壮絶な過去があったらしい
暗い話ですが、次話から直ぐに明るくなっていきます。
病気の症状等はフィクションですので。
天音の父親の死後。
あっという間に遺族らの手によって葬式などが終わり、気付けば四人でポツンと家にいた。
天音も辛かったが天音以上に母親が精神的に辛いと思い、悲しみを抑えて声をかけた。
「お母さん、元気を出して!大丈夫だよ!私が付いているから。…これから頑張っていこうよ!」
四人で再出発しようと、母親を支えるために言った言葉だったが旦那を失った母親には届かなかった。
「…うるさい!!…あなたがいたところで…何も変わらないのよ!」
「お、お母さん…。そ、そんなの…ひ…酷いよ」
天音の母親にとって旦那が全てという訳では無いはずだった。
だったが…。
「あなたの顔を見るとあの人を思い出して辛いのよ!私に顔を見せないで!」
母親は言ってはいけない言葉を言ってしまった。
天音は母親のこの言葉を聞いて、怒りを覚えるのと共に、酷く酷く心に傷を負った。
…しかしその言葉は旦那への愛の深さ故に出てしまった言葉かもしれない。
この世界では男性の伴侶になれる女性は少ない。
だから女性は必死で努力する。
天音の母親は過去に本当に努力して、やっとの想いで旦那を手に入れたのだ。
滅多にいないタイプの、優しく、家族思いの最高な男。
だから本当に、本当に旦那を愛していたのだ。
そのため、旦那が居なくなった=全てを失ったように感じたのだろう。
(あなたが私の全てだったのに。何であなたは…。せめてあなたじゃなくて娘たちなら…まだ…)
旦那を失った影響は大きく、矛先が娘へと動き始めた。
失ったものが大きすぎて天音達の存在というものが、とても小さいものに感じてしまったのだろう。
娘の大切さを忘れるほどに、なんで娘ではなく旦那なんだ!考えてしまうほどに…心はもう壊れ始めていた。
そんな目に生気の宿っていない母親。
(お母さんはお父さんがいなくなって、まだ心の整理がつかないだけだよね?…私がしっかりしないと!)
そんな母親の姿を見て、暴言を吐かれて、それでもまだ!…天音は母親が心配で何とかしようと、諦める事なく考えを巡らせていた。
天音は心が本当に強かった。
心に傷を負ってもなお、母親を見捨てなかった。
ー
母親との関係は険悪なまま、月日は流れた。
変わったことは母親が毎日どこかへ行くようになったことだ。
天音は知らなかったが、母親は毎日ギャンブルに勤しむようになっていたのだ。
賭け事をすることで現実の苦しみから逃げていたのだ。
「おかーさん、どうしちゃったのかな?」
「…大丈夫だよ、楓。具合が悪いだけだって」
「…おかーさん、最近全然わたしと遊んでくれない」
「…日和、その分私が遊んであげるから。だから今はお母さんをそっとしてあげてね」
極力、天音は妹二人を母親には会わせないようにした。
天音よりも二人の方が父親に似ているため、母親がどんな行動をとるか予測出来なかったからだ。
このときには、天音でさえ母親の前に姿を見せるのは、月に一度生活費を貰う時だけにしていた。
(…お母さんに話しかけるの…辛いな。でも、生活費貰わないとだし。…いつになれば落ち着いてくれるかな?)
不安で一杯だったが今月も生活費を貰わないと過ごせなかった。
「…お母さん、ごめんなさい。今月も生活費を…」
恐る恐る天音は母親に声をかけた。
すると母親は天音を見もせずに静かに言った。
「…お金なんて無いわ。…もう使ったから」
「…えっ!?…そんなの嘘だよ、お父さんのお金だってまだ沢山…」
そう言った瞬間だった。
バチンッ!
部屋に痛々しい音が響いた。
「…お、お母さん!?」
天音は生まれて初めて、思いっきりビンタをされた。
天音は倒れて頬を押さえながら、母親を見上げていた。
何が起きたのか全然分からなかった。
「旦那と私のお金はあなた達のお金じゃない。あなた達が使っていいお金じゃない。…この家もこの家の物も全て私と旦那の物。そ、そうよ!あなた達がいること事態おかしいのよ!……これ以上、私から何も奪わないでっ!!…早く消えなさい」
「……」
言葉が出なかった。
何かの冗談だと思った。
しかし、現実。
目の前の母親には昔の…優しく微笑んでいた時の面影など微塵も無かった。
「おねーちゃん、何の音ー?何かあったのー?」
天音が放心している時、部屋の扉が空いて日和が入ってきた。
先ほどの大きな音が日和のいる部屋まで聞こえてきたからだろう。
「…っ!このっ!」
その時、天音の母親は日和の顔を見て極度の怒りを感じた。
こんなに似ているのにいなくなったのは最愛の旦那の方で、娘の方じゃないという、はたから見れば全くもって理不尽な怒りだった。
バチンッ!
