8. うちの両親ってすごかった
本日2話目
貴族学校を卒業後、わたしは無事に王宮の官吏になることができた。
配属先も希望が通り、財務部となった。
もしかしたら、殿下やエリザベス様が便宜を図ってくれたのかもしれない。
住まいも、学校の女子寮から、官吏用の独身寮に移った。
ベティカもわたしと同様に官吏となった。同じ独身寮に住んでいて、休日には一緒に遊びに出かけてりして、楽しい日々をすごしていた。
ある日の休日、自分の部屋でごろごろしていると、扉をコンコンと叩く音が聞こえて、誰か来客だろうかと思いながら扉を開けた。
「ごきげんよう、久しぶりね」
そこには、ベアトリクス様とクレア様がいた。
突然の訪問に驚きながら、取り合えず中に案内した。
「すいません、こんなものしかなくて」
とりあえず、家にあったとっておきの茶葉をつかった紅茶を出したが、それでもベアトリクス様が普段飲むものには敵わないだろう。
「ありがとう、おいしいわね」
紅茶を飲んだベアトリクス様は柔らかく微笑んだ。以前に比べると、固さが抜けて女性らしさが増したような気がする。
話し方も気の置けない感じで、友達と話しているような感覚になった。
「あの、突然、どうしたのでしょうか。ああ、いえ、別にイヤというわけじゃないのですが、なんだか驚いてしまって」
「いろいろと問題があったけど決着がついたから、あなたに報告にきたのよ」
「報告、ですか?」
「そうよ、あなたの出生に関するものと、諸々の権利についてね。まずは、あなたが得るべき権利について説明するわ」
そういって、クレア様は一枚の書類を差し出した。
そこには鉱山の権利だとか、領地からの税金などが書かれていて、きっとこんなものをもらえたら大金持ちになれるだろうな、などと思っていた。
「それは全てあなたの物よ」
「え、え、ええぇーーーっ!!」
突然告げられたことに、わたしは素っ頓狂な声をあげてしまった。
「ど、ど、どうしてですっ!?」
「その理由を説明しようとすると、あなたの出生についても話さなくてはならないわ。できれば、何も聞かずにこのまま受け取ることをオススメするわ」
ビアトリクス様は表情を強張らせていた。たぶん、かなり重い内容なんだろうなあ。
どうせなら、権利も放棄すれば聞かずに済むんじゃないかと思ったが、うちの家のことを考えるとやっぱりほしかった。
「教えてください。さすがにこの額のものを、何も聞かずに受け取るのは怖いです」
「なんとなくあなたならそう言うと思っていたわ」
ベアトリクス様はフーと大きく息を吐き、少し間を置いてから話しはじめた。
「本来、あなたは公爵家の人間だった。あなたは、公爵家当主ゴドリアス・トゥールーズと、その妻ナヴァール・トゥールーズの間に生まれた子供だった」
んん? ということは、わたしって男爵家である父の血がながれていないってことになるのだろうか。
「そして、私、ベアトリクス・トゥールーズは、公爵家当主と、そのとき公爵家でメイドとして仕えていたサーシャさんの間に生まれた子供だった」
サーシャといえばわたしの母の名前だとわかり、それが意味することを理解した瞬間、わたしは自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
「あなたが先に生まれたのだけれど、ほとんど泣かず懐かない赤ん坊を気味悪いと思った当主は、ちょうどすぐ後に生まれたサーシャさんとの子供と取り替えた」
「は、え、それだけの理由で?」
「殿下の婚約相手として選ばれるために、容姿に優れているほうを選んだというのもあったらしいわ」
まるでペットのような感覚で、自分の子供を取り替えるという考え方が理解できなかった。
「そのとき、サーシャさんはかなり抵抗したらしいわね。庶子としても認めてもらえなくてもいいから、自分で育てるといったらしいけど、強引に取り上げたそうよ」
その時の母の心情を想像すると、胸が痛んだ。
