優勝した…と思ったが二位だったらしい
984人…圧倒的感謝。
いつか誰かがこう言った。
「恋」とは乙女の力の源だと。
ーー
パンッ!
と鳴った音がまだ、耳に残っているような気がする。
体感では長く感じた試合だが、実際はほんの少しの時間だったようだ。
ゴールした後、それぞれ選手が息を整える中、俺の方を向き笑顔でピースをする女の子が一人いた。
その天使のように可愛い女の子の恋人は……他の誰でも無い、俺だ!
先ほどの事を振り返り、俺は早香に向けて拍手を送る。
早香と黒人の女の子二人は、横並びのままゴールした。
白熱する戦いだった。
俺の目では誰が一位か分からなかったが、直ぐに会場のスクリーンに結果が出た。
ドキドキしながらスクリーンを見て、俺は思わず声をあげそうになった。
早香は頑張った。
本当に凄いと思った。
早香はなんと……二位だったのだ!!
素晴らしい試合だと思った。
一位の黒人の女の子との差は僅か百分の一秒だった。
優勝は出来なかったが、それでも早香はその実力を知らしめた。
大会新記録を叩き出した一位の女の子にも、早香にほんの少しの差で破れた三位の女の子にも拍手を送る。
感動的な試合だった。
早香は俺を見てにっこり笑った後、それぞれの選手に順番に握手をしていた。
素晴らしいスポーツマンシップだと思う。
一位の子と握手をするとき、なにか褒められたのか分からないが照れている様子を見せた。
三位の子には、「次は負けない」とでも言われたのか、闘志を見せていた。
「本当にいい勝負を見せてくれたわ…。お母さん、涙が……」
「ええ、そうですね!本当に……凄かった」
隣で涙ぐんでいる早香のお母さんを見る。
きっと娘の努力が実って嬉しいのだろう。
短期間で、約一秒あった差をここまで縮めたのだから。
そんな早香に、俺はもう一度拍手を送った。
ーー
選手達の少しの休息が終わり、表彰式が始まった。
早香は堂々と表彰台に上った後、賞状を貰っていた。
その後、俺の方に見せびらかすように賞状をアピールしてきて、少しうざったかったが、心を込めて拍手をした。
ちなみに早香はドヤ顔すら可愛かった。
愛する恋人だから何もかも可愛く見えてしまったのかもしれないけれど。
……これは誰もがかかるある種の病気みたいなものだろう。
そのまま表彰が速やかに終わるかと思ったが、何故か会場が急に騒がしくなった。
何人かの観客が指を指していたので、その方向を見ると一人の男性が表彰台に近付いて行くのが見えた。
男だ、男がいるぞ!
その男が誰だか分からなかったが、優勝した選手が即座にその男の元へ走っていったので察した。
男は優勝した選手と何やら話をした後、たくさん観客が見てにも関わらず、優勝した女の子にキスをした。
「「キャーッ!!」」
会場がうるさいくらい盛り上がった。
何らかのサプライズだろうか?
男も女の子も幸せそうなので微笑ましかった。
恋は乙女の力の源って言うしね。
きっと優勝出来たのも、彼の存在が大きかったのだろう。
……ん?
自分で言っといてなんだが、優勝出来たのは彼の存在が大きい?
って事は、彼氏さんとの愛や恋の力が優勝へと繋がったって事だろうか?
……ふむ。
そういう俺の考えが正しいものだとすると、俺と早香の愛や恋の力が負けたという事に……。
いや、変な方向に考えてしまったかもしれない。
忘れよう。
俺と早香の愛が負けてるはずが……うん?
何だか早香が羨ましそうにそのカップルを見ているような……。
あっ、一瞬だが早香と目があった。
その目は何かを訴えている気がした。
私もこのくらいのサプライズして欲しかった!とでも思っているのだろうか?
……。
……くっ。
俺と早香の愛や恋の力が負けてしまったというのか!
そう考えてしまったら、その考えが正しいように思えてきた。
……悔しい。←カイジ風
そう言えば、大会前にお互いにそんなに話をしていないし、イチャコラしてないし、そもそも早香の大会の事すらほとんど知らなかったし。
まだ、付き合ってからそんなに月日がたった訳ではないので、仕方ないかもしれないが……。
しかし、それでももっと早香の事を知って、大会の前から早香の力に慣れるように寄り添っていれば、結果は変わったのかもしれない。
愛の力で百分の一秒の差を縮められたかもしれない。
……。
ふう、嘆いていても仕方がない。
来年こそは早香が優勝出来るように、支えていこう!
そして二人の愛の力を日本に知らしめてやるのだ!
俺はそう意気込んだ。
ーー
表彰式の後、早香のお母さんの車でメイクを落としたり着替えをして男らしい自分へと戻った。
早香のお母さんは普通に運転席に座って、チラチラとミラーで俺の着替えを見ていた。
しかし、途中で何かから逃げるかのようにドアを開けて何処かへと去っていった。
罪悪感でも感じたのだろうか?
