俺は心を動かされたらしい
「…という事があったらしいのよ、修くん。天音ちゃんの叔母さんに色々聞いたから正しい情報だと思うわ。……修くん?」
「……」
母さんに天音の過去を教えてもらった。
俺は今、天音の母親に対する怒りが大きかった。
天音を!楓ちゃんを!日和ちゃんを!…悲しませた事が許せなかった。
…こんなにイラついたのは初めてかもしれない。
「修くん!?ねぇ、聞いてる?…大丈夫!?」
「…ああ、ごめん母さん。思うことがありすぎて…ね」
「…そうね、本当にそうよね。…でも、天音ちゃんが本当にいい子っていうのが分かったから、お母さんは安心したわよ。…好きなら必ず幸せにしなさい!」
「ああ、勿論だよ!任せて母さん!」
俺は「任せて!」と言い切った。
…天音はすごいよ。
本当に…本当に…。
話を聞いて、天音を尊敬すると同時に、言葉に表せないくらい、天音のことが愛しくてたまらなくなった。
今すぐ合って、抱き締め、言葉をかけたい衝動が溢れ出すのを感じた。
「お母さん、この話を聞いてね泣いちゃってね。何かしたいと思って、修くんの口座にお金入れといたから。天音ちゃんやその妹さん達のために使ってね。…あ、それと天音ちゃんの叔母さんには、私からたくさんお礼しといたからね!」
母さんは俺の為に、また天音達の為に色々と動いてくれていた。
行動が早く、優しく、経済力のある、そんな心強い母親。
…おっと、いけない。
俺は母さんに惚れそうになった。
「ありがとう母さん。…本当にありがとう。俺、母さんみたいな人が母親で本当に嬉しかったよ」
「…あんっ!ありがと!…ふふっ、私も修くんと芽亜ちゃんが私の子どもで本当に嬉しいわよ!愛してるわ」
母さんにそう言われて素直に嬉しかった。
最高の母親だと思った。
血が繋がっていてもいつかは手を出してしまいそうだ。
まあ、それは置いといて…と。
よし!天音、楓ちゃん、日和ちゃんを幸せにしたら、天音の叔母さんにもお礼を言いに行こう!
そう心に決めた。
「ありがとね。本当に色々と。…こっちも頑張るから、母さんもお仕事頑張ってね」
「ふふふっ。分かったわ。…それじゃ、頑張ってね!」
「うん、じゃあね、大好きだよ母さん」
「…アンッ…もう!嬉しいわ!…私も大好きよ…じゃあ…ね」
何か変な声が混ざってきた気がするが、俺は母さんとの電話を切って深呼吸をした。
天音の母親の事は取りあえず忘れて、今は天音のために出来ることをしようと考えた。
(…とりあえず、家に行こっかな。…ああっ!会いたいな、天音に…!)
俺は会いたい衝動に耐えることを止めた。
「ごめん!芽亜。どうしてもやらないといけない急用が出来た。いつ帰るかは分からないから先に寝てて!」
「お、お兄ちゃん!?」
妹にそう告げると、俺は家を飛び出した。
愛しく大切な、彼女に会いに行くために。
ー
ピンポーン
「はーい!」
俺は天音のアパートまで来ていた。
インターホンを鳴らすと楓ちゃんの可愛い声が聞こえてきた。
「こんばんわ。修史だけど」
「修史お兄ちゃんっ!?」
楓ちゃんは驚いた様子でドアを開けた。
「こんばんわ。楓ちゃん。あっ、日和ちゃんもこんばんわ」
パジャマ姿の楓ちゃんと、奥のドアの隙間から顔を覗かせている日和ちゃんに挨拶をして、おじゃました。
「修史お兄ちゃん、急にどうしたの?」
「それはねー、えーっと…。…色々あって楓ちゃんと日和ちゃんに会いたくなったからだよ!」
「そ、そうなの!…えへへっ、嬉しいな。楓も前に修史お兄ちゃんに会ってからずっと会いたかったよ!」
「…日和も…会いたかった」
当然来たにも関わらず、楓ちゃんと日和ちゃんは迷惑そうな顔を一切しなかった。
それどころか、楓ちゃんはにぱっと笑顔を咲かせて喜んでくれてた。
日和ちゃんも何だか嬉しそうだ。
…まったく、小学生は最高だぜ。
「ありがとね、二人とも。あ、天音は何時にくるかわかる?」
「お姉ちゃんは今日は夜の2時に終わるって言ってたよ」
天音は深夜に帰ってくるそうだ。
二人を寝かしてから起きている必要がありそうだ。
部屋の中には布団が敷いてあるので、もしかしたら寝る寸前だったのかもしれない。
「そうか、分かったよ。ご飯とかは食べた?」
「うん!お姉ちゃんが作ってくれたのをチンして食べたよ!」
話によると天音の帰りが遅い日はいつも、天音が朝作っておいてくれた夕食を温めて食べるらしい。
それを聞いて俺は「ほえー」と間抜けな声を出してしまった。
…天音って本当にすごいと思う。
「そっか、それなら良かった。…二人とももう寝るだけ?」
「うん、そうだよ!」
「…うん…もう眠い…かも…」
楓ちゃんは元気に答えたが、日和ちゃんはうとうとしながら目を擦っていた。
「それじゃ、一緒に寝よっか」
「ほんとっ!?えへへっ、やった!」
「…うん…寝よ…」
二人は喜んでくれていた。
…ど、とうしよう?