「そのあと、サーシャさんと不要になった子供は、まだ妻帯していなかったとある男爵に押し付けられた。公爵家から圧力をかけたそうだけど、その男爵は貴族の中でもお人よしで有名であっさり受け入れたらしいわ」
教えてもらえなかった父と母の馴れ初めは、そんな壮絶なものだったのか。だというのに、あんなに幸せそうな家庭を築けている両親の偉大さに改めて敬服した。
父にとっては、わたしはただの赤の他人でしかなかったはずなのに……。
「今回あなたに渡す物は、本来あなたが受け取るはずだった物よ」
「そう、だったんですか……」
「本当なら、あなたを公爵家としての一員として迎えるはずだけれど、あなたは望まないでしょう?」
「もちろんです!! わたしの父と母はトーマ男爵家です」
わたしの答えを聞いて、ベアトリクス様は満足そうに微笑んだ。
「あれ? そうなると、ベアトリクス様はわたしの妹ということになるのでしょうか」
「そうね、お姉様と呼んだほうがいいかしら」
「いやいやいや、今のままでいいです。ホント勘弁してください」
「それじゃあ、私のことは名前で呼んでちょうだい」
「えっと、ベアトリクス様」
「敬称も禁止ね。だって私達は姉妹なんだから」
「えぇ……、べ、ベアトリクス」
恐々と呼ぶと、ベアトリクスは頬を染めてそっと笑っていた。なんだか、妹とわかると可愛く見えてきた。
そんな彼女のことをクレア様が目を細めて嬉しそうに見ていた。
それから、近況などを交えて話を交わした。
どうやら、公爵家の当主でありわたしの実の父であったゴドリアス様を追い出し、ベアトリクスの兄を当主に据えたらしい。
それによって、この大金の譲渡ができるようになったのだろう。
公爵家の実権って、実はベアトリクスが握っているんじゃないだろうかと思い、聞いてみたら、彼女は以前のような氷のような微笑をうかべた。
こわいなー、高位貴族の闇は深いようだ。
それから、数ヵ月後、殿下とベアトリクスの結婚が華々しく行われた。
結婚パレードにて、馬車に乗せられて王都内を練り歩く二人の姿を見ようと、たくさんの人が国中から集まってきて祝福していた。
さらに、上位貴族や国外の来賓を招いた結婚パーティーが開かれ、そこにわたしを含めた男爵家も招待された。
父と弟は招待状を見るなり卒倒したようだが、母が色々な準備をして会場にやってきていた。
そういえば、ベアトリクスから受け取った諸々の権利を父に見せたときも卒倒していたな。
パーティー会場で母がベアトリクスに結婚のお祝いを言うと、彼女はうつむいて、ありがとうございますと震える声で言っていた。
ベアトリクスにとって、うちの母が実の親になるわけで、その心情は複雑なものだろう。
ベアトリクスの様子をみていると、殿下がわたしに話しかけてきた。
純白の礼装に身をつつんだ殿下は、まぶしくなるほど凛々しかった。
「サラ、久しぶりだな」
「殿下、ご成婚おめでとうございます」
久しぶりに会った殿下は以前よりも貫禄がついたような気がする。きっと、いい王様になるだろう。
「キミとの出会いがなければ、ベアトリクスとは上手くいかなかったかもしれない。感謝する」
「いいえ、お二人ならば、わたしなどいなくても大丈夫ですよ」
そういって、握手を交わした。
きっと、殿下とこうして言葉を交わせるのは最後だろう。
わたしはただの男爵家令嬢であり、殿下は国王として手の届かない世界で戦い続けるのだろう。
そして、その隣にいるのは、ベアトリクスこそがふさわしい。
やれやれ、こじれにこじれた殿下とベアトリクスの仲を取り持つことができ、これでお二人からの依頼も完遂かな。
この8話目がゲームで言うところの Normal End です。
次の9話目で True End となり、ベアトリクス視点での話となっています。
ただし、内容が重く読んだらイメージが崩れるかもしれないので、幸せな話として終わらせたい方にはここで終わらせることをオススメします。