再び部屋に痛々しい音が響いた。
その後、天音の耳には泣き叫ぶ日和の声が遅れて聞こえてきた。
その瞬間、天音はかつてない怒りを全身に覚えた。
一番幼く、守ってあげないといけない存在。
父親がいなくなってから、夜に泣き出してしまうようになった、まだ現実を受け止められていない、そんなか弱く大切な存在。
そんな日和に、母親は手を出してしまったのだ。
「顔を見せるな!出てけっ!」
母親は怒鳴った。
天音は更に憤り、母親に掴みかかろうとした…その時。
大声で泣き叫ぶ日和が、自分の足に抱き付いていると気付いた。
はっ…と我に返って日和を抱きしめた。
今、自分が優先すべきは日和を抱き締めること。
そしてこの家から早く逃げる事だと気付いた。
「…日和にまで手をあげるなんて…。死んだ父さんがいたらなんていうか…。…最低」
そう言って母親を睨みつけた天音は、一目散に部屋から出て、荷物を纏めた。
そして沢山の荷物を抱え、状況の分かっていない楓と日和と手を繋ぎながら家を飛び出した。
もう二度と母親に会わない事を決意して。
天音は走った。
振り返らないように走った。
もし振り返ったなら、きっと泣いてしまうと思ったから。
ー
それからは、父親のお姉さんである叔母を頼った。
叔母は話を聞いて当然大激怒し、天音の母親に会いにいったが無言で帰って来た。
天音がそれとなく聞くと、何を言っても無駄で思いっきり殴っても無反応だったらしい。
「何も出来なくてごめんね、天音ちゃん。…今日からは私が三人をきちんと育てていくからね!」
「…本当にありがとうございます。すみません」
「…謝らないで!あなたに責任は一切無いわ。…辛かったでしょう。…今は思いっきり泣きなさい」
「……うん」
何も出来なくて本当にごめんなさいと叔母は天音に頭を下げた。
そして、天音の心を心配して思いっきり天音を抱き締めてた。
その優しさに天音は今まで耐えてきた分、思いっきり涙を流した。
楓と日和も、初めて見る天音の泣き叫ぶ姿につられて泣いた。
親権は当然叔母に移った。
叔母には数ヶ月お世話になっていた天音だったが、ある日叔母が三人を育てるのに借金をしている事に気が付き、アパートを借りて三人で暮らしたいと叔母に伝えた。
気にする必要ないと言った叔母に対して、天音は引き下がらずに天音自身で借金をしてアパートに住むようになった。
叔母は毎月アパートにやって来て、自分の生活費以外のお金を天音に渡していたが、それには一切天音は手を着けなかった。
そして、天音は約二年ほど一人で楓と日和を養いながら過ごした。
中学生など働き口などほとんどなく、あったとしても時給はとても安かった。
借金を極力抑え、二人の妹達のためにほとんど休まずに頑張った。
そんな天音は中学三年生になったとき、叔母に卒業したら就職したい旨を伝えた。
「それだけは絶対にだめ。天音ちゃん、高校だけは必ず卒業しなさい。…良いわね!」
叔母は毅然とした態度で天音に言った。
叔母の一歩も引かないその姿勢や、愛情を感じたので高校だけは卒業をすることに決めた。
…そのおかげで修史に出会う事が出来たのだ!!
母親からの暴力の一件以来、日和が全く話せなくなったこともあった。
楓が他の家庭よりも貧しい生活に泣いたこともあった。
二人が両親のいない寂しさで夜泣くこともあった。
しかし、それらを天音は必死になって解決させたのだ。
天音は耐えて耐えて、本当に辛い思いをしながらも大好き大好きな妹達の為にここまで頑張ってきたのだ。
きっとそれを神様は見ていたに違いない。
何故ならこれからたくさんの最高の幸せが、天音に次々と訪れるのだから。




