(3)
その後、珍しく性急な様子の鳳月に連れられて、葉月は東官衙街から中央広場へ向かった。
「実はですね、これから尋問があるんですが、君にも立ち会ってもらいたいんです」
「えっ、尋問!? 私、尋問なんてできませんけど」
「安心してください。君に尋問しろだなんて言っていません。ただ、その事件は空の状況が大きく絡んでいるということで、君の意見を聞きたいそうです」
事件とか尋問とか不穏極まりないワードに怖気づいたが、空が関わっていると聞いて少しだけ興味をそそられる。
「空の状況……ですか?」
「ええ。実はですね、官吏がひとり死んだんですが、落雷の影響なのか他殺なのか、判別がつかないんです」
ゴクリと唾を飲む。前言撤回、どう考えても面倒そうだ。ああ、断りたい。厄介ごとには関わりたくない。人が裁かれる場所になんか行きたくない。
「えっと、私、ちょっとお腹が痛くて――」
とっさに腹を押さえたが、なだめるようにポンポンと肩を叩かれた。
「すぐ終わりますから、我慢してくださいね。名前に同じ漢字がある者同士、仲良くいきましょうよ」
えっ、同じ漢字?
そう言われて首をひねる。
葉月と鳳月。言われてみれば、たしかに同じ月の漢字がついてる。今まで全然気がつかなかったなぁ。
……って、ちょっと待って。それただのこじつけじゃん!名前の漢字が揃ったくらいで仲良くなれるのは、高校生までだ。
内心思いっきりツッコミを入れて顔を上げたけれど、すでに鳳月はスタスタと先を歩いていて……。
どうやら完全に断るタイミングを逃してしまったらしい。さすが礼部長官、人を使うのがうますぎる。いや、それとなく脅すのがうまいのか。
結局断ることができないまま、葉月は鳳月の後ろを小走りでついていった。
しばらく歩き、石造りの重厚な建物の前に到着した。建物の奥には、見覚えのある巨大な十字架がそびえ立つ。
「まさか尋問って、刑部でやるんですか?」
「裁判は刑部の管轄ですからね」
「そっか……」
「では、後はよろしくお願いします」
「えっ、鳳月長官は一緒に行かないんですか?」
「これでも暇じゃありませんので。それでは――」
片手を上げて去っていく男を、ポカンと口を開けて見送る。どうやら彼が依頼されたのは、葉月をここに連れて来ることだけだったらしい。
「鳳月長官、一緒に来ないんだ……。とりあえず、ひとりで行くしかないか。いや、行きたくないんだけどさ……」
ぶつぶつと呟きながら、葉月は諦めて刑部に入った。
石造りの建物は、暑さが厳しい外とは対照的にひんやりとしていた。入ってすぐ刑部の官吏に会ったので、鳳月に言われた通りに事情を話すと、すぐに尋問を行う一室に通された。
部屋の中は、すでに数人の官吏が席に着いていた。尋問前だからだろうか、誰もあまり話をしない。常に賑やかな礼部との違いに、居心地の悪さを感じてしまう。
しかも当然だけど、女は自分一人。向けられる視線がなんだか痛い。
俯きながら彼らの前を通り、一番後ろの席にちょこんと座る。席についても緊張が取れず俯いたままでいると、視界の端に黒い官吏服が映った。
もしかして鳳月が来てくれたのだろうか。
ホッとしながら相手のほうを向いた葉月は、予想外の人物に「あっ……」と声を上げた。冷たい無表情で入室してきたのは、刑部長官瑚珀だった。
……そっか。ここは刑部なんだから、長官といったらこの男になるのか。
屋敷では毎日のように顔を合わせていたが、仕事中の彼に会うことはめったにない。
場所が違うからだろうか、それだけで緊張する。しかも、着席している官吏たちが一斉に礼をしたことで、緊張感は二倍増しだ。
目が合ったのでペコリと頭を下げると、瑚珀はそれに視線だけでうなずき返し、無言のまま最前の席に着いた。
……反応、薄っ。
いや、これもデフォルトといえば、デフォルトか。
相変わらず、葉月は瑚珀宅で監視つき居候をしていた。タイミングが合えば一緒に食事をすることもあるし、ちょっとした会話をすることもある。でも、仲良しこよしという間柄ではない。
……まあ、こんなもんだよね。
そう自分自身を納得させたところで、部屋に数人の官吏とぼろぼろの服を着た少年が姿を見せた。それは葉月がよく見知った顔で――。
「河柳!」
思わず叫ぶと、声に反応して河柳が顔を上げた。
「……葉月」
「あんた、まさか――」
「官吏殺害事件の容疑者と、知り合いですか?」
横から割り込んできた低音の声に耳を疑う。視線を横にずらすと、最前の席からこちらを見る瑚珀と目が合った。
「えっ……うそ」
まさか河柳が人殺しをするわけがない。あの子は言葉や態度はふてぶてしいけれど、心根は優しくて、プレゼントが買えないことに悲しんで誕生日の歌に喜ぶような子だ。
「……どういうこと?」
「それをこれから聞くところです。場合によっては、あなたからも話を聞かないといけませんね。とにかく始めましょう」
冷たい言葉で、瑚珀は尋問開始の合図を告げた。
「名前は河柳。年は十三歳くらい、詳細は不明。両親は不在。仕事は市街地のごみ拾い。君は国子館の江邦を殺害した容疑で逮捕されたが――」
法を扱う刑部の官吏らしく、きつい風貌の男が河柳に近づく。そして、静かなそれでも十分に威圧的な声で「君がやったのかい?」と尋ねた。
尋問はプロ中のプロの官吏に、怖気づいているのだろう。河柳の顔は蒼白だ。
「お……俺はそんなことしてない。その男のことだって、あの日初めて見たんだ。名前だって知らねえ」
「では、あのときの状況を詳しく説明してもらおう」
尋問中の官吏が河柳に一歩近づく。少年の一語一句、一挙一動も見逃さない、鋭い視線が向けられた。
「あの日は――」
俯いた河柳は、ポツリポツリと語り出した。
「雨が降っていた。滝のような雨だった。雷の音が聞こえて、俺は雨宿りしようと高い木を探した。一本の杉の木を見つけた時には、雷はもう目の前に迫っていた。衣の袖で頭を覆って、その木の下に隠れた。間一髪だ、そう思って顔を上げたところで、土砂降りの雨の中を官吏服の男が走ってきた。それからすぐに、辺り一面をまぶしい光が覆って、官吏服の男に青白い稲光が落ちた」
そこまで話して、河柳は大きく息を吐いた。
「俺はただ、それを見ただけだ」