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空読み師  作者: こでまり
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(8)

 その後、葉月は瑚珀とともに屋敷を出たのだが、すぐに四方八方から飛んでくる奇妙な視線に戸惑った。


 前から来た官吏はポカンと口を開けてから慌てて道を譲り、通行証を確認する武官は二人を見て信じられないと頭を振る始末。


 ……いったい、あなた、周りからどう思われているんですか!?


 思わず不信感丸出しで仰ぎ見たけれど、瑚珀はその超然的な美貌を乱すことなく、ゆったりと歩いている。それはこういう視線を向けられることなんて百も承知だとでもいうような、余裕さえ感じさせる態度だった。


 官衙街まで来たところで、瑚珀とは別れた。それでも不躾な視線が減ることはなく、葉月は自らが纏う臙脂色の衣を見下ろした。


「もしかして、この衣が原因? やっぱり男ばかりの官衙で、女物の衣は目立つか……」


 明日はもう少し地味な色の衣にしよう……。

 そう思いながら礼部の建物に入り、一番奥にある呪術祠祭課の扉を開ける。

 すると、いつもは床に突っ伏して寝ているはずの子草が、待ってましたとばかりに椅子から立ち上がった。そして開口一番、


「お前、虎長官の情婦になったっつう噂は本当か?」


 と叫んだものだから、葉月の頭は混乱を通り越して、すっかり機能を停止してしまった。


 ……虎長官って、死神のこと? 

 情婦って……。


 そこでようやく、不躾な視線の意味を知る。


「なんですか、その噂は!?」


 どうやら、国家官吏でさえも恐れる男色家の刑部長官が朝から女を連れて歩いていたという噂は、疾風のごとく官衙街を駆け抜けたらしい。


「情婦なんてありえません!」

「だったら、なんで一緒に官衙まで来るんだよ」

「それは、官衙までの道を教えてもらっていただけです」

「またまた。襦裙なんか着て、色気出しやがって」

「出仕するのに短装だと礼に反するって言われたんです。って、もういい加減やめてください!」


 この話は終わりだとばかりに背を向けたのだが、ニヤニヤする子草の顔が変わることはなく。その後葉月は誤解を解くのに膨大な労力を使うことになった。


 ……せっかくすっきり目覚めたのに、あの男と一緒に来ただけで一気に疲れた。これからは一緒に出仕するのは丁重にお断りしよう。まあ、道を教えてもらっただけだから、もう一緒に出仕することはないと思うけど。


 葉月は自分の席に着くなり、はぁ……と長いため息をついた。



 *



 その日の夜は、陽明おごりの『春分祭頑張ろう会』が開かれた。


 場所は八大はちだい胡同フートンと呼ばれる泰京一の歓楽街にある妓楼のひとつ。賑やかな路地を入った先にある一際華美な装飾の春霞楼だ。


「まさか、葉月が虎長官の情婦に間違えられるとはな」

「ですから、あれは……」

「でも、そうやって襦裙着てると、一応女に見えるぞ」

「一応って、なんですか」


 ガハハと大笑いする子草を無視して、白濁した酒をちびりと飲む。

 この国の酒はどれもアルコール度数が高い。お世辞にも酒に強いとはいえない葉月に、その酒はきつかった。しかも、お酒を飲むなんてこの世界に来てから初めてだ。だからなのか、酔いが回るのが早い気がする。


 ……これは酔いそうだなぁ。


 わずかに顔をしかめて酒杯を置いたところで、背後から綺麗な女性の笑い声が響いた。


「まあ、女の子に無理やり飲ますなんて、近頃のお役人さんは野蛮になったのね」


 上品な笑いとともに視界に白いたおやかな手が映る。隣を見れば、妖艶に微笑む妓女が徳利とっくりを差し出していた。


「これは牡丹さん。こんな場所に来るなんて珍しいっすね」

「そりゃあ、いつも忙しそうな礼部の精鋭さん達がいらっしゃるなんて、何事かと思って野次馬で来ちゃいましたわ」


 ……うわー、すっごい美人。


 葉月は不躾なのは承知で、前に座った妓女を上から下まで舐めるように見た。

 胸元が大きく開いた錦の衣。玉をふんだんに使った金細工の髪飾り。艶やかな装いの妓女は、大輪のそれこそ牡丹の花のような美しさだった。


「こいつ俺より年上ですから、女の子とか言わなくていいっすよ」


 子草の答えに、牡丹は目を丸くした。どうやら次の言葉を考えているらしい。


 ……うん。もう何も言わなくていいです。

 ナイスバディを地で行く妓女さんには、妙齢の女がどうやったらこんなにガリガリになるのか、想像もつかないんだろう。


 苦笑いした葉月に、牡丹はすまなそうに眉を下げた。


「ご気分を悪くされたら、ごめんなさいね。肌がきめ細かくて、化粧をしなくてもこんなにきれいだから、てっきりもっとお若いのかと思ってしまいましたわ」


 なっ、なんて素敵なフォロー。

 素敵な大人女子は、フォローも素晴らしい。


 さっきの鬱々とした気分が一瞬でなくなって、葉月は羨望のまなざしを向けた。気づいた牡丹が、葉月の眼鏡を取り去る。


「それに、ほら。眼鏡を外すと、綺麗な顔をしているわ」


 ……ちょ、ちょっと、待って。

 自分の容姿を褒められるなんて、生まれてこのかた一度も経験したことがない。お世辞だとわかっていても、なんと返したらいいかわからない。

 

 無言になる葉月の前で、陽明が「たしかに」と相槌を打った。


「葉月、眼鏡がないほうが綺麗だね」

「おっ、お世辞はいいです。もうやめてください!!」


 二度目の綺麗発言。しかも男性からの言葉に、葉月の顔は沸騰寸前になった。

 もげるくらいの勢いで首を横に振る。すると、子草に爆笑された。


「お前の顔、タコみてえに真っ赤」


 ……リミッター切れた。

 気がつけば、葉月は隣に座る子草の頬を思いっきりグーで殴っていた。


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