6. つっこめ、つっこめ、殿下の部屋に突撃だ
本日2話目
クレア様の部屋を出た後も、わたしは考え続けた。
もちろん、クレア様が犯人だったなんて公言するつもりはなかった。
というよりも、クレア様が犯人だとはとても思えなかった。
考えても犯人を特定できるとは思えないので、真相については置いておくことにした。犯人探しよりも、お二人の関係の修復が最優先だった。
というわけで、学生寮にある殿下の私室にやってきた。
しかし、警備のために扉前に立っていた兵士に止められた。
いつもならルートディヒ様が護衛のために、扉前に立っているので入れるのだが、なぜ今日だけ違う人なのだろうか。
「お願いします、どうしてもすぐにあわなければならないのです」
「申し訳ありません。殿下が誰も通すなとおっしゃっています」
押し問答をしているところに、横から声をかけてくるものがいた。
「サラ殿、いったいどうしたのだ?」
ルートディヒ様がわたしの方を見ていた。
「ハントリー様、殿下に会わせてください!!」
「すまないが、殿下はひとりで考えたいことがあるそうで、今は誰とも会いたくないとおっしゃっていた」
ルートディヒ様の返事にがっかりしていたが
「話だけなら、私が聞いて殿下にお伝えできるが、どうする?」
「ぜひに!!」
わたしはルートディヒ様と一緒に、いつもの四阿に向かった。
対面に座ったルートディヒ様の巨体からでる迫力に圧倒されながらも、わたしはルートディヒ様に顔をまっすぐ向けた。
「ウワサについてですが、あれはベアトリクス様ではありません。殿下は誤解なさっています」
「そうか、そうだろうな。私も彼女が犯人とは思っていない」
「でしたらっ!!」
「私からも殿下に注進したのだが、本人が犯人だといったとおっしゃられてな」
ルートディヒ様は太い眉をしかめて困った顔をしていた。
「クレア様にも会ってきたのですが、今度はクレア様が自分が犯人だとおっしゃられました」
「バカな、なぜ彼女がそんなことを」
「おかしいですよね。彼女がそんなことをする必要なんてないのに……。何かを必死に隠しているご様子でした」
わたしの言葉を聞いたルートディヒ様は、顎に手をあてて深く考え始めた。
「私は護衛として、さらには友人として子供のころから殿下とご一緒させていただいている。殿下と一緒に、子供のときのベアトリクス様とも会ったのだが、初めて会った彼女はもっと快活な性格だった。だが、あるときを境に、感情を押し殺して表情を変えることがなくなった」
「それは一体、どうして?」
「わからないが、もしかしたら殿下ならご存知かもしれない」
もしかしたら、それが今回の事件の解決につながるかもしれない。あそこまで頑なな態度をとらせることに、わたしの知る範囲では心当たりがなかった。もっと、根深い何かがあるのだろう。
「……ハントリー様、わたしはこれから殿下に対してとても不敬なことをするので、止めないでいただけると助かります」
「何をしようというんだ?」
「殿下の閉じられた扉をこじ開けます!!」
わたしの言葉に、ルートディヒ様は呆気にとられた顔をしたが、口の端をニヤリと上げて協力しようといった。
再び殿下の部屋に向かうと、また警備の兵士に止められたが、ルートディヒ様が私が責任を持つといって通してもらった。
「殿下!! お話があります!!」
バーンと扉を勢い良く開けると、中にいた殿下が驚いたようにこちらを見ていた。
「サラ、一体どうしたのだ。ルートディヒもなぜ通したのだ」
だけど、困惑する殿下に構わず、わたしはズンズンと近づいた。
「殿下、ベアトリクス様のことは好きですか!!」
「な、なにを突然」
「はっきりとおっしゃってください」
「……わからない。あのようなことをするような者とは思わなかった」
「では、ベアトリクス様が犯人ではないとしたら、どうですか?」
「おまえまで違うというのか、あいつ本人が認めたのだぞ」
殿下は渋面を作りながら、呆れたように言ってきた。
このままでは悪い方向に話がいきそうなので、軌道修正することにした。
「殿下は、本当にあの方がやったと思われるのですか? 幼い頃からあの方の気性を知っておられるのでしょう」
「うむ、それは……、だがな」
「あの方は何かを隠していらっしゃいます。おそらく、それは幼少の頃にあったことが原因となっています。以前、ベアトリクス様の性格が変わってしまったとおっしゃられたことがありましたね。なにかきっかけがあったはずです。そのときの状況を詳しく話していただけないでしょうか」
わたしはぐいぐいと押し込むように話しかけると、殿下はたじろぎながら語り始めた。
「たしか、8歳のときだったろうか。あいつの黒髪をみて、ふと疑問に思ったことがあって質問をしたことがあったのだ。あの髪の色は、あいつの両親である公爵夫妻のどちらにもないものだったのだ。そういえばなんでだろうと、あいつも不思議そうな顔をするだけだった」
「公爵であるゴドリアス様は金髪、公爵夫人のナヴァール様はピンクブロンドとなっています」
昔を思い出しながら話す殿下の横から、補足するようにルートディヒ様が説明してくれた。
そういえば、わたしのピンクブロンドの髪だけど、両親の内父は栗色の髪、母は黒髪だったな。まあ、今はわたしのことはどうでもいいや。
「数日後、あいつに会うと暗い顔をしていたから、きっと私が傷つけてしまったのだろうと思い謝ったが、逆にあいつが泣きそうな顔で謝ってきた。そのとき以来、今のように感情を表にださなくなっていた」
その数日間の内に何かがあったのだろうけど、殿下はご存知ないようだった。
「そういえば、あいつがぽつりとこぼしたことがあったな。『私は彼女から全てを奪ってしまった』と」
「全てを奪った? どういことでしょうか」
「わからない、何のことだと聞き返したが、あいつはなんでもないというだけだった」
話しているうちに、殿下のしゃべりかたは落ち着きを取り戻していた。
昔のベアトリクス様のことを思い出したのだろう。いい傾向なので、ここでもう一度問いかけてみることにしよう。
「さて、殿下。まだ、彼女がやったと思いますか?」
「いいや、あいつならそんな卑怯な手段を使わずに、真正面からキミのことを叩き潰しにかかるだろう」
「そ、そうなんですか」
公爵家の力を使って、そんなことをされたときのことを想像してブルリと身を震わせた。
とりあえず、殿下の気を変えることには成功したのでベアトリクス様の方に移りたいが、あの方の説得は難しそうだった。
わたしの知らないことが関係してて、どこからついていけば攻略できるかわからない。なので、力押しでいってみることにしよう。
「殿下、ベアトリクス様の説得のために協力をしていただけないでしょうか?」
「いいだろう。あの頑固者の説得は難しいだろうから、キミの助けが是非とも必要だ」
「わたしに考えがあります。殿下に、あの方の心を凍てつかせる氷を溶かしていだだきます」
わたしは、来たる卒業パーティーでの企みを殿下に打ち明けた。
待っててください、ベアトリクス様。
最初に受けた依頼では、殿下の気持ちを聞いてきて欲しいというものでしたね。
でしたら、直接、殿下の気持ちをあなたに聞かせて差し上げます。