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ep09

 走ってくる弟を、宮中という場を借りた状態でどのように迎えていいのか判断がつかず、ソニアは案内役の騎士の隣でそっと微笑むだけに留まった。

 弟の後ろからは、件の第一王子と思しき金の髪が近付いてくる。

 ソニア、もといソナンは速やかに叩頭して、貴人の許可が下るのを待つ。


 待つ。


 待つ……?


「あっ、頭を上げてください」


 やや遅いタイミングで声が掛かって、ソニアは姿勢を正すとようやくまっすぐにその人を見た。

 金の巻き毛の、いかにも愛らしい天使のような幼児が、弟の陰でプルプル震えている。

 生まれたての子鹿、とは間違っても口にしなかった。


「と、遠いところ、よく来てくださいました」


「お初にお目にかかります、カリュース第一王子殿下。私はアルジェントス侯爵家に縁を持ちます、ソナンと申します。本日は特別な機会を頂き、御前に参上仕りました。普段は田舎暮らし故に王子殿下にはお見苦しいことも多いかと存じますが、若輩の身でございますので何卒ご容赦くださいますようよろしくお願い申し上げます」


 ソニアの形式ばった口上に、第一王子は半歩下がってまた顔を強張らせている。


 おや、とソニアは内心で首を傾げる。

 事前に想像していた話と随分印象が違う。

 だが、こういった大人しいタイプの方がストレスで豹変するのかもしれない。


――それより、第一王子の背後に控えているにこやかな騎士姿の方が気になっている。


 あれは、お祖母さまと同じ匂いがする。


「失礼ながら殿下。ソナンさまも長旅でお疲れでしょうし、立ち話ではなく離れでごゆっくりなさってはいかがでしょう」

 にこやかな護衛騎士の提案に、ソナンをここまで連れてきた案内役の騎士が一礼して踵を返した。引き継いだ、ということだろう。

「では、あの、離れへ、行きましょう」

 幼い王子の声に、子供たちが従った。




「さ、ここなら、誰にも聞かれず話をすることが出来ますよ」

 一行が離れのサンルームに収まると、護衛の男はほどよく砕けた雰囲気で切り出した。さながら保父のようだとソニアは眺めている。


「あっ、あの、私、緊張してうまく出来なくてごめんなさい」


 第一王子はそれだけ言うと、隠れるように両手で顔を覆う。

「大丈夫です、殿下。むしろ、あれはちょっと姉さまがやり過ぎた感じでしたから」

 唐突に弟に駄目を出されるソニアだけが、状況に取り残されてついていけない。

 ついでに言えば、何気に今、あっさりと人の正体バラしやしなかっただろうか。


「ああ、でも、姉さま。今回は無理なお願いをしてすみませんでした」


 そうか、この場にいる者は全員経緯を把握しているのだ……この護衛騎士まで。

 一人混じった大人の方へ、ソニアはそっと視線を投げる。それを受けた相手も、応じるようにニッコリ笑顔を向けた。


「元は私のわがままなんです。カーティスは悪くありません」

 庇い合う幼児たちを尻目に、ソニアは懸命に思考を走らせる。

 弟はソニアにも王子に会って欲しいといって呼び立て、王子は発端は自身のわがままからという。王子が縁もゆかりもない自分に会いたがる理由とはなんだ。

 どこで、何を知った?

 いや、違うか。カーティスが何かを吹き込んだのだ。――果たして一体、何を。


「あの、やはり怒ってますよね……?」

 ソニアが茫然としていると、萎縮しながら、ふわふわ頭の天使が不安げに聞いた。

「い、いえ、決して怒ってなどは」

 抱いてもいない感情を決めてかかられ、ソニアは軽く慌てて否定する。

 むしろこちらの油断で、配慮を欠いた。自分の顔が、黙るととても怖いらしいということを忘れていた。

 だが、その返答にも、相手は肩をすぼめて縮こまる。


「変なこと聞いてごめんなさい」

「いえ……」


 悪気がないのはわかるが調子が狂う。何を求められているのか全くわからない。


 しかし、子供とはこういうものなのかもしれないとソニアは諦める。

 前世から思い返してみても、子供にはまるで縁がなかった。こちらで新たに出来た弟も、聞き分けが良すぎて子供らしさはない。


 目の前の王子もまた、もしかしたら四歳の男児としてはそれらしくないのかもしれない。が、この方は正しく子供なのだから、そういう意識で接しなくては……同じ目線を求めては疲れてしまう。




 ソニアが一人、状況を分析している合間も、王子は側でオロオロと困っているようだった。

 そこにカーティスの思い詰めた声が割り込んでくる。


「姉さま。僕、もう一つ謝らないといけないことがあるんです」


 カーティスの神妙な顔を見て、ソニアは目線で続きを促した。


「僕、殿下に面白いお話をしなくちゃと思って……その、思い出したのが姉さまの好きだと仰った、絵が動くという『あにめ』のことだったんです。僕も一度見てみたいって思ってたから、殿下もきっと興味を持ってくださるんじゃないかって」


 それで、その話をした。


「ああ、うん。まあ、そんなことだろうとは思っていました。気にしなくていいですよ、カート」


 本当はあまり他言して欲しくはないが、王族相手に弟が会話に窮したであろうことは想像に難くない。

 もとより、どこかから漏れたところで、そんなものがあったらいいなと空想で誤魔化す算段はついている。


「『あにめ』のことは姉さまとの秘密だったし、姉さまのことは言わずに、『あにめ』みたいな動く絵があったらいいなっていうだけのお話にしたんです。でも、そうしたら、殿下が……」

 カーティスが言葉を切って貴人をみやったので、ソニアもつられて彼をみる。

「殿下が、『ぱらぱらまんが』を作ってくださって、それで『あにめ』のことを誰から聞いたか教えて欲しいと」


「ハッ?」


 思わず、素になってソニアが大声を上げる。

 そして次の瞬間、ぞっとして巻き毛の貴人を凝視した。

 貴人はソニアの視線にびくりと肩を揺らすと、下を向く。


 弟は、なんと言った?

 もしかしたら王都にもそんな手遊びがあるのかもしれない。

 しかし今、弟は確かに、パラパラ漫画と――


 狼狽しながら、ソニアは敢えて一度、護衛の男へ視線を向けた。

 騎士は相変わらずアルカイックな笑みをたたえている。


「……見苦しく心乱したこと、お許しください」

「ソニアさま、この場であったことは全てただの遊戯にございます。ご心配は無用です。……ああ、こんな取り繕いもいりませんね。どうぞ、無礼講で」


 今ここで腹を探り合う必要はない、か。

 大人同士の話は早い。


 では、聞かせてもらおう。


「殿下は、日本の方なのでござるか」


 意を決したソニアの質問に、第一王子殿下は初めて強い瞳で大きく頷いた。

今週より週3回程度の更新に調整させていただきます。

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