俺は早香のお母さんを少し心配した。
(ふう、少しだけ疲れたな)
着替え終わっても若干の疲労感が体に残っている。
女装するのは正直大変だった。
でも、可愛い自分も悪くないと思った。
前の世界で趣味として女装にハマる人の気持ちも少し分かった気がした。
まあ、俺はもう女装をすることはきっと無いだろうけれど…。
着替え終わった後は、しばらく車で早香を待った。
10分ほどして私服姿の早香が車に向かって来るのが見えた。
肩と足が出ている服装は夏っぽくてとても可愛らしい。
やっぱりショートパンツが良く似合う。
いい足してるぜ!
早香は車に乗っている俺に気付いたようで、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「修史っ!応援ありがとっ!私、頑張ったよ!」
そう言いつつ、早香は勢い良く車のドアを開け俺の隣に座った。
「見てたよ!感動した!凄いな早香は!」
「えへへっ~!それほどでも~!」
早香の頭を撫でて褒める。
本当に頑張ったからね。
褒められて嬉しいのか、早香は嬉しそうにすり寄って来た。
猫みたいだ。
「でも、一位になれなくてすっごく悔しかった!でも、来年こそは優勝するからね!」
早香はそう言って可愛らしくガッツポーズをした。
悔しいけど清々しいと感じている様子だ。
「応援するよ!俺も来年はしっかりと早香を支えるからな。……今回はその……ごめんな。恋人としてもっと早香を支えられたら良かったんだけど」
「だ、大丈夫だよ!普段から充分支えてもらってるから!それに……二位になれたのも修史のおかげだよ。あの約束の……な、なんでもない!いつもありがとっ」
そう言うと早香はそっと俺の頬にキスをした。
ドキッとしたし、少し照れた。
頬が緩んでしまう。
……よし、お返しのキスを……。
『first kiss から始まる二人の恋の history』
そう思った瞬間にスマホの着信音が鳴った。
くっ、誰だ?
こんなタイミング電話をかけるなんて!
「ごめん早香、ちょっと電話でるね!」
「う、うん!」
(もう少しだったんだけどなぁ)
残念そうにする早香を横目に見つつ、電話に出た。
「もしもし?」
「あああ、あの、もももしかして修史様、その……女性の姿に……な、なにか、憧れをお持ちになっ」 ピッ
電話を切った。
理沙だった。
テレビで観客席にいた俺に気付いたのだろう。
それで何やら勘違いをしているみたいだ。
何だかんだ理沙は頭がいいので、しばらくしたら俺の完璧な意図に気付くだろう。
まあ、気付かなくてもそれはそれで面白そうだ。
おっと、いけない。
隣にいる早香に早く優しくキスを…。
『first kiss から始まる二人…』 ピッ
「もしもし?」
「修史か?愛奈だけど、修史って姉がいたっけ?めちゃめちゃ似てる人が早香の陸上の大会にいたんだけど……」
「あっ、それ俺だから」
「えっ!?ちょっ、どういう」 ピッ
電話を切った。
愛奈は勘違いしたら面白そうなので放っておこう。
さて!
隣で物欲しそうに俺を見つめている早香の頬に……。
『first kiss から始まる』 ピッ
今度は天音だった。
天音からの電話を切ったら次は雫から電話が……。
そして雫の次は妹から……。
そうこうしている内に、早香のお母さんが車に戻ってきた。
「おっ待たせ!ごめんね、遅くなって!」
「いえいえ!」
「……ううっ~」
早香はお預けを食らった犬のような顔をした。
……ごめん。
そんな顔で俺を見つめないで欲しい。
恋人の親の前では流石に……。
その後、話の流れで早香の家で一緒にご飯を食べることになった。
あわよくば泊めて貰うとしよう。
「ううっ~」
早香の家に向かう途中、何やら早香が項垂れていたので早香のお母さんの目を盗んで頬に軽くキスをした。
「えへへっ!」
すぐに幸せそうな顔をした早香を見て、俺は少し笑った。
早香の家に向かっている途中で気付いた事だが、スマホには沢山のメッセージが来ていた。
どうやら俺の恋人達と妹は早香の大会をテレビで見ていたらしい。
そしてその時に観客に完璧に紛れる俺を見つけたようだ。
(完璧な変装を見破るとは。……流石だし、ちょっとうれしいな)
恋人達が普段からどれだけ俺の事を見てくれていたのかが分かってうれしかった。
思わず少しにやけてしまった。
「あっ、皆からおめでとうってメッセージが沢山来てる!見ててくれたのかな?ちょっと恥ずかしいけど、すっごく嬉しい!」
それに早香の勇姿を他の恋人達も見てくれていたことが何より嬉しかった。
きっと皆、俺と同じくらい早香の応援してくれたであろう。
そう考えると恋人同士の関係は良さそうだ。
いつもは一対一で出掛ける事がほとんどなので、これからはなるべく皆で遊びに行くようにしよう。
皆で遊ぶ姿を想像して、俺は頬を緩ませた。
冒頭はヴァルラブの最初をパクりました。
着信音は「ゼロの使い魔」のオープニングの曲です。
次話で早香の話は終わります。
挿入話や恋人視点の話をだんだんといれていく予定です。




