7. 卒業パーティーでやらかしてみた
とうとう、卒業パーティーの日がやってきた。
殿下とわたしは会場の扉前で待機していた。
すでに会場は卒業生たちで一杯になり、会場の扉越しにざわざわという話し声が聞こえていた。
会場内の様子を探ってきたルートディヒ様が報告に戻ってきた。
「殿下、ベアトリクス様の姿を会場で発見いたしました」
「わかった」
わたしは着飾った姿で殿下の隣に立った。
これから起こす戦いのためにはふさわしい鎧が必要だといわれて、殿下からドレスをプレゼントされた。
王室御用達の職人によって作られたドレスは、素晴らしい出来だった。これなら、どんな戦場にいっても戦えるだろう。
殿下の様子を見ると、首に巻いたネッカチーフのしまり具合を確かめるように、しきりに首元を指でいじっていた。
「殿下、緊張なされているのですか? 式典での演説のときのように堂々となさっていれば問題ありませんよ」
殿下は王太子として、国の式典に出席し大勢の民衆の前で演説することがあり、その姿は堂にいったものだった。
「式典のときは、演説内容を書記官が考えてくれている。だが、これから話す内容は自分自身のことだからな」
話す内容も自分の心の内を明かすいう恥ずかしいものなので、殿下は緊張しているようだった。
「殿下、お手をどうぞ」
「む、助かる」
そんな殿下に手を差し出すと、殿下が握り返してきて、その顔から幾分緊張が抜けたように見えた。
そのまま、会場の扉前までやってくると、殿下は手を離した。
「ここまでで大丈夫だ。あとは私自身が成さねばならぬことだ」
胸を張って前を歩く殿下の姿は雄々しく、まさに王者とよべる風格を備えていた。
ルートディヒ様が重厚な扉を押し開けると、会場の喧騒がわたし達の身をつつんだ。
会場にいたものは、会場内に入ってきた殿下に注目した。
そして、その後ろからついてくるわたしにもその視線は容赦なく突き刺さってきた。
何人かがコソコソと話しているのが見えた。
ベティカが心配そうな視線を向けているのが見えたので、大丈夫という意味をこめてうなずいておいた。
この場においてわたしはただの脇役にすぎないと思い、無遠慮な視線をやりすごした。
そして、会場の中に、艶やかな黒髪と純白のドレスに身をつつんだベアトリクス様を見つけた。
ベアトリクス様は、冷たくピンと張り詰めた雰囲気をまとっていた。
「皆の者、歓談中申し訳ないが、どうしても聴いてもらいたいことがある」
殿下が演説のときのように、よく通る声で会場の人々に語りかけた。
「この場を借りて、我が婚約者であるベアトリクス・トゥールーズ嬢に宣言する」
唐突に始まった殿下の語りかけにざわつく会場のなかで、ベアトリクス様だけは落ち着いていた。
その表情は穏やかなもので何かをあきらめたものの顔だった。
隣にいるクレア様は、暗く沈んだ表情をしていた。
「私は、ベアトリクス、キミを愛している!! キミと一緒ならばどのような困難にも立ち向かえる。どうか、私と共に歩んでくれないか」
会場は唐突な愛の告白に、シーンと静まり返った。そして、その視線は全てベアトリクス様に注がれていた。
彼女からは、いつもの氷のような微笑がくずれ、目を見開き驚愕に染まっていた。
「どうして……」
さあ、ここでわたしの出番だ。
「サラ・トーマです。わたしもこの場を借りて告白いたします。ベアトリクス・トゥールーズ様によってわたしは階段から突き落とされてなどいないと!! あれはただの事故です。皆様に誤解を与えてしまったことを深くお詫びしたします」
クレア様がわたしの方を見ていた。その表情は、驚きながらもどこか嬉しそうだった。
あとはベアトリクス様次第だ。
殿下とベアトリクス様は互いに視線を絡み合わせていた。
片方は緊張で頬を赤く染め、片方は戸惑いで頬は白いままだった。
ここは、あと一押しが必要だろう。
「ベアトリクス様!! わたしは何も失っても奪われてなどいません。愛すべき家族に恵まれ、さらにはステキな学校にも通うことができました。わたしは幸せです!!」
結局、ベアトリクス様がつぶやいた『私は彼女から全てを奪ってしまった』という言葉の意味はわからなかった。
たぶんわたしに関係することなのだろうと考え、わたしの今の心情を言葉にして渡してみることにした。
もしも、はずれてたらすっごく恥ずかしいだろう。
ベアトリクス様はわたしの方を見ながら、なにかを迷っているようだった。
そこにクレア様が近づき、耳打ちしているのが見えた。
そして、ベアトリクス様は、殿下の方に顔をむけ、ゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「……レイモンド様、私もお慕いしておりました。死が二人を分かつときまでご一緒させてくださいませ」
ベアトリクス様が震える声で返すと、ワッと会場が歓声につつまれた。
王太子殿下万歳、ベアトリクス万歳だとかいう声が聞こえたので見てみると、ソーニャだちだった。
まるで我がことのようにうれし涙を流しながら喜んでいる姿を見て、わたしも嬉しくなった。
それから、パーティーは再開された。ダンスの時間になり、まず最初に殿下とベアトリクス様がみんなの前で踊りを披露した。
お二人はとても幸せそうな表情をしていて、会場の人々は微笑ましいものを見るような表情していた。
やれやれ、ようやく終わったと思いながら、ベティカと一緒に会場のごちそうに舌鼓を打っていた。
貴族だらけの中で、わたしたちのような下位のものは壁の花になるか、こうして料理を楽しむのが一番だろう。
「サラ、どうして殿下と一緒にいたの?」
「んふふ、ないしょ~」
ベティカが興味津々な様子で聞いてくるが、いろいろと話せない内容もあるので誤魔化しておいた。
そこに、殿下が近づいてきた。
殿下は、会場に入る前の緊張がウソのように晴れやかな顔をしていた。
「サラ、よければ、私と一曲踊ってくれないだろうか」
「ダンスなんてほとんど踊ったことありませんよ」
「かまわんよ。わたしがリードする」
差し出しされた殿下の手をとり、わたしはワルツの輪に加わった。
といっても、田舎の貧乏貴族であるわたしはダンスなんてほとんど踊ったことのなくてひどいものだったが、殿下が上手くリードしてくれてそれなりの形になっていた。
曲が終わり、殿下とのダンスも終わった。
名残惜しいが、一時の夢と思いながら殿下の手を離した。
こうして、夢のような卒業パーティーは終わりを告げた。