雫さんが行動を起こしたらしい
少し長いです。
ー 時は遡り、修史がネットサーフィンをしている頃 ー
雫は「大切な話をしたい」と休日で家にいた両親を、家の一番広い和室に呼び出した。
大切な話をするため、赤い花柄の綺麗な黒い和服を雫は身にまとっていた。
本来であれば次に修史が家に来たときに、紹介して許嫁の件について切り出す予定でいた。
しかし雫は、修史に頼って何もせず、全部修史に任せようとしている自分が情けなく思えたのだ。
だからまず、自分の考えをハッキリと両親に伝えて、その上で後日、修史がどれ程に素晴らしい人間かを見てもらうことにしたのだ。
(勝手にごめんね、修史くん。予定変えちゃって。でも、きっと修史くんが一緒だと…私は…あなたに頼ってばかりに…。)
雫は自分の性格が良く分かっていた。
両親に何か言われた時、いつも「はい。」や「分かりました。」しか言って来なかった自分は、いざ話し合いとなったの時に修史に頼りきってしまうと。
きっと何も言えずに修史にしがみつき、修史が何とかしてくれるのを臆病に待つことしかしないだろうと。
(人生最初の反抗…。怖い…でも…修史くんとずっと居たい。だから、ここで強くならなきゃ!私!)
熱意はあったが、緊張あるいは恐怖が打ち勝っていた。
雫は震えつつも、部屋の真ん中にある木製のテーブルに、両親用のお茶や茶菓子を準備した。
そして、座布団に正座をして両親が入ってくるのを今か今かと待っていた。
(…怖い。…でも…頑張る!!)
怒られたり、怒鳴られたりするかもしれない。
でも、きちんと自分の考えは伝えたい。
だけど、やっぱり怖い。
両親のお人形であった雫は、まだ両親が来ていないのにも関わらず、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
幼い頃から親への反抗を禁じられてきた雫は、知らぬ内に自分の気持ちを親に伝えることが上手く出来なくなっていた。
ある意味、洗脳と言えるだろう。
しかし、脳内に浮かぶ修史の笑顔や真剣でかっこいい表情が、自分に勇気を与えてくれていた。
ー
しばらくして、障子越しに両親の姿が見え、部屋に入ってくるのが分かった。
(あわわっ、き、来ちゃった…。…落ち着いて私!頑張らないと。)
雫は息をはいてから、障子を開けて入ってくるをゆっくりと目で追った。
「…どうしたんだ?そんなに畏まって。」
「なんですか?雫。大切なお話って。」
「と、取り敢えずお茶でもいかがですか?お父様、お母様。」
部屋に入ってすぐ、テーブルの向かい側に並んで座った両親に、雫はお茶を入れた。
表情ではいつも通りの笑顔を浮かべてはいるが、内心は違った。
「おっ!ありがとう雫。…相変わらず美味しいよ。」
「…そうですか?あなた。このまえよりは全然美味しく無いですが…。まあ、及第点でしょう。」
「す、すみません。」
雫はいつもの癖で直ぐに謝ってしまっていた。
しかし、そんな様子ではいけないと気付き、直ぐに頭を上げた。
「…まあ、それはいいとして、話って何だい?雫。」
「は、はい…実は…。」
父に本題を聞かれたので、切り出そうとしたが雫は固まってしまった。
雫の父である倉橋荘厳は、長い髪を後ろで結んでいているのと眼鏡をかけているのが特徴で、細い体つきをしている顔の整った男性だ。
今まで父に暴力を振るわれたとかの出来事無いだが、雫は親というだけで何故か恐怖を感じ、更に父である荘厳の死んでいるような表情の動かない目が幼い頃から怖く、目が合うと体が勝手に大人しくなってしまうのだ。
「…何ですか?…さっさと言いなさい!時間の無駄でしょう!」
雫が黙った事にイラついた雫の母は、雫を急かした。
雫の母は、倉橋静香という名前で雫に顔は似ている。
ただ、雫の可愛さや性格の良さのステータスを、全部美しさに変えたような、美しさだけが取り柄のような人だ。
外面は完璧だが、身内の前、特に娘である雫の前では別人のように厳しくうるさかった。
(…分かってますよ!私だって早く修史くんの事を言いたいのに二人か怖いんですよ!…ああ、もう!ここは…思いきって!!)