二人が可愛すぎて辛い。
「うん、二人がいいならそうしよかった。…あ、でもシャワーだけ貸してね!」
「うん、いいよ!待ってるね!」
すぐさまシャワーを浴び、持ってきたパジャマに着替えた。
万が一泊まる事も考え、準備しておいたのだ。
…まあ、制服がないから朝に一旦帰るけどね。
「シャワー貸してくれてありがと!それじゃ寝よっか!」
「うん!」
「…うん、寝よ…」
一つの布団に三人川の字になって横になった。
二人とも布団からはみ出しそうなので、腕枕をした。
二人とも嬉しそうで、俺にしっかりと抱きついてきた。
幼女の体温は高くて少し暑いが、幼い女の子らしい柔らかさと甘い香りがして幸せの極みだった。
「…スゥ…スゥ…」
横になってから少し二人と雑談をしていたが、先に日和ちゃんが眠りについた。
俺の胸に頭を乗せてぐっすりと寝ていた。
無垢で可愛らしい寝顔を見ながら、その柔らかい髪をそっと撫でた。
「…日和ちゃん、先に眠っちゃったね」
「だねー!…日和はね、楓が抱きしめるといつもすぐに寝ちゃうんだ。…でも修史お兄ちゃんの方が寝かすの早かったかも。修史お兄ちゃんの側にいて安心しちゃったのかな?」
「ははっ。そうだと嬉しいね」
電気を消した暗い部屋の中を、窓から入る月明かりがうっすらと照らすなか、俺と楓ちゃんは日和ちゃんを起こさないように小声で話を続けた。
「…楓ちゃんは俺といると安心する?」
「えっ!?…うん、勿論だよ!…凄くいい匂いがするし、心がふわふわして、凄く安心するよ。…何だか…そう!おとーさんに似てる…かも」
「…そっか」
(お父さんに似てる…か。二人ともまだまだお父さんに甘えたい年頃…だもんね)
二人も辛い思いをしてきただろう。
天音だけでは補えなかった部分もきっとあると思う。
その部分を俺はこれから、二人が大きくなるまで補っていきたいと感じた。
両親から与えられる予定だった愛の何倍もの愛を、二人に与えたいと思った。
寂しくないように、愛に飢えないように。
「…楓ちゃんのお父さんはどんな人だったの?」
「…おとーさん…は…凄く優しくてかっこよかったよ!」
「そうか、いいお父さんだったんだね。…お母さんは?」
「…おかーさんのことは…よく分からない…かな」
「そっか…。ごめんね、こんなこと聞いちゃって」
楓ちゃんは思い出すように教えてくれた。
でも、やっぱりその顔は寂しそうだった。
「ううん、大丈夫だよ!お姉ちゃんがいるから、毎日すっごく楽しいよ!」
そんな寂しそうな顔が一変して、楓ちゃんは笑顔を見せた。
天音がいたからこそ、いま二人が笑うことが出来るのだろう。
「天音はいいお姉ちゃんなんだね」
「うん!大好きで、最高のお姉ちゃんだよ!…あ、もちろん、修史お兄ちゃんも大好きだよ!」
「ははっ!ありがとね。俺も、楓ちゃんと日和ちゃんが大好きだよ。」
「ほんと!?…えへへっ、両想いだね!」
楓ちゃんはさっきよりも嬉しそうに笑った。
俺も楓ちゃんにつられて笑顔になった。
…楓ちゃんがこのまま大きくなっても俺の事を大好きでいてくれたなら、俺はきっと…。
「…ふぁーあ。…修史お兄ちゃん、楓、何だか眠くなって来ちゃった。…おやすみなさい、修史お兄ちゃん」
「ああ、おやすみなさい。」
そこそこ長い時間話していたので、楓ちゃんにも睡魔が襲ってきたようだ。
そんな楓ちゃんの柔らかい髪の毛をゆっくりと撫でてあげると、すぐに夢の世界へと行ってしまった。
(二人の事をこれからずっと見守っていかないとな。…さて、寝ないように天音を待つかな)
楓ちゃんと日和ちゃんの頭をゆっくりと撫でながら、二人を見て微笑んだ。
二人の寝息だけが聞こえる中、俺は天音がくるのをゆっくりと待っていた。
楓ちゃんと日和ちゃんに手を出したいけど、それはまだありませぬ。




