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空読み師  作者: こでまり
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(5)

 すぐに雨は本降りになった。

 買ったばかりの傘を広げる男たちを横目に、葉月は売り物の傘を手早く竹籠にしまって、雨除けの大きな布でくるんだ。首から下げた銭包さいふがチャランと音を立てて、思わず口元が緩む。


「これだけあれば、明日のご飯も食べられる」


 こっそり呟いたつもりが、彼らの耳にはしっかり届いていたらしい。


「ねえ、君、さっきから飯がどうとか言っているけど、お金に困っているの?」

「えっ、まあ、そうですけど」

「じゃあ、もっと割のいい仕事をしない?」

「割のいい仕事……ですか?」


 そんなものがこの世界にあるとは思えない。それは一年の異世界生活で、骨身に染みて感じたことだった。


「すみません、結構です。私はその日のご飯が食べられれば、それでいいんです」


 女子がキャーキャー言いそうな爽やか笑顔を横目に、竹籠を担いで立ち上がる。

 雨も本降り、早くこの場を立ち去ろう。

 そう思って一歩を踏み出したところで、葉月の行く手は黒い衣に阻まれた。


「私は礼部れいぶ長官の鳳月ほうげつといいます。君には礼部に来て、二週間ほど空読みをしてもらいたい」


 恐る恐る視線を上げると、そこには微笑みを完全にどこかに置き忘れた紳士が立っていた。


 ……微笑みの紳士さん、微笑み忘れないで、怖さ倍増だから。

 なんて突っ込んでる場合じゃない。微笑みの紳士は礼部長官で、自分に空読み……つまり天気予報をしてもらいたいと言った。礼部とは、たしか文部科学省のようなところだった気がする。そこの長官ということは――。


「えっ、長官!?」


 そこでようやく相手の身分に気がついた葉月は、衣が泥だらけになるのもかまわず、両膝を地面につけて頭を下げた。


 国家官吏はこの国のエリートだ。しかも目の前の御仁は、国家官吏の中でもトップに当たる長官だという。つまり見たことがないと思った黒色の官吏服は長官職の者が着る衣で、しかもこの国に一握りしかいない超お偉方が、わざわざ足を運んで仕事を依頼してきたということになる。


 ……いったい、どうして自分に!?


 地面に体を伏せたまま動かなくなった葉月に、鳳月は声を弾ませて笑った。


「今更、礼など不要です。それに、私はしゃちほこばった挨拶が苦手でしてね。それよりも先ほどの件、考えていただけますか?」


 考えているからこそ、頭が上げられない。

 疑心渦巻く葉月を察してか、隣に立つイケメン青年がしゃがみ込んで言った。


「もちろん、謝礼もはずむからさ。どうかな?」


 ニッコリと人好きする笑いを向けられたけれど、葉月の気持ちはそう簡単には流されない。


「……いくらですか?」

「一年遊んで暮らせるくらいの額だって言ったら、どうする?」

「一年遊んで!?」


 ……それは、おいしすぎる話だ。白飯、焼き魚、もしかしたら肉までいけるかも。

 豪華な食卓を想像して、腹の虫がぐぅぅと鳴る。心が揺らぐ。でも――。


「すみません。魅力的なお話ですけど、やっぱりお断りします」


 葉月だってお金はほしい。でも、高すぎる謝礼には何か裏がありそうで怖い。死ぬほど働かされたり、怖い目に遭ったりはしたくない。自分はただ心穏やかに生きて、質素でいいから三食食べられればそれで満足だ。

 ……まあ、正直肉は食べたいけどね。


 そんなことを思いながら、ペコリと一礼して立ち上がる。しかし数歩進んだところで、葉月の肩は後ろから伸びた手によって強引に引き戻された。


「何度も言いますが、私には君の仕事を根こそぎ奪うことだって、簡単にできるんですよ」


 ……あぁ、やっぱり脅迫ですか。

 視線ひとつで月日をも動かす長官様にとって、こんな小市民の仕事を奪うくらい造作もないのだろう。

 鳳月は人差し指と中指を立てて「二週間です」と言った。


「それで、君を解放しましょう」

「天気予報……じゃなくて。えっと……空読みに絶対はありません。望むような仕事はできないかもしれません」

「もちろん、承知しています。結果に関わらず、謝礼は変わりなく差し上げます」


 ここまで逃げ場なく追い込まれてしまっては、いなとは言えない。

 葉月は渋々うなづいた。


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