一回黙ってしまった雫だったが、母に急かされた事もあり、思いきって言うことにした。
必死に心を落ち着け、気合いを入れた。
深呼吸をしてから真剣な眼差しを両親に向けて、ハッキリと言った。
「お、お父様、お母様!私の許嫁関係を無くして下さい!お願いします!私は…松本修史という男性の事が大好きなんです!修史くん以外と結婚なんてしたくありません!」
たった数秒ではあるが、雫は両親のプレッシャーに耐え、言い切る事に成功した。
「…。…!?」
「……んなっ!?」
雫の両親は驚き、呆然と雫を見つめた。
雫の父である荘厳でさえ、目を見開いて驚いていた。
少しの間、静寂が続き、母親である静香が怒りをあらわに口を開いた。
「あ、あなたは!な、何て事を言ってるの!許嫁を断る事なんて馬鹿じゃないの!ふざけてるんじゃないわよ!」
「ふざけてなんかいません!私は修史くんが好きで…両思いなんです!好きな人と結ばれる事は…当たり前の事だと思います!許嫁なんて嫌なんです!」
「っ!?な、何を!?」
雫は強い意思を見せて、母親に反論した。
初めての雫の抵抗に、静香は更に動揺した。
荘厳はその二人の様子を交互に見つつ、顎に手を当て何かを考えていた。
またしばらく沈黙が続いた。
雫は静香の目をキッと睨み、自分が本気であることを伝えた。
静香はそんな娘の表情にイラつき、おでこにシワを寄せていた。
そんな重い空気の中、口を開いたのは荘厳だった。
「…そうか。雫がそう言うなら許嫁の話は無しにしよう。」
「あ、あなた!?な、何を言っているの?正気!?」
荘厳は真っ直ぐ雫を見つめて言った。
雫は父親の言葉の意味が一瞬分からなかった。
簡単に受け入れて貰えるなどと、想定はしていなかったからだ。
そんな旦那の発言に目を見開き驚いていた静香は怒りをあらわにした。
「そんな事出来るわけ無いでしょう!貴方は何を考えてるの!雫、貴方の戯れ言は認めませんからね。」
「嫌です!私は修史が好きなんです!」
「っ!この…黙りなさい!」
母親に怒鳴られ、雫は体を強ばらせた。
それでも負けない気持ちで母親の目を見つめた。
怖さで涙目になり、体を震わせつつも、好きな人という結ばれたいという一心で頑張った。
そんな時、低いトーンで荘厳が声を発した。
「…静香、お前ちょっと黙れ。…黙れないなら出ていけ。」
「なっ!?あなた!?な、何を!?」
「二度は言わん。黙れ。」
「…っ。」
突然の旦那の発言に混乱した静香だが、旦那に睨まれ口を閉ざした。
雫は父親がなぜ母親に対して怒ったのか、意味が分からず呆然としていた。
「雫、気持ちは良く分かった。許嫁の話に関してだが、それは修史くんとやらと会って話をしてから考える。それでいいか?」
「…は、はい。お願いいたします。」
「ははっ。前々から思っていたんだが、固いって。親子なのに。」
涙目になっている娘を見つつ、雫の父は微笑んだ。
雫の父親は自分の表情がとてつもなく固いため、娘から怖がられている事をずっと気にしていた。
いつか心を開いて自然に話してくれるだろうと、呑気に待っていたらいつの間にか娘にとって、自分は「母親と並ぶ逆らえない存在」に認定されてしまっていたのだ。
娘に怖がられるのが嫌だから母親に育児を任せたのも原因の一つであろう。
「いやー、雫も成長したなぁ。よかったよ。」
しかし、今回の件で雫は実は父親が話を分かってくれるいい親だと気付く事が出来た。
それは今後の両者の関係をより良くしていく事だろう。
「お父様…ありがとうございます。」
「おう!それじゃ、お父さんは休み明日しかないから、急だけど修史くんを明日家に招待してくれ。」
「はい!勿論です。」
