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空読み師  作者: こでまり
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(6)

 極悪死神刑部長官、名前は瑚珀こはくというらしい。

 意外にかわいい名前で、聞いた時は思わずプッと噴き出しそうになってしまった。

 彼は監視という名目で、葉月を自らの屋敷に連れて行った。


 ちなみに『虎の住処』とは、を掛けた呼び方だと、後で子草に聞いた。

 それよりも「これからは刑部長官の家に住むことになった」と言った時の、子草の顔がすごかった。恐怖に彩られた目でフルフルと顔を震わせ、「お前、何をやらかしたんだ?」と肩をゆすられた。

 何をやらかしたのかは、正直こっちが聞きたい。たぶん異世界から来た不審人物ということなんだろう。

 とりあえず「たぶん大丈夫」とだけ言っておいた。


 それにしても、どれだけ自分には災難が降りかかるんだろう。心穏やかに暮らしたいという慎ましい願いすらも、この世界は聞いてくれないらしい。





 泰京にある邸宅の中でも、ひときわ豪華な屋敷が葉月を迎えた。朱色の大門を前に唾を飲み込む。


 ……ゴクリ。

 正直、国中から恐れられている人の家に監視つきで居候だなんて、恐怖しかない。

 奴隷みたいにこき使われたり、毎日尋問されたりしたらどうしよう。


 猛烈な不安に襲われながら、恐る恐る獅子の形をした丸い門環もんかんを叩く。すぐに無表情を絵に描いたような侍女が現れた。

 自分と同年代に見えるその侍女は、目が合うなり機械のように無駄のない動きで「どうぞ」と中に招き入れた。


 目の前の完璧な無表情に緊張を解くことができないまま、葉月は行李と傘の入った籠を持って中に入った。


 この国の貴族の屋敷は、中庭を中心に東西南北にへやを構える、四合院しごういんという造りが一般的だ。瑚珀宅もその例にもれなかった。

 中庭を挟んで西側の一つのへやに案内される。


「こちらのへやを、お使いください」

「えっ、この部屋ですか?」

「ええ、何か不都合でも」

「いっ、いえ、いえ。何も不都合はございません」


 ……というよりも、正直、物置のような汚い部屋にでも入れられると思っていた。それが、今目の前に広がる部屋はとてもじゃないが、物置には見えない。


 螺鈿らでん細工の卓を飾るのは、指紋ひとつなく磨かれた白磁はくじの花瓶。意匠を凝らした寝台を彩るのは、薄く落ちる紗の垂簾カーテン

 値段なんてわからないけれど、どれもが一級品だということだけはわかった。


 やはりとでも言うべきか、死神刑部長官は超お金持ちらしい。

 しかも驚いたことに、この屋敷に住んでいるのは彼だけで、他の親族は地方にある本邸に住んでいると聞いた。豪華な部屋の数々は、親族が泰京に来る時以外はほとんど使われていないというのだから、なんとももったいない。


「……この部屋、本当に私が使ってもいいのかな」


 物置どころか、こんなきれいな部屋を使っていいだなんて、どういう扱いなんだ?


「でも、ちょっと待って。きれいな部屋を使わせて心を開いてから、さらに尋問するってパターンもあるか。やっぱり油断は禁物だよね」


 ひとつ頷いて気を引き締める。とその時、寝台横にある箪笥たんすのような棚が目についた。棚の上には手鏡が載っている。


「へえ、こんなのもあるんだ」


 そういえば、鏡を見るのも久しぶりかも……。

 そんなことを考えながら手鏡に自らの顔を映して、葉月は固まった。

 後ろでひとつに結っただけのボサボサ髪に、伸びっぱなしの眉毛。化粧なんてするはずもなく、やさぐれ感がすごすぎる。


「これは、ひどい……」


 部屋がきれいなだけに、自分のみすぼらしさが際立っている。


「とりあえず眉毛は整えて、髪もきちんと結おう」


 悲しくなりながらもそう決心して手鏡を戻し、隣にある寝台に頭から飛び込んだ。柔らかい布団がふわりと体を包みこむ。


「ああ、気持ちいい……」


 フワフワの布団に寝たのはいつ以来だっけ。

 異世界に来てから初めてだから……。


「一年ぶりかぁ。今までは、床で寝るか、せんべい布団だったもんな」


 ふとお日様の匂いがする実家の布団が頭に浮かんだ。晴れた日には、よく母は布団を干してくれた。


「お母さん、元気かな……」


 声に出した瞬間、体から力が抜けた。

 一人っきりの異世界生活。自分の身を守ることで精いっぱいで、知らず知らずのうちに気が張っていたらしい。

 気が緩むと同時に、寂しさがひたりと顔を覗かせる。


「みんなに会いたいなぁ……」


 ポツリと呟いてから、そんなことを考えてもしかたがないと諦める。元の世界に帰る方法なんてわからないのだから。

 ……それなのに、どうして会いたいなんて思ったんだろう。

 もしかしたら、この国に来て初めて会ったあの男に、再会したからかもしれない。


 ……明日になったら忘れるよね。

 そんなことを思っているうちに、疲れ切った体はあっという間に夢の中に落ちていった。

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