺す目だった。そう思った瞬間、急に体がガタガタと震え出した。


 ……ホントに怖かった、怖かった、怖かったーーーー。でも、まだ怖い。体の震えが止まらない。ああ、神様、お願いします。どうか、助けてください。神棚作りますから、これから毎日拝みますから。どうか、神様、どうか――。

 その時、どこかから声が聞こえてきた。


「はいはーい。今、助けるぞ」


 心の叫びが届いたかのような声に、葉月は驚きながら視線だけで辺りを見回した。


「ちょっと、まってくんなされ」


 ……か、神様? 本当に?

 驚きに目を見開くと、突如、目の前に腰まで届きそうな白髪と、同じく長い白髭をたたえた老人が現れた。

 背は葉月とそれほど変わらないのではないだろうか。浮世離れしたその容貌はまるで仙人のようだった。


 ……だ、誰?

 警戒を露わにする葉月に、老人は笑いながらコキコキと首を鳴らした。


「安心しなされ。わしはこの近くに住んどる者じゃ。怪しいもんじゃない。山菜でも取りにと思って出かけたら、人が木に縛り付けられとるんじゃ。たまげたぞ」


 山菜の入った籠を見せながら、老人はふぉっふぉっふぉっと笑った。


「とりあえず、この紐を外してやる。ちょいと待ちなされ」


 老人が拘束する紐を解く。


「ほれ、もう大丈夫だ。どうしてこんなところに縛りつけられておったんじゃ? もしかして、今流行りの痴情のもつれというやつか?」


 呑気に笑う老人を前に、葉月の体からホッと力が抜ける。と同時に、体がガタガタブルブルと目にも明らかなほど震え出した。自分の力では制御できない震えに戸惑いながら、それでも唇を動かす。


「あっ、あっ、ありっ……」


 ありがとう。と言いたいのに、声にならない。白髪の老人は、そんな葉月の背中を優しくなでた。


「もう、大丈夫じゃぞ」





「ほれっ、これはどうじゃ?」

「いだっ」

「これは?」

「いだだっ」


 滑ったときに足をくじいたらしい。まともに歩けなかった葉月は、木の枝をつきながら、近くにあるという老人の家へ行った。

 入り口には「草庵そうあん」と書かれている。茅葺き屋根の家はたしかに庵というのにピッタリだった。

 そして、庵につくなり、薬草で作ったという塗り薬を老人に塗ってもらっていた。


「ふむ。まあ、動かさなければ、二、三日でよくなるじゃろう。さすがに、今日山を下りるのは無理じゃ。ここで一晩明かしたらいい」


 七十歳くらいにも見えるし、九十歳くらいにも見える。年齢不詳の老人は、老いを感じさせない機敏な動きで湯を沸かし、とれたての山菜を茹でて、葉月の前にポンッと出した。

 そこでようやく、自分が昨夜から何も食べていないことに気がつく。

 ぐうっと鳴る腹の虫に負けて「すみません、いただきます」と言えば、老人はふぉふぉっと笑い、かめから汲んできたにごり酒を飲み始めた。


「一緒に飲むか?」

「足が痛いので、やめておきます」

「なんだ、残念じゃの。最近は訪ねてくる者もおらぬ。もっぱら酒の相手は月に照らされた自分の影くらいでの」


 そう言って、老人は酒をぐびぐび飲み始めた。こんな昼間から酒かと思ったけれど、この老人にとっては時間なんて関係ないのかもしれない。酒を飲む顔は実に楽しそうだ。


「おぬし、どこから来たのじゃ?」

「えっ、どうしてですか?」

「言葉も雰囲気もどこか違う」


 少しの間考える。

 どうせ、明日になったら別れる相手だ。正直に言ってもいいかもしれない。それに、なんとなくこの老人なら、こちらが何を言っても否定しない気がした。


「実は……こことは違う世界から来ました」


 驚かれるかと思ったけれど、老人は驚くどころか頷きながら、ふぉっふぉっふぉっと笑った。


「実はそうじゃないかと思っておった」

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