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夜の散歩をしたらしい

ー 電気を消してしばらく時間がたった。


俺に抱きついている楓ちゃんと日和ちゃんからスゥスゥという寝息が聞こえる。

正直、少し暑いけれど全然嫌な感じはしない。

むしろ、とても癒されている。

これは小さい子でも女性ならみんな母性をもっているという証拠だろうか?

心地よい。


そんな二人を起こさないように俺は体を起こし、隣の布団で横になっている天音さんに話しかける。


「天音さん、起きてる?」

「…んっ、まだ寝てないよ」

「…ちょっと一緒に散歩に行かない?」

「…分かった。ちょっと待ってね、上着取ってくるから」


そう言うと天音さんは電気を夕方にして、隣の部屋へ足音を立てないように気を付けながら歩いていった。

そして少し天音さんを待った後、二人でゆっくりとアパートを出た。



夜の外はとても涼しく、俺も上着を羽織ればよかったと少し思うくらいだった。

月明かりが綺麗で空には一切雲がなく、物音もほとんどせず奇妙なくらいに静かだ。


会話をすることなく肩を並べて歩き、しばらくして公園に着いた。

天音さんと一緒にいるだけで、なんだかとても心地よかった。

夜の公園はお化けがいそうで怖そうと思っていたが、全くそんな気配はなく少しホッとした。

公園のベンチに俺が座ると、天音さんもゆっくり俺の隣に腰をおろした。


「…今日はありがとな。わざわざ泊めて貰って」

「…ん、全然大丈夫。妹達も喜んでたし。こちらこそ、ありがとね」

「いやいや、楓ちゃんも日和ちゃんもとっても可愛いくて癒されたし、天音さんの手料理も美味しくて最高だったし。…本当にありがとな。」

「…んっ」


天音さんは小さく返事をした。

そんな天音さんを見ると、じっと月を見ていた。

俺も月を見ようかと思ったが、月明かりに照らされる天音さんの横顔が、何だかとても寂しそうに見えて目がはなせなかった。


「…天音さん、色々聞きたいことあるから聞いてもいい?」

「……ん……いい…よ」


俺は単刀直入に聞くことにした。

前に見た天音さんの表情が、前の世界で辛かった時の俺の表情とそっくりだった訳を。

過去に何があったかを。


出会ってまだそんなに時間はたっていないが、俺は天音さんが心配だ。

だから聞きたい、力になりたい。

そう思ったんだ。


「…天音さん、妹と三人暮らし?」

「…うん」

「…両親は?」

「…いない」

「一人で楓ちゃんと日和ちゃんの面倒見てるの?」

「…そう」

「…いつから?」

「…二年前」


淡々と俺の質問に答える天音さんは表情を一切変えずにいた。

二年もの間、どうやって生活をしてきたのか考えたくても怖くて俺には考えられなかった。


「両親には何かあったの?」

「……」


ここまで淡々と質問に答えてくれた天音さんだったが、黙ってしまった。

だが、どうしても知っておきたくて俺は天音さんが話してくれるのを待っていた。

無理に聞くような事ではないのは分かってる。

でも、俺は天音さんが気になる……いや、好きだからどうしても力になりたい。


しばらく待っていると、ゆっくりと天音さんは口を開いた。


「…父さんは…死んじゃった。…病気で…」

「…っ!…そうか」


天音さんの言葉を聞いて俺はどうしようもなく、心が痛くなった。


俺は両親の死というものを知らない、せいぜい離婚程度だ。

だから、天音さんの経験した辛さ全てを分かってあげることは出来ない。

そう感じた。


(俺は…天音さんの気持ちが…わかる…のかな)


なんだか、一気に自分が無力に思えた。


俺は天音さんを見る。

…少し震えているのが分かった。


続けて天音さんは静かにゆっくりと話した。


「…母さんは…おかしくなっちゃった」


今まで表情を変えなかった天音さんの頬に涙が流れた。

驚きと共に、胸を締め付ける痛みが俺を支配する。


「…父さんが…死んでから…人が変わって…それで…」


必死に話してくれる天音さんだが、その表情はもう限界と言わんばかりに……とてもとても辛そうに見えた。


(ああ、もう無理だっ!!)


「天音さん!!」


辛そうに寂しそうに聞こえるその声色と苦しそうな表情に、俺は思わず、天音さんを抱き締めた。

強く強く抱き締めた。

少しでも楽になるように、そして心の負担を俺に移すために。


今、どんな表情を天音さんがしているのかは分からない。

けれど、抱き締めた瞬間に震えだけは確かに止まったんだ。


「…修史…くん?」


状況が理解出来ていないだろう天音さんは困惑していた。

だが、もうそれ以上話さなくていい。

話を聞く側の俺の涙腺が活動限界を迎えているのだから。


「聞いといてごめん。もう話さないで…」


天音さんの話を聞いた後に、天音さんに「大丈夫だよ!俺がこれからは側にいるから!」とか言えば天音さんの支えになれるとか、苦しみを分かち合えると安易に俺は考えていた。


