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今度こそ幸せになってやる!  作者: いかさん
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魔術の力

「お父さん、遅いね……」


 重苦しい空気が支配する夕食時、そう言葉を漏らしたのは姉のキャサリンだった。父親がちょっと長くなると言って出かけたときは長くても4日程度しか家を空けなかった。しかし今回は7日経っても音沙汰がなく、明らかになんらかの不測の事態が発生したと考えていいだろう。


「そうね。でもきっと大丈夫よ、お父さんは強いから……」


 健気に笑う母親のアナスタシアだが、表情には影が差し、食事もあまり進んでいない。アルフレッドを信頼していないわけではないだろうが、それを踏まえたとしても心配がなくならないわけではない。俺としても夢にまで見たあたたかい家庭が、こんなにも早くなくなってしまうのはあまりにも歯がゆい。


「パパ、帰ったら戦い方教えてくれるって約束したんだ。パパは約束は絶対守るから。絶対帰ってくるよ。」


 アルフレッドがいないところでは、普段は父さんと呼ぶ。今アルフレッドがいないにも関わらずパパと呼ぶのはアルフレッドとの約束だからだ。俺が約束を守る限り、アルフレッドもまた約束を守ってくれるとそう信じていないと心が潰れそうになる。比較できないが、優しい父親だと思う。いい父親だと思う。まだ確定したわけではないし、誰も口にしないが、家族を失う辛さと言うものは非情に重い。

 落ち込んだ気分で無言で夕食を口に運んでいると、唐突に玄関の方が騒がしくなる。それから時間を空けずに家政婦のクレアが食卓に飛び込んできた


「奥様!旦那様が!」


 アルフレッドが帰宅したようだが、クレアの様子からしてあまりいい様子ではないらしい。俺は椅子が倒れることも構わずに飛び出すように玄関へと向かう。アナスタシアとキャサリンも一呼吸遅れてついてきているようだ。


「パパ!」

「おう、悪いな、遅くなった……。」


 アルフレッドは満身創痍だった。纏った鎧もボロボロで所々が凹んだり欠けたり、酷い場所は大きく裂けてしまっている。ジェイムズはアルフレッドよりも傷が深いようでアルフレッドが肩を貸すことでやっとここまでたどり着いたという様相だ。先程まで苦々しい表情をしていたが、家族の姿を認めてぎこちなく笑みを浮かべている。


「ただいま、アナスタシア。悪いが治癒をかけてくれ、ジェイムズのほうが深刻だ。簡易的な処置は済ませてあるが、傷はかなり深い。」

「もう、無理なさらないでってあれほどお願いしたのに……」

「すまんな、まさかダンジョンが生成されているとは思わなかった。」


 この世界には魔術が存在している、原理はまだ理解できていないが空気中や体内の魔力に干渉して物理法則を無視した挙動が可能とのことらしい。ただ魔術と言っても詠唱のようなものがあるわけでもなく、発行したりしてるわけでもないが、何らかのエネルギーが二人の間を渡るのが理解できた。それは陽炎のような空気のゆらぎに見える。これが魔力の流れというものなのだろうか。治癒の魔術と言うものは素人目に見た感じでは傷跡が残っていることから恐らく細胞を活性化させて治癒能力を上昇させているのだと推測できる。苦しげだったジェイムズの表情も幾分か和らぐが、休息な治癒で体力が消耗されたのか足の力を失いがっくりと膝をつく。

 それにしてもダンジョンか。ゲームでの知識しかないが中には魔物や財宝が眠っているというイメージしかない。そもそもダンジョンとは生成されるものなのか。洞窟や遺跡がダンジョンになるものとばかり思っていた。俺も成長したら足を踏み入れることがあるのだろうか。


「相当足に来てたなジェイムズ、また鍛えなおさんとな。」

「はいはい、次はあなたの順番ですよ。これであなたも倒れたら格好がつきませんよ?」


 正直な話、アルフレッドはアナスタシアに尻に敷かれている。たった一度のやり取りでアルフレッドハだじたじだ。単純に口下手なだけかもしれないが。治癒を受けたアルフレッドもジェイムズと同様体力を使ったのか膝が震えているようにみえる。


「パパ……」

「おう、バーニィ。それにキャシーも、心配かけたな。」

「あら、私には何もないんですか?」

「いや、そういうわけじゃあ……」


 アルフレッドは満身創痍でジェイムズも意識を保っているのがやっとのようだが、家族が帰ってきたことの安心感だけで、先程までの陰鬱な空気は雲が晴れたかのように消え去っていた。


「ジェイムズさんはもう休みなさい。旦那様も。奥様たちは夕食の続きにしましょう。せっかくのスープが冷めてしまいますからね。」

「すいません、お言葉に甘えさせていただきます。」

「あぁ、おやすみ。バーニィ、明日には教えてやるからな。」


 クレアが音頭を取り、二人は休息に、俺達は食事に戻った。その後の食事はいつもどおりの会話が戻っていた。


------------------


 次の日、俺は木を歩く削って柄に雑布を巻いた簡素な木剣を持って庭の手頃な木に向かっていた。動かない的に向かっての素振りの練習だ。10回ほど振ってみて、アルフレッドがこうするといいと助言をする。ただ腕だけで振るのではなく全身で、重心を意識するように、何度も同じことをしているようにも思うが、俺は楽しかった。家族と過ごすという経験が、何よりも楽しかった。気づけばアナスタシアがアルフレッドの隣で様子をうかがっていたり、またしばらくするとキャサリンも一緒に木剣を振っていた。


