(13)
――才子佳人――
男は才能があり、女は美しくあらねばならない。
これは、伝統的なこの国の考え方だ。
国家官吏試験に合格した者は、それだけで結婚相手としては優良物件。合格者の名前が皇榜に発表されるやいなや、金持ちの家では国家官吏の青年を婿にしようと、争いが勃発するという。
そんな国家官吏試験の上位合格者のみが入れる翰林院。婿とり合戦はどれだけ白熱するんだろう。
「じっと見つめて、どうしちゃったの? もしかして俺に惚れちゃった?」
目の前の机でラブレターを読んでいた陽明が小首を傾げた。相変わらず、その顔には爽やかな笑みが浮かぶ。
「陽明課長って、翰林院の出なんですね」
「今までそんなことには興味もなさそうだったのに、いきなりどうしたの?」
「女官さん達が、選良中の選良だって言っていて……。そんな人がどうしてこの課にいるのか、ちょっとだけ興味が湧きました」
なるほどねえ……と、陽明が頷く。それから、ポリポリと首の後ろを掻きながら、まるで他人事のように言った。
「俺がどうしてこの課にいるかっていうのは、鳳月長官に来いって言われたからだとしか言いようがないんだよね。まあ、翰林院なんかに長くいるつもりはなかったし、今のほうが気楽でいいんだけどさ。ちなみに翰林院ってどんな印象?」
どんなと言われても、今さっき聞いたばかりでイメージもなにもない。
「えーっと、天藍国の学問や政治の最高人材がそろっている場所だって、女官さん達が言っていました」
「それって、葉月の印象じゃないじゃん」
苦笑いで答えられて、首をひねる。
「正直、どんなところか全然わかりません。とりあえず頭のいい人がいっぱいいそうだなーとか、出世争いが激しそうだなーとかですかね。あくまで印象ですけど」
「その通りだよ。葉月の言った通りの場所。そんなところにいたい?」
「いたいか、いたくないかで言ったら、いたくないかな……」
「でしょ。だから、ここは天国。俺にとっては、最高に幸せな場所だね」
そういえば、初めてこの課に来た時「昼寝もし放題だし、これで給料もらっているなんて幸せでしょ」と言っていた。そういうことだったのか。
どうやら、この爽やかイケメンは、出世や翰林院という肩書はどうでもいいらしい。
「翰林院についてはわかりました。まあ、近づくこともないと思いますけど……」
「うんうん。葉月はずっとここにいたらいいよ」
「官吏じゃないから無理ですよ」
「官吏登用試験、受ければいいじゃん。なんなら勉強、教えるよ」
「なに言ってるんですか。男に間違われるような見た目かもしれませんけど、これでも女なので、官吏登用試験は受けられません」
当然の道理を言ったつもりなのに、なぜか笑われた。
「課長、笑わないでください」
「ごめん。葉月って面白いなーと思って」
「言っておきますけど、女性に対して面白いとか誉め言葉じゃないですからね」
「ああ、ごめん、ごめん」
だから、ごめんとか軽く使わないでほしい。チャラさに拍車をかけまくっている。でも、これで本当は超秀才。……いや、考えないことにしよう。
普段やる気のなさそうな子草は算術のプロフェッショナルで、チャラさ百点満点の陽明はエリート中のエリート。
呪術祠祭課、摩訶不思議すぎる。
……まさか裏で怪しい黒魔術とかやってないよね。
いや、やっぱり深くは考えないでおこう。あと数日ここで仕事をしたら、元の傘売りに戻るだけなのだから。
*
長いと思っていた二週間は、あっという間に過ぎた。
「あと二日か」
葉月は呪術祠祭課の机の上で、春分祭までの日にちを指折り数えた。
内城での仕事は新鮮な楽しさがあった。誰かの役に立っていると感じられるからかもしれない。日々の生活に張り合いが出たし、褒められると素直に嬉しかった。
それに、なんだかんだ言っても、陽明も子草も根っからの悪い人じゃないのはわかる。あーだこーだ言いながらも、彼らと過ごす日々は楽しかった。
でも、所詮自分は部外者。
春分祭が終われば、またひとりの傘売り生活に戻る。浮かれすぎてはいけない。
「とにかく、あと二日。仕事はきっちりこなそう」
そう決意を新たにしたところで、呪術祠祭課の扉が勢いよく開いた。
肩で息をしながら現れたのは子草だった。今日もボサボサ頭からは、白い何かが浮かんでいる。
その物体をシッシッと払っていると、子草が焦った声で言った。
「おい、葉月。太陽の周りに妙な輪ができてるぞ」
「えっ、太陽の周りに輪?」
「なにか不吉の前兆じゃねえのか?」
……不吉の前兆? それって、まさか。
「ちょっと私も見てきます!」
「待て、俺も行くって」
焦った顔でそう言った子草と一緒に、葉月は部屋を出た。
礼部の建物を出て空を見上げると、雲に覆われ始めた太陽の周りには、白い光の輪ができていた。
「うそ……なんで、これが……」
「あれは、なんだ?」
「日暈です」
「なんか妙なことが起こるのか?」
「いえ、妙なことは起こりませんけど……天気が変わるのが早すぎる」
日暈は天気が崩れる前によく現れる現象だ。これが今日現れたということは、明日には雨が降り、明後日の早朝に行われる春分祭にも影響が出る可能性がある。
「どうして、このタイミングで……」
「どうしたんだ、葉月?」
「とりあえず、陽明課長に報告してきます」
訳がわからず「えっ?」と眉を寄せる子草をその場に残して、葉月は慌てて礼部の建物に戻った。