心の何処かで俺以上に悩んできた人なんていないだろうと思っていたのかもしれない。


本当の苦しみを分かち合う事は予想よりもはるかに難しく、とても耐え難いものなのだと初めて分かった。


「…うん…。…ありがと…ね」


抱き締めたと言えば聞こえはいいが、端からみれば俺が泣きついているように見えるだろう。

現に、俺の流す涙が天音さんの頬へとポタポタと当たっているのだから。


「あばね…ざん…は…すごぃ…。えぐっ…ほんど…に…がん…あった…ね。…これ…がら…おえ…づいてる。…だがら…。」

(…天音さんは凄い。本当に頑張ったんだね。…これからは俺がついてるよ。だから今は思いっきり泣くといいと思うよ。)


自分でも泣きすぎて訳が分からない。

同情か無力な自分に対する激昂か、愛情か。

とにかく胸がいっぱいになってしまった。


無様に泣いてしまった俺だが、必死に天音さんの事を想って抱き締めた。

すると、気持ちは伝わったみたいで天音さんは俺の体を強く抱き締めた。


そして俺の前で初めて、声を荒げて泣き出した。


人の気持ちを感じ取れる天音さんだからこそ、こんな俺の気持ちをくみとってくれたのだろう。


少し驚いたが、嬉しかった。

天音さんを抱き締めながらそっと頭を撫でた。

天音さんが俺の気持ちを感じたみたいに、今は天音さんの気持ちがなんとなくだけど分かった気がした。


かっこよく胸を貸すことなど出来なかった。

でも、それはそれでいいと思う。

それが俺、松本修史という人間の本質なのだから。





しばらくして天音さんは落ち着きを取り戻した。

…天音さんはね。


「えぐっ…ううっ…えぐっ。」


(ヤバい、落ち着こうと思うほどに涙が出てくる。恥ずかしすぎる。穴があったら入れ…入りたい。)


「修史くん、大丈夫?…お、落ち着いて!」


天音さんは落ち着きを取り戻した後、俺を抱き締める力を抜いて向き合ってお礼を言おうとした。

だが、俺が泣きじゃくっていたために困惑したみたいだ。


「…修史くん…。ありがとね。…大丈夫…大丈夫」


天音さんは小さい子どもをあやすお母さんのように、俺の背中をポンポンと叩いてくれていた。

俺はそんな天音さんに申し訳なく思いながらも、無い胸に顔を埋めて落ち着くのを待った。



しばらくして俺も落ち着きを取り戻した。


何故か天音さんが手を握ってくれるとすぐに落ち着きを取り戻すことが出来た。

…まあ、落ち着いたら恥ずかしさが込み上げてきて死にそうなんだけどね。

今の俺の顔はトマトくらい真っ赤になっていることであろう。


「ごめんね、俺の方が泣きじゃくって」

「ううん、全然大丈夫だよ。…私のために泣いてくれてるんだって思うと…凄くうれしかったし。…本当に…ありがとね」

「…天音さん…」


天音さんは屈託のない綺麗な笑顔を見せた。

俺は少女漫画の主人公のように胸がキュンとした。

…ああ、なんていい女性なんだろう。


…欲しい。

本気で欲しい。

天音さんの全てが欲しいと心の底から思った。


「…また、少しずつ…教えてくれな。もっと天音さんの事を知りたいから。…あ、今度は泣いたりしないからな!」

「…んっ!また、いつか…ね」

「おう!」


俺は天音さんに笑顔を見せた。

目が腫れぼったいためかっこよさは激減しているだろうが、天音さんは嬉しそうにスッキリとした顔で俺に笑顔を返してくれた。


女は強しというが天音さんは特に、俺よりも何倍も何十倍も心が強いと感じた。


「…それじゃ、戻ろっか!」

「…んっ!」


天音さんと手を繋いでアパートへと戻ることにした。

…続きはだんだんと詳しいことは聞けばいいさ。

これからずっと一緒に、俺の隣に天音さんがいてくれるように頑張るのだから。




アパートの扉をそおっと開け、中に入ると抱き合って眠る天使がいた。

可愛すぎて飛び付いてほっぺをすりすりして服を脱がし…おおっとあまりの可愛さに紳士としてやってはいけないことを考えてしまった。


スヤスヤと眠っている二人の天使で1つの布団は完全に占領されているので、天音さんの布団にお邪魔する。

天音さんも嬉しそうだったので良かった。


「…おやすみ、天音さん。」

「…ん。おやすみ、修史くん。」


俺は天音さんとくっついて目を閉じた。

全てを包み込んでくれるような優しい香りがした。


早いことにもう、うっすら朝日が見えていたが泣きつかれた二人はすぐに夢の世界へと旅立った。


「…ありがと…本当に…大好き…」


いや、まだ一人寝てはいなかった。

その女性は隣に眠る男の頬に唇を当て、満足そうに微笑んでいた。


「むにゃむにゃ…貧乳は…ステータス…だ…。」


そんな幸せな出来事があったなど知ることもなく、男は寝言を呟いていた。





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