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空読み師  作者: こでまり
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(12)

「なっ……なにするんですか!?」

「雨が降るまで、あなたには消えてもらうわ」


 そんなことしたら、大好きな陽明様の首が飛んじゃうかもしれませんけどいいんですか? と反論する間も抵抗する間さえも与えられず、目と口を布で一気に覆われる。

 そして、葉月の体はまるで荷物でも運ぶように、ズルズルと容赦なく引きずられた。


 どれくらい引きずられただろう。気が遠くなって、手も足も感覚がなくなったところで、突然女官の一人が言った。


「この牢に入ってなさい」


 ……うそでしょ。まさか二度目の牢屋行き? 

 目隠しをされて前が見えなかったけれど、渾身の力でもがく。それでも多勢に無勢。前からは腕を引っ張られ、後ろからは背中を押されてしまえば何もできない。

 しかたなく、唯一動かせた左手を胸元に差し込んだ。


 ……ただ、心穏やかに暮らしたい。それだけなのに、どうしてこんな目にばかり遭ってしまうんだろう。


 葉月は()()を握りしめると、だらりと地面に下ろした。


 

 *



 牢のひとつに押し込まれると同時に、拘束は解かれた。

 石造りの牢の床にゴロリと寝転びながら、高窓から覗く夜空を見上げる。


 今までの人生、女子らしいこととは真逆のところにいた。料理も裁縫もできなければ、オシャレにも興味はなし。高校の時は、クラスの中で目立つ綺麗系または元気系女子グループに入ることはなく、ひっそりと過ごしてきた。


 そんな地味女だけど、これでも一応は女子だ。

 漫画で学園のヒーローが目立たない女子に声をかけて、周りに嫉妬されながら付き合うみたいな王道ストーリーに、ほのかな憧れを抱いたりもした。あくまで自分には一生起こらないという前提でだけれど。


 それなのに、まさか現実に起こってしまうなんて!

 正確にいえば、そのヒーローとは恋愛関係になったわけじゃなくて、ただ空読みの知識に興味を持たれただけなんだけど。

 それでも勘違いした綺麗系女子グループに嫉妬されて、嫌がらせされて、監禁までされてしまった。

 彼女たちは本気でこんな女子力最底辺爆走中の地味女が、あの爽やかイケメン課長とあはーんうふーんな関係になると思っているんだろうか。


「イヤ、ソレハナイデショ……」


 思わず日本語で呟いてしまったけれど、どうせ誰もいないのだから問題ない。

 それよりも銀ちゃんを壊されてしまった。そのことのほうがショックは大きい。


「空読みできなくなっちゃった……」


 今の自分にとって天気を予報する術は、空を見る観天望気と銀ちゃんを使っての気圧測定だけだ。気圧が測れなかったら、予報精度は当然落ちる。


「まさか弁償なんてしてくれないだろうしな。それに、また作るお金もないし……って、その前に、私ここから出られるよね。出られないなんてことないよね」


 このまま誰にも気づかれずに牢屋で朽ち果てる。そんな最悪の未来を想像して、葉月は身震いした。

 高窓から逃げるなんて、忍びのような芸当ができるわけがない。誰かが探しに来る可能性だって今のところない。


「どうしよう……」


 本当に、どうしてこの世界では次々と困難が降りかかってくるんだろう。

 飛行機に乗ったつもりが処刑台に引っかかって、牢屋に入れられた。ようやくこの世界に慣れたと思ったら、内城で天気予報をする羽目になった。そして、極悪死神刑部長官に目をつけられて監視されて、イケメン課長のファンに監禁される。


「これが一年ちょっとで起きたことだなんて、人生濃すぎ……」


 ため息とともに、高窓を仰ぎ見る。


「今って何時くらいだろう……」


 満月が天頂を横切り西に傾いているから、夜明けが近づいているのはわかる。

 いつものように茜色の朝日が昇る様子を想像して、なぜか屋敷の主の顔を思い出した。自分が帰っていないことには、とっくに気がついているはずだ。


「逃げたとでも思っているかな……」


 わずかな罪悪感が胸を通り過ぎて、そんな自分に苦笑いをこぼす。


「あんなに逃げたいと思ってたんだから、むしろラッキーじゃん」


 それなのに、少しだけ申し訳ない気持ちになってしまうのはどうしてだろう。どうせなら、自分の口で言ってから、屋敷を出て行きたかったのかもしれない。


「それよりも、ここってどこの牢なんだろう」


 地下に造られた牢には、他に人の気配がしない。もし、ここが刑部の牢なら、女官たちが簡単に使えるはずがない。ここは別の牢なんだろう。でも、その別の牢がどこにあるかは見当もつかない。

 高窓から覗く空を見上げる。


「はぁぁ。お腹すいたなぁ……」


 長いため息とともにそう吐き出した葉月は、次の瞬間、目に飛び込んできた空の色に息を呑んだ。

 太陽が地上に顔を出す時、空は茜色に染まる。しかし、葉月の視界に映った空は、黒みがかったピンク色をしていた。


「うそ……。お腹空きすぎて、幻覚見ちゃってる?」


 言ってみたところで、そんなわけがないのは自分自身が一番よくわかっている。

 不気味なピンク色の空。それが意味するところは――。


「本当に雨降っちゃうよ。ああぁ、どうしてこのタイミングで……!?」


 焦ってみたところで、牢に入れられている限りはどうにもならない。茜色に戻ることを祈って空を見つめたけれど、もちろん色が変わることはない。


「はぁ。なんでいつも上手くいかないのよぉぉぉ……」


 ため息とともにそう吐き出すと、葉月は諦めて目を閉じた。


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