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1. 貴族学校に入学してみた

 今日は王立学校の卒業の日であり、待ちに待った日であった。

 これが終わればようやくわたしの役目も終わる。


 手はずどおり、卒業パーティーの会場に王太子であるレイモンド殿下と共に会場に入った。

 そこには、国内の上級貴族のみならず、帝国からの留学生も出席していてきらびやかなものとなっていた。


 わたしもこの日のために王太子殿下から与えられたドレスで着飾っていた。

 わたしのピンクブロンドの髪に合わせた薄桃色のドレスで、フリルがあしらわれたとてもかわいらしいものだった。


 きっと、このドレスだけで、うちの数ヶ月分の食費に相当するだろう。

 

 だけど、この場における主役はわたしではない。

 一人は、隣にいる王族特有の金髪碧眼をもちスラリとした長身の殿下である。

 そして、もう一人は、会場にきて貴族令嬢たちと談笑している公爵令嬢のベアトリクス様だった。闇夜のように黒く艶やかな御髪と、黒真珠のような瞳が、純白のドレスによってより映えていた。

 

 わたしが殿下に目配せをかわすと、殿下はうなずいた。

 さあ、さっさとやっちゃってください。


「皆の者、歓談中申し訳ないが、どうしても聞いてもらいたいことがある」


 殿下がよく通る声で会場の人々に語りかけた。


「この場を借りて、我が婚約者であるベアトリクス・トゥールーズ嬢に宣言する」


 唐突に始まった殿下の語りかけにざわつく会場のなかで、ベアトリクス様だけは落ち着いていた。

 これから、何が起きるとしっているかのように。


「私は……」


 そして、殿下が声高らかに宣言を放った。

 




 わたしはトーマ家の娘として生まれ、男爵である父や母に大事に育てられてきた。


 将来は弟がこの家を継ぎ、わたしはどこか別の家にでも嫁にいくのだろうなと、ぼんやり考えていたが、ここで問題があった。


 現在、うちの経営がけっこうやばいことになっていた。

 王国の片田舎に領地を持つトーマ家だが、主な収入源は畑からの作物によるもので、肥沃な大地をもっているおかげでそこそこ安定したものだった。


 だけど、問題なのが父だった。貴族だというのに、平民と混じって畑仕事をするのんびりした性格で、超のつくほどのお人よしだった。

 父は金勘定が得意ではなく、執事をやとって税収などの管理をまかせていた。いままでは、王都で雇ったおじいちゃんまかせていたのだが、奥様が病を患ってしまい治療のために王都に帰ってしまった。


 そこで、代わりの人を雇うことにした。

 新しくきた人は、どうにもうさんくさい人で、貼り付けたような笑顔を浮かべていた。


 父に怪しいといったのだが、人を疑うのはよくないと逆に説教されてしまった。

 その結果、裏帳簿で領民からの税を自分の懐に納めて、ある日蒸発した。


 幸い、その年分の王国に納める税金は残っていたのだが、我が家の家計はひどいことになっていた。


 食費を切り詰め、薪を少なくしみんなで肩を寄せ合って暖を取っていた。

 そんなわたしたちの様子を見かねた領民が、少しずつ援助をしてくれた。父の日ごろの行いによる人徳だと思うけど、その父によってこの窮状が生まれたわけで複雑な気分になった。

 

 年がかわりようやく元の生活に戻った頃、わたしは決意をかためた。


「お父様、わたしを王都の学校にいかせてください」


 王都には王立学校があり貴族の子弟や、優秀と認められた平民が通っている。そして、王立学校を卒業後したものは、王宮での官吏になるのがほぼ確実なものとすることができる。


 わたしは王国の財務部に入り、そこで得た知識をうちの領地経営に生かそうと考えた。

 両親たちは驚いた。父も弟も領地からでたことはほとんどなく、王都はこわいものだと思っていた。


「サラ、勉強ならここでしてもいいじゃないか」


「姉上になにかあったらと思うと心配で心配で」


 そんな中、母だけは賛成してくれた。元々、母は王都に住んでいたらしく、父の元に嫁ぐためにうちの領地にきたそうだ。黒髪で白い肌をしていて一見するとどこかの令嬢のようだが、元は平民のメイドだったらしい。

 うちは特に政略結婚などをすることもないので、きっと父が母を見初めて結婚したのだろうと思ったが、二人の馴れ初めは話してくれなかった。


「いかせてあげましょう。また、同じようなことをしたら領民の方々にあきられてしまうわ」


 それから、父と弟を、母と一緒になだめすかしてなんとか説得することができた。


 

 貴族学校に入るにあたり、通常ならばべらぼうな入学金を払うことになるが、特待制度というものがあった。

 試験を課して突破したものには入学金や授業料を免除するというものだった。


 この制度は、優秀な平民を王宮に取り込むために作り出されたもので、貴族はまず使わない。

 王立学校に入る貴族は、自らの家の財力を誇示するとためにも入学金を自らの財布から払っていた。さらに、高位貴族によっては寄付金まで払っていた。


 そんな中で、貧乏男爵家のわたしは、特待制度を使って入学を果たした。

 幸い勉強はできるほうだったので試験自体は突破できたのだが、周囲からの目が厳しかった。

 貴族のくせに、特待制度を使うなど恥を知れと陰口を叩かれていた。

 

 学校では右を向いても左をむいても貴族ばかりで気の休まるヒマがなかった。

 畑仕事は覚えていても、礼儀作法は覚えていないため、なにか失礼があるんじゃないかとビクビクしながら端っこで小さく過ごす日々をすごしながら、3年目になり卒業の年を迎えていた。

 あと少しだけ、無事に過ごせば目的の官吏になれると思っていた。


 

 だけど、わたしは今最大のピンチを迎えていた。


 すこしでも生活費の足しになればと思い、学校の清掃の仕事を請け負っていた。

 こんなことをしているから、周囲の貴族が眉をひそめられるのだろうが、背に腹はかえられなかった。

 授業が終了したあと、誰もいないはずの廊下にモップをかけているところに、横の教室から突然出てきた生徒に驚いた拍子にそばにあったバケツをひっくり返した。

 

 そこからの光景はスローモーションのようにはっきり見え、同時にどうにもできない未来も見えた。

 バケツがひっくりかえり中の水が、教室から出てきた人の足にバシャリと水がかかった。


「も、も、申し訳ありませんっ!!」


 顔面から血の気が引くのを感じながら、必死に頭を下げて謝った。

 頭を下げて低くなった視界には、この学校の制服を着た足がうつっていて、どうやら生徒のようだった。


「よい、驚かせた私にも非はある」


 相手の寛容な態度にホッとしながら、頭を下げた状態のまま上目遣いでチラリと相手の顔をみると、そこにはこの学校において最も地位の高いものがいた。


「で、で、で、殿下っ!?」


 わたしの目の前には王太子殿下がいらっしゃり、その靴とズボンの裾は濡れていた。

 この瞬間自分の人生が終わったと思った。さらに家族にも迷惑がかかることも頭に浮かび、わたしの前には走馬灯が走っていた。


「どうした、だいじょうぶか?」


「……もう、だめ」


 王太子殿下が声をかけてきた瞬間、緊張が最高潮に達したことで、わたしの意識はプツリと途切れた。

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