「ジェイムズ、お前も手本を見せてやれ。」

「無茶言わないでください。いくら治癒をかけていただいたとは言えとは言え、足が折れてたんです。もうしばらく休暇をいただきたいです。」


 アルフレッドはジェイムズには強く出れるようだ。ジェイムズはそれが戯れであることを理解しているようで恐縮はしているがあくまで笑顔を崩さない。仕方ないなと言いつつもおもむろに立ち上がるアルフレッドは子供にいいところを見せたくて仕方がないようにも見える。


「いいか、俺たち獣人族(セリアンスロープ)は魔力で身体能力を強化することに長けている。自分の体の中の魔力と周囲の魔力をパワーに変えるイメージが重要だ。」


 アルフレッドが訓練用の的の丸太に向き直ると右手を鉤爪のようにして構える。すると右手に魔力が集約し、物理的な攻撃力を持った魔力の爪が出現した。それを丸太に向かって引っ掻くように振るうと丸太はいとも容易く切断された。


「どうだ?凄いだろう。これが魔力の爪、通称エッジっていうもんだ。お前も訓練するとこれくらいは出来るようになる。」


 鉄の剣以上の切れ味を持つ魔力の爪(エッジ)は獣人族の主兵装であるらしい。昨日二人が帰還した時も鎧は着けていたが武器は持っていなかった。いや、持つ必要がないということなのだろう。もしくはまだ見たことがないだけで鈍器や弓、もしかしたら銃まで小型化されてはいないにしろ砲なんかはあるかもしれない。流石に槍なんかの長物になると話は別だろうが。


「僕も使えるようになりたい!」

「おう、じゃあ今から練習するか!」

「もう、魔術の基礎から学ばないといけないでしょ?誰でも感覚でできるわけじゃないんだから。」


 予めこうなることを予見していたのだろうか。アナスタシアは一冊の本を用意させていた。豪華な革装丁の明らかに高価であることが理解できる。年代や技術を考えると現代のものとは比較にもならない、それこそ王侯貴族のみが触ることができるような一品と言っても過言ではないだろう。


「おいおい、それ白金貨何枚したと思ってるんだ。」

「知ってますよ。それだけこの二人にはしっかりと勉強してほしいんです。」


 その次の日から、午前中は昼まで魔術の基礎をしっかりと学んだ後、午後からは日が暮れるまで体を動かす、俺たち兄妹の文武両道の教育が始まった。


------------------


 マグナ・ガルマニア帝国帝都ヴェルン中央、王宮権帝国軍最高司令施設ヴェルン中央城塞は玉鋼を多用して作られた極めて合理的な城塞だ。六芒星型の堀と城壁を利用した周辺諸国の城塞と比較して遥かに近代化されたそれは明らかに大型砲による攻撃と、それらへの防御を前提としたもので星型城塞と呼ばれる。五稜郭などが馴染み深いだろうか。城下町どころか帝都そのものが戦略的、戦術的な要素を持って計画的に作られた計画軍事都市。それが帝都ヴェルンであった。

 そのさらに中央部の最上階、最高総司令室と呼ばれる円卓が置かれた会議室には徹底的な人払いを命じられており、円卓を囲むのはわずか9人とその従者合計18人のみだった。

 円卓へ腰掛ける9人の男女、それは帝国と、それに隷属する8つの国家の首脳に他ならなかった。その円卓の上座に座る男こそマグナ・ガルマニア帝国”初代”皇帝ゴットフリートであった。その男は皇帝という座にありつつも身にまとう衣服は威を示すための宝石や貴金属に包まれたものではなく、質こそ最高級だが見てくれは地味と言わざるをえないようなものだった。この世界の人間には知る由もないが、仮にバーナードが見ればその男の着ているものが”ビジネススーツ”であることが即座に理解できただろう。ゴットフリートは円卓の各王に資料が配られるのを確認すると眼鏡の位置を直して口を開いた。


「はい、皆様ご苦労様です。本日皆様をお呼びしたのは他でもありません、計画を次へと進める段階へと入ったため今後の指針と活動計画を兼ねた会議です。帝国本国としましてはこれまでの様々なデータにより、人間との共存はできないと判断しました。ですから本日を持ちまして周辺諸国への侵略に取り掛かる準備を勧めております。つきましては各国は侵略戦争の準備を開始してください。詳しく説明しますのでまずは資料の一枚目をご覧ください。」


 なんの感慨もなく、さも当然と言わんばかりの口調で、まるでビジネスマンがプレゼンを行うかのような安易な様子で戦争の計画が始まった。

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