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 ヤッホー☆ みんな! うたぴょんです!

 聞いて〜! 大・大・大・大・大ニュース!

 大好評連載中『おまかせ!解決☆うたぴょんっ』が、四月よりテレビアニメとして全国ネットで放映されることが決定しました。

 それを祝して、な、な、なーんと! うたぴょんアニメ化記念マグカップを応募者全員にプレゼント!

 この機会だけの、シリアルナンバー入り限定品です。

 応募詳細と応募券は次号本誌にて発表。

 今回限りの大チャンス! 是非、お見逃しなく!――


「たっ、たっ、たっ、大変でござる……! 絶対絶対応募するでござるっ!」




*上記作品名およびテレビアニメ化表記は作中設定です。

 その日、朝から空はどんよりと暗く、小鳥の代わりに烏が鳴き喚き、心底大切にしていたシリアルナンバー付き『うたぴょんアニメ化記念マグカップ』は壁と床両方に打ち付けられて微塵に割れた。


「あぁ、あああああ……」


 ガッシャンという溜めのある破砕音が無情に響いて、絶望にガックリと膝を落とすと首を垂れる。


 うたぴょんがこの手から滑り落ちた瞬間、衝撃を和らげようと足を出したのが失敗だった。

 足先で受け止めるはずが脛に当たり、弾みで対面の壁に蹴り出す形となった。

 床に落ちただけなら、欠ける程度で済んだかもしれない。少なくとも、こんなに細かく砕けるまではなかったかもしれない。

 痩せぎすの両腕を床についたまま、破片クズの山を見て、また絶望する。マグカップってこんな粉々になるものなのか。材質なにで出来てたっけ。陶器じゃなくて磁器……?

 真っ白になった頭の隅で、客観的な思考が残骸を分析する。


「いや、そんなこと言ってる場合じゃなくて……や、でも、ああ、これはもう……駄目でござる、な……」


 懸命に搔き集めはしたが、組み合わせるにはまるで破片が足りなかった。この世で一番愛らしいうたぴょんの顔は、あばたもびっくりのクレーターとなった。


 最悪だ。

 人生最悪の朝だ。

 おまけに今日はレポート提出日ときたもんだ。


「行きたくないでござる……」

 登校予定じゃなければ、こんな朝早くに起きることはなかった。寝ぼけた頭でカップを取ることも、落とすこともなかった。

 全部、全部……

「ゼミが悪い」

 泣きたい気持ちで天を仰ぐと、想定よりずっと針の進んだ時計が見えた。


「えっ、ヤダッ、遅刻ッ、遅刻しちゃうでござるっ」

 慌てて立ち上がり、卓上のトーストをくわえてリュックを取る。

 脳裏に映るのは、アニメ第一話の冒頭でトーストをくわえ、いってきまーす、と家を飛び出すうたぴょんの姿。

「ひっへひま……ふぉっと!」

 くわえたまま、声を出すのは難しい。落としかけたトーストを、今度は片手ですくって口に戻すとサクサク三口で飲み込んだ。

 通勤通学の時間帯にも拘らず、最寄りの路線バスは三十分に一本しか来ない。これを逃したら今日一日の全てが水の泡となってしまう……ええっ、そんなのいやだっ、たぁいへぇ~んっ!

「あぁーん、待ってぇ、そのバス行かないでぇーっ」

 自らの濁声ではなく、萌え萌えのうたぴょんおねだり&お困りボイスが耳にこだまする。ふざけているような手つきの女の子走りも、無意識のうちにアニメの一場面をなぞらえているだけで、本人は至って大真面目に急いでいるところなのだ――が。


「フォウワッ?」


 突然、右足が何かの上を滑り、視界がぐるりと曇天を向いた。そして宙を浮いたかと思うと腰から徐にアスファルトへ打ちつけられる。

「アイターッ!」

 むち打ちのように首は振れたが、背負っていたリュックサックのおかげで頭の強打は免れた。腰をさすって起き上がると、衝動的に目が転んだ原因を探し出す。

「ンンン? なんでござるか、何かのディスク……?」

 落ちていたのはCD、あるいはDVDだろうか。

 一見では判別がつきにくいそれは、映画やゲームなどの市販パッケージではなく、記録型メディアとしての光ディスクだった。ケース、ディスク本体、いずれも外観に情報はなく、かろうじて開封済と知れる程度の代物だ。


「ハハーン、さては秘密の十八禁コピーでござるな。男子垂涎、しかして拙者は二次元オンリーツインテール幼女をただ親の目線で愛でるばかりの身であるからして、エロスなどは無用の長物……むしろ幼女趣味は犯罪ですぞダメ絶対、といったところで、これは一体どなたのお宝ですかな」