雫の涙は嬉しい涙に変わっていた。
早く両親に大好きな修史を見せたくて堪らなくなった。
きっとこれで何もかも解決すると思った。
しかし…。
「だ、駄目ですわ!そんなどこの馬の骨とも分からない男なんて!貴方は許嫁の方に何回か会っているでしょう!?きっとあの子の方が良いに決まってますわ!」
急に黙っていた母親が声を荒げ、雫はビクッとしつつつ恐る恐る母親を見た。
「あの子はね、あんたのその修史?って子よりもかっこ良くて性格も良くて、色々と紳士的で優しくて、そ、それに土地やお金も沢山持ってるでしょう!この馬鹿娘が!」
「あ、あの人より修史の方が絶対に何倍も…」
「うるさい!あなたにあの子の何が分かるっていうのよ。あんな素敵な子が息子になってくれるって楽しみにしていたのに…。そ、それが貴方のせいでっ!」
言い返された事にイラつき、更に自分の予定が変わる事に腹がたち、雫の母親は手を振り上げた。
雫はぶたれると分かり、目を瞑り体に力を入れた。
「…っ…!…?」
しかし、何時になっても衝撃が来なかったので恐る恐る目を開けた。
「…静香。これは教育とは違うぞ。…いい加減にしろよ?」
「あ、あなたまで…。」
静香の手を荘厳が掴み、止めていた。
流石に静香も、旦那の本気の怒りの視線を向けられて大人しくなった。
「チッ。わ、分かったわよ。取り敢えず会うだけは会ってあげるわ。」
「ほ、本当ですか!?あ、ありがとうございます!」
最終的に静香も折れた。
許嫁の事は白紙にするとは言われなかったが、それでも雫は嬉しかった。
修史に会って貰えればきっと分かって貰えると信じていたからだ。
「そ、それじゃあ、早速修史くんに電話かけますね。」
雫はいてもたってもいられず、直ぐにスマホを取り出した。
両親もその様子をそれぞれの想いで見つめていた。
そして、修史への電話のコールが一つなったとき、おもむろに雫の父の荘厳が口を開いた。
「そういえば静香。何でお前はそんなにに許嫁予定だったあの子の事を詳しく知っているんだ?」
「…そ、それはその…何回も会って話してればそりゃあ分かるじゃない?」
「ん?…何回も?俺と静香は数回しかあの子家に招いて無いはずだが?」
雫は何やら部屋の空気がガラッと変わった事に気がついた。
そして部屋に妙な静寂が訪れた。
「そ、それは…その…えっと…。たまたま街で会って話をしたのよ!」
「ほぉー、そうか。たまにしか休みがないおまえが、気が向いてたまたま街に行ったら、偶然何回も会ったのか。あの子の家、そもそも県外のはずなんだけどなぁ。」
少し何かを察した荘厳は妙に優しい口調で静香と話をしていた。
そんな部屋の空気の重い時に、タイミング悪く修史が電話に出たので、雫は気まずくて堪らなかった。
取り敢えず要件だけ話し、電話を切った後、そそくさと雫は部屋を出ていった。
雫は部屋を出たあと、許嫁の件が無くなりそうな事と、明日修史に会える喜びで幸せになっていた。
(明日は修史くんに会える~!…修史くん、私やったよ!…はぁ。早く会いたいなぁ。)
今日会えない寂しさをペットであるウサギを抱き締めて緩和させつつ、明日修史に見せる着物選びを始めていた。
一方その頃、雫の両親はというと。
「なんか怪しいぞ静香。…ん?その顔は…何か隠してるな?」
「ち、違うのよ、あなたの思っているような事は一切…。」
「そうか。なら素直に携帯見せてくれるよな?」
「そ、それは…。す、少し御手洗いに…。」
「消すつもりだろ?今すぐ見せてね?」
何やら新たな問題が発生していた。
静香はふくよかな体型が好きだから、静かに浮気を。
許嫁相手は性欲とテクニックは一人前…。
このまま行ってたら親子丼に…。




