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空読み師  作者: こでまり
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(11)

 そして翌日――。

 物見台の上で、葉月は頭を抱えていた。


「うわー、頭痛い。飲みすぎたぁ……」


 昨夜のことを思い出す。

 フラフラの体を支えられながら、なんとか屋敷に帰った気がする。……んだけど、帰り道の途中からほとんど記憶がない。もちろん屋敷にたどり着いた記憶もない。


 朝起きて挨拶と礼をしたら、冷たいを通り越して完璧な無表情で「もうあんなに酒を飲むのはやめることです」と一喝された。

 もしかしたら、信じられない暴言をたくさん吐きまくったのかもしれない。なにかとんでもないことをしたのかもしれない。

 とりあえず聞くのが恐ろしいから、勢いよく頷いて逃げるように家を出た。


「何しちゃったんだろう……」


 正直後が怖い。

 あの男のことだ、百倍返しのようなことを平気でしてきそうだ。尋問とか拷問とかは避けたかったのに、逆に一歩近づいた気がする。

 うううっ……。

 二日酔いとは違う頭痛に頭を抱えていると、物見台の下から「空読み師さんですか?」と、なんともかわいらしい声が聞こえてきた。


「空読み師……って、私のことだよね」


 ひょいと下を見下ろす。そこには桃色の衣を纏った三人の女官が立っていた。

 葉月はいまだ収まらない頭痛に頭を抱えながら、物見台を降りた。





 内城は大きく分けて、官吏たちが政務を行う官衙かんがと、皇帝の住む皇城こうじょうの二つに分けられる。

 皇城はさらに皇帝が謁見などを行う外朝と、皇帝やその妃が住む内廷に分けられる。通常内廷にいる女官が官衙に来ることは少ないのだが……。


「えっと……いかがなさいました?」


 葉月は目の前にいる三人の女官に戸惑っていた。

 どう見ても葉月より若い。互いに小突き合ってもじもじする姿は、まるで女子高生だ。さっきから「誰が言う?」「あなたが言ってよ」というアイコンタクトをしている。

 しばらくして、その中の一人が意を決したように顔を上げた。


「あの、私たち皇后様付きの女官です。実は明後日、皇后様と皇子様が玉淵潭ぎょくえんたんにいらっしゃいます。それで、出発時の空の様子を教えていただけないかと思ってまいりました」

「明後日ですか?」

「はい。毎年恒例の踏春とうしゅんの旅行なのですが、皇子様はまだ一歳。寒暖の具合で、着る物など準備が変わります。少しでも事前に空の様子がわかればと思いまして」


 几帳面にお辞儀をした女官から視線を外して、葉月は空を仰いだ。

 霞がかった空には、刷毛で掃いたような筋状の雲がいくつも伸びている。


「そうですね。その日の空は坂を下るように悪くなるでしょう」


 葉月の答えに、女官たちが一様に肩を落とす。


「ちなみに出発は上午じょうごですか、下午かごですか?」

上午じょうごです」

「では、雨は免れるかもしれません」

「寒暖の具合はいかがでしょう」

「雨が降る前までは、春の暖かさ。雨が降った後は、冬の寒さが戻ります。朝、穏やかな陽気でも雨の用意を、温かくても寒さの準備をしたほうがいいと思います」


 ニッコリと笑って言い切ったところで、女官たちが「すごーい」と驚きの声を上げた。


「どうしてわかるんですか? 千里眼せんりがんでもお持ちなのですか?」

「千里眼!?」


 千里眼とは、千里の果てまで見渡すことができる能力。つまり超能力のことだ。


「そんなの、ないない。これは観天望気かんてんぼうきといって、雲の形とかで空読みする方法です」

「そうなのですか。いずれにしても、すごいです!」


 女官たちが羨望のまなざしを向ける。なんだか誇らしい気持ちになって、葉月は口角をキュッと持ち上げ小首を傾げてみせた。


「明日になれば、もっと確実なことがわかるわ。気になるなら来てみて」


 若干口調がおかしくなったのは、異世界ということで許してほしい。可愛らしい女官たちを前に、デキル女っぽく振舞ってみたくなったのだ。

 ついでとばかりに、片手を上げて颯爽と立ち去る。すると、その時、どこかからクスクスという笑い声が聞こえてきた。

 焦って振り返れば、葉月たちから数メートル離れたところに陽明と子草が立っていた。


「陽明課長、子草さん。いつから、そこにいたんですか!?」

「空読み師さんですか、のあたりかな?」

「それって、最初からいたってことじゃないですか!」

「そうとも言うよね」


 陽明がニッコリと笑う。すると、まわりから「キャー」と悲鳴に近い声が上がった。

 黄色い声の主は先の女官たち。彼女たちの瞳はイケメンスマイルに釘付けだった。

 つまり、この彼女らも彼のファンということらしい。


「わざわざ、こんなところまで来てもらっちゃってごめんね。連絡くれたら、こっちから行ったのに」

「そっ……そんな……わざわざ来ていただくなんて」


 しどろもどろになりながら首を横に振る姿は、まるでアイドルを前にしたファンそのもの。

 しかし当の本人にとっては、慣れっこなのだろう。爽やかスマイルが崩れることはなく、それどころか、


「こんな美人で有能な女官さん達に会えるんだったら、仕事なんて後回しで行っちゃうよねー」


 などと言ったものだから、彼女たちの顔は沸騰したように真っ赤になった。

 これはラブレターが殺到するのも納得だ。


「明日になれば、もっと詳しい空読みができるんだよね、葉月?」

「えっ……はい」

「じゃあ、明日はこっちから伺おうか」

「いえ、こちらの用事なので、私たちが参ります」

「本当? 悪いねー」

「いえいえいえいえいえいえ」


 首を振る三人の声が、二重三重にこだまする。否定の声まで見事なハーモニー。

 さすが女官。

 そして、彼女たちは誰からというわけでもなく姿勢を正し、流れるような所作で略式の礼をとった。


「「「失礼いたします」」」


 その礼は少しの乱れもなく、ぴったりと合っていた。

 葉月は女官というものを初めて間近で見た。噂には聞いていたけれど、なかなかに厳しい訓練が施されているらしい。官吏試験ほどではないものの、女官試験もかなりの倍率だと聞いたが、それも納得だ。

 けれど、くるりと踵を返した瞬間、キャッキャと声を上げて駆けていく姿はやっぱり女子高生だった。


 彼女たちのパワーを使ったら、新たなエネルギーでもできるんじゃないかな。

 クリーンエネルギーならぬ、イケメンエネルギーみたいな……。

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