ネシスルート
「うっ…天界に行こうとしてました」
誤魔化そうとしたけど、ついうっかり薄情してしまった。
「ほう、それはそれは…」
ネシスの持っていた短い束のようなシバきアイテムが一本の長い鞭になった。
それを私に向けてふりおろす。
すると鞭は右腕に巻き付く。
ネシスは歩き、私を犬の散歩のごとくひきずった。
「あーれー!!」
どさくさに紛れて言ってみたかったことを言った。
「兄さーんー死なせないようにねー」
レウスはにこやかに手をふって、私を見送った。
薄暗い部屋、灯った蝋燭の鈍い灯りかゆらゆらと影を作る。
蛇のようにうごめく鞭が、少女の背後の壁を叩きつけた。
今にも泣きそうな、少女に、身なりのよい男の熱の隠った眼差しが向けられる。
「食え」
男は可哀想な豚の丸焼きを少女へ差し出した。
「いやあああ!誰かあああ!」
身なりのよい男ネシスに捕まった哀れな少女、ビスティエは天井に吊るされて、ゆらゆら揺れながら、丸焼きの豚に恐怖した。
「フン、豚の良さがわからぬとは、仕置きが足りんな」
「私は牛しか食べないっての!!」
ビスティエは相手が公爵家であることを忘れ、つい強気で返してしまう。
それを気に入ったのか、更に征服欲が掻き立てられたのか、ネシスはビスティエの顎を持ち上げる。
ネシスの顔が近づき、ビスティエは涙をためながら目を閉じる。
ヤミュエル―――――。
ネシスは顎を持ち上げたまま微動だにしない。
ビスティエは目を瞑ったまま、じっと耐えている。
「馬鹿め…私がお前のような小娘を本気で相手してやると思ったか?」
“自分が迫れば、彼女はどんな顔をするか”
ネシスはただ、それを実行して愉しんだだけであった。
「よっよかった…」
ビスティエはネシスに興味を持たれていないことで、むしろ気を楽にした。
「他の男にうつつを抜かしている暇はない
…お前は1年後、魔王の妻になるのだからな」
「―――え?」
「それどうこと!?」
なぜ自分が魔王様の奥様になるのか、私はネシスに問う。
「興が殺がれた…」
ネシスは私を放置し、部屋から出た。
「ちょっと!下ろしてよ!」
ためしに破壊魔法を使ってみる。
すると、手首の拘束が砕けた。
次は扉を開くことにする。
ドアを破壊するか、鍵を開けるかで決まる。
…別にドアでなくてもいいか。
トンガリ帽子のような魔槍を召喚し、なるべく音を立てないように隙間を連弾した。
意外と脆く崩れ、私は部屋から脱出できた。
コンビフス家に帰ろうとしたが、嫌な気配が向こうにある。
それは先程私に無体をはたらいたネシス。
丁度彼が屋敷に入っていく姿が見えたのだ。
せっかく逃げられたと歓喜したのもつかの間。
あいつに見つかりたくない。
もしかしたら、魔界中で私の捜索が始まるとも限らない。
私は空を飛び、他の悪魔の気配のない場所を探した。
ここは魔物が住む洞窟、全然怖くない。
皆まとめて食肉にするだけだ。
向こうからバサバサと、翼の音が聴こえてきた。
見つからないように奥に進む。
するとなにやらポキりと音が鳴る。
地面を踏んだ音にしては奇妙であった。
「きゃあああ」
人間の骨の死体、こんなものを見たのは図鑑くらいである。
悪魔は死なない、人間も食べはしないので、機会がない。
しかし、死体は動かないのだ。
こんなものにびびるような私じゃない。
さらに奥へ進んだが、何もすることがないので、魔蝙蝠を観察することにした。
私達に比べれば小さいのに、良く生きるものだと、感心する。
蝙蝠が飛ぶだけで何も起きないため、退屈になった。
「あー暇、何かおきろ」
「フン…起こしてやろうか?」
嫌な声がして、幻聴であれと願いつつ、振り替えるとやっぱりネシスがいた。
「“崩れよ”」
ネシスが洞窟の壁に命じると、出口を塞ぐように、ガラリと岩が崩れた。
破壊しようにも、洞窟全体が崩れれば、流石にまずい。
とうとう、出られなくなってしまった。
その上、逃げていた相手と同じ閉鎖空間にいるとは、正に地獄というやつだ。
「どういうつもり!?」
こんな狭いところに、二人きりなんて趣味が悪い。
「お前の慌てふためく様は見物であるな」
こいつ…私を閉じ込めて楽しんでいる。
ここは屋敷の地下とは違い、自然に出来た洞窟。
私もネシスもフェアな状態で抜けられないのだ。
「あんたもここから出られないわよ」
自分まで出られないのに、なにを考えているんだろう。
ネシスは放心状態になった。
なにも考えていないらしい。
「いや、これはこれでお前の嫌がる様を見物できるな
近づけばお前が逃げようとする
だから俺は敢えて近づく」
さも計画の内であるかのようにひらきなおった。
「見物にしては近すぎるわ!」
ネシスは突然私を後ろに追い詰めた。
そして、顔の横の壁を足で蹴る。
気のせいか、かすかに洞窟はぐらついた。
「別の意味でドキドキするから!」
崩れたらどうするんだろう。
「逢った刻より話すようになったではないか」
本当…いつのまにやら気を使わなくなっていた。
むしろ遠慮なくし過ぎている。
この後も一行に問題が解決しないまま、時間は過ぎた。