くつみがく
ごゆるりと、流し読みください。
おや、いらっしゃい。
ん?あぁ、そうですね。今時は珍しいでしょうねぇ、靴磨き。
いえ、私もそう長い事やってるってわけじゃあないんですがね。
えぇ、それはもう。
そもそも靴磨きが落ち着くような場所は、今ではめっぽう少ないですからね。
路地裏商売は流行りませんねぇ。
いえいえその通り。お客は久々ですよ。
はぁ、靴磨きをする理由ですか。
うーん、そういう手合いの質問は、割合高確率で聞かれるのですがね、しかしこれといった理由はないのですよ。
先に言っておくと物理学者になりたいわけじゃなしですよ。卒業もできちゃいませんし。
いえ、まぁ、実際のところ物理学者になりたくて靴磨きになった、なんて奴がいたら、それは確かに一周した天才かもしれませんがねぇ。
しかし私は、靴磨きであるべくして、靴磨きであるわけじゃなく、靴磨きをするからして、靴磨きたるわけでして。
そして今日も今日とて靴を磨く。即ち、靴磨きであるって寸法でさぁ。
いやなに、誤解しないでくださいね。靴磨き好きなんですよ。
勝手に可哀想とか言うのはやめてくださいね。
私で不幸を定義しないで。
私で自ずを祝わないで。
私が今日も靴磨きたる事を、私は誇りに思っている。ゆえに靴磨きは私の仕事です。
靴はねぇ、人が立つための、歩くための、進むための道具ですから。
社会を渡り歩く道具ですから。
足跡を刻むものですから。過去を刻むものですから。
人を記すものですから。
それを磨くなんてのは持ち主を磨く事に他ならない。
それが誇りで堪らない、誇らずには居られねぇ。
ヒトはヒトと関わる事で人となり、過去を積む事で人間になるんです。
その扶けになるのですよ。
うん。私はそれを誇らずには居られない。
はい。おしまい。
どうでしょう。
あなたの足元に輝きを祈って。