 路上に座り込んだまま、ぶつぶつ呟く怪しいオタクから目を逸らし、通行人は皆、足早に通り過ぎていく。

「オオーイッ、こーれーは、どーなーたーの」

 ディスク片手に張り上げる声は、直後、耳をつんざくブレーキと悲鳴、そして激しい衝突音にかき消された。

「えっ?」

 危ない、と誰かが叫んだような気がした。

 音のした方に顔を向ける。横転したトラックを流し見た後は、黒塗り高級車のフロントがまっすぐこちらへ突っ込んでくるのだけが見えた。




 今のは一体、なんだったでござるか。

 ふと我に返ってそう独り言ちるはずが、口から出たのは「アブー」という音だけだった。

 ギョッとして口元に手を当てる。

 触った『それ』は、なんだか全体的に『ぷよぷよとして』いた。――待て、何だ、その感想は。えらく漠然として語彙力がない。そもそも『それ』とはどれだ。口か、指か。今一度考え直すべく改めて触れてみる。『ぷよぷよと』柔らかいのは……口と指、両方とものようだった。


「だう」


 ショックの余り、声が漏れた。

 先刻から無性にもどかしくてイライラする。

 大人げないと思いつつも衝動に抗えず、がなるように大声を出したりもしてみたが、気分が晴れるどころか益々嫌気が募るばかりだ。

 なんだこれは?

 なんだこれは?

 なんなんだ、これは……ハァ。

 深く息を吐くと同時に、突然電源が落ちるように意識が暗転し――『入眠』した。


 ああ、赤ん坊。

 己の現状を客観的に把握したのは、何時のことだったろう。

 とにかく、この体は万事よく眠った。それはそうだろう。睡眠中の成長は、赤子の仕事だ。

 眠っては起き、眠っては起き、次第に光以外の影形を見て、周囲の音を拾うようになった。

「そうして今、漸くこのように、自らの意思で自在に言語を操れるようになったのであります!」

 どやぁ、と得意げに無い胸を張って見せるが、眼前の相手はころりと一つ寝返りを打ったきり、そっぽを向いて穏やかな寝息を立てている。

「ちょっと、今のお姉ちゃまのお話、聞いておったでござるか?」

 窓越しの燦燦とした午後の日差しが、自分と、自分より更に小さい乳児の銀髪をきらきらと照らした。


 痩せぎすの骨ばった四肢を失って、次に与えられたのは色素の薄い女児の身体だった。

 つややかな白銀のまっすぐな髪。血色の悪さとは全く異なる、陶器のような青みがかった肌。髪と同じ色をした豊かな睫毛の下の薄水色の瞳はつぶらで大きい。

 前世の意識で考えれば「美幼女キタコレ」とでも叫びたいところもなくはないのだが、いざ現実として鏡越しに眺めれば、恵まれた造形より幽霊のような儚さが気になった。

 前世は骸骨と称されることが多かった。今度はお化けか。そう、思った。


 今生一歳を前に、弟が生まれた。

 眼前の揺りかごで健やかに眠っている赤ん坊がそれだ。男女の違いか、父に似たのか、弟の方が健康的な肌色をしている。

 自分はどうやら母親に似たらしい。母もまた、全体的に色の薄い女性だった。家令の話では祖父譲りでもあるそうなので、当アルジェントスの家系に現れやすい特色なのだろう。つまり、父は入り婿ということだ。

 古くより、覚えめでたきアルジェントス侯爵家。

 ソニアとカーティスの姉弟は、その当主の令孫である。ちなみにアルジェントス家がどのような功績で有名なのかはまだわからない。何分にも『ソニア』はまだ生後一年過ぎたばかり、『中の人間』にとっても調査不足であるからして――


 ううん、と、小さい弟がぷくぷくした腕を伸ばしたところで、穏やかなサンルーム内の気配がまたほころんだ。


「それにしても、お嬢さまは本当にお言葉が達者でいらして。ニナはもう誇らしくて誇らしくて仕方がありませぬ」

「そうねえ、些か言葉遣いに疑問がなくはないのだけれど、こんなに流暢に話せるなんて我が子ながら信じられないわ」

 カウチにもたれる実母と傍らの乳母が和やかに談笑するのを、何気なく耳にしてソニアは振り返る。

 話せるほど成長した喜びに、遺憾なく声帯の性能を発揮していたが、確かに赤子にしてはやりすぎだった、と、ソニアは初めて気が付いた。

 背中を冷たい汗が伝っていく。今更、たどたどしい片言に戻すのも不自然だ。かといって馬鹿正直に前世のことを打ち明けては、幽霊幼女の気味悪さに拍車がかかり、捨てられてしまうのではなかろうか。


「て、天才、なのかなっ?」


 おどけてニッコリ笑いかけると、目を輝かせる乳母とは裏腹に、実母は少し眉根を曇らせる。

「ソニア。お祖父さまの前では、その『天才っぷり』は隠しておきなさいね。あの人、はっちゃけると面倒臭いから」

 一歳児に宛てたとは思えぬ言葉が、淡々と侯爵令嬢の口をつく。二十歳そこそこであるはずの母は、当代侯爵より冷徹な眼を持っているようだった。

「は、はい」

 思わず佇まいを正して畏まる。ただ、この母の子であるなら、少しばかり常軌を逸しても許される予感がした。

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