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神使登場

 「最近、家族以外の人間にあっていないな」

 航はそんなことを言いながら、やおら立ち上がり自室を出て階段を下り、家の玄関を開けた。

 「うわ。まぶしい」

 そこには、なんの変わり映えもしない風景があるだけなのだが、家の中に一日中籠りっぱなしの身にはあまりある日の強さだった。

 「さて、久しぶりにコンビニにでも行くか」

 久しぶりにコンビニにいくというのはいかにも忙しい人間の言いそうなことだが、堕落したニートにはコンビニに行くことさえも、経験のない冒険者パーティがドラゴン退治に行くことと同じことのように思う。

 日の光による業火に身を焼きながら、航はコンビニまでの道をとぼとぼと歩いている。とても、人の歩けるような道ではないという感じである。堕落して一日中家にこもりっぱなしになっているというのは、二重の十字架を背負うことにるようだ。一つには、身体的な衰えだ。もう一つには、精神的な衰え。

 二重の十字架を背負いながら、航はコンビニへの道をひた歩く。そして、コンビニのすぐ手前にある十字路を渡ろうとしたところ、何か上から鳥のような黒いものが下りて来たかと思うと、視界が真っ黒になり――意識が消えていた。


 「君、―たまえ、起―まえ」

 航が意識を取り戻すと、何か、頭上でぶつぶつということが聞こえるのに気が付いた。何を言っているのかはよくわからない。

 「君、起きたまえ、起きたまえ」

 注意して聞いたので今度は何を言っているのかが分かった。どうやら、何者かが自分を起こそうとしているらしい。そう思い、体を横たえたまま 航は目を見開いた。

 「うわっ」

 「何が『うわっ』か、失礼な」

 航を見下ろすように立っていたのは、人間ではなく、少し大きいカラスのような真っ黒い鳥だった。しかし、カラスというのは、ごみを漁っているようなきたならしいイメージだが、まとっている雰囲気はそんな感じではない。神々しいのだ。

 「おい、人間。立ちたまえ」

 「ああ、はい」

 いまいち頭がはっきりしておらず、さらには、状況も呑み込めなかったが、鳥に促されて航は立ち上がった。鳥に敬語を使うのはおかしいかもしれないが、その鳥の鳥とは思えない神々しさにそうするしかなかった。

 「君が、異世界転移同意書に同意した山下航であろう?」

 「異世界転移同意書?」

 鳥がよくわからないことを尋ねてきたので航は腕を組んで考え込んだ。初めて聞く固有名詞のような気がする。

 「そう、異世界同意書である。一か月くらい前に、『異世界に興味はありませんか?』というサイトで同意ボタンを君が押したことは報告に上がってきているが。 違うのであるか?」

 「ん? そういえば……」

 そういえば、そんなサイトを見ていたような記憶があるようなないような……。いや、ある。

 「だとしてなんですか、取り消しますよ」

 こういうことははっきりと言わないと。クーリングオフだ。

 「そんなことできるわけないであろう。注意事項にもそう書いてあったであろうが」

 そんなことを言って、鳥が注意事項の書かれた紙をよこしてくる。そして、航は神を受け取り、注意事項に目を通した。


 注意事項

 ・・・

 ・・・

 異世界転移を行うかどうかは家族や友人とよく話し合ってから決めてください。一度、同意したからには、取り消しはできません。たとえ拒否しても、強制的に転移してもらいます。

 ・・・

 ・・・


 「ほれ、書いているであろう」

 「でも、……」

 「まさか、拒否するわけではあるまいな。拒否した場合は、オプション機能付加がなくなるばかりか、すぐさま強制的に転移に移るため、翻訳機能付加にバグが入りこむ可能性があるぞ」

 鳥が脅すように航に注意してくる。

 「え?」

 「別に脅してはいないのである。それも注意事項に書いてあろう?」

 航は手元に持った紙を読んでいく。すると、確かにそんなことを書いてあるようだ。万事急須である。

 「受けます」

 「分かったである。それでは、オプション機能の抽選を行い次第、すぐさま転移の儀式に取り掛かる」

 「え、待ってください。少しぐらい説明はないのですか? それに、翻訳機能付加は?」

 不安になって航は鳥に問いかける。

 「ない。それも、あのサイトに載っておったし、説明をよく読めという記述が注意事項にもあるであろう? 翻訳機能付加は転移の儀式に盛り込まれておる」

 「……」

 航はもはや何も言葉が出てこなかった。

 「では、この中から2つ引くのである」

 鳥はそういうと、両翼を大きくひらいて何やらぶつぶつとわけの分からない呪文らしきものを唱え始めた。すると、鳥の両翼からまぶしい光が出てきて、直径が2センチくらいの光の玉が数十個あまり鳥の頭上に浮かんでいた。

 「さあ」

 鳥に促され、航は無作為に一つの光の玉に手を伸ばした。指先にあたった光の玉ははじけたかと思うと、体の中に何か温かいものが溶け込んでくるのが分かった。

 「なんだこれ?」

 「それがオプション機能が付加された証拠である。さあ、もう一つも選ぶのである」

 同じ要領で航は無作為にもう一つ光の玉に手を伸ばした。先ほどと同じような感覚が体の中に浸透するのを感じた。

 「で、どんなオプション機能が付いたか、分からないのですが?」

 「それを発見するのも、異世界に行ってからの楽しみである。ちなみに、それも注意事項には書いてあるぞ」

 何度か繰り返されたやり取りに疲れたように航はうなずくしかなかった。

 「さて、では転移の儀式を始める。すぐに終わるので数分後にはあっちの世界に行っておろう」

 そういうと、その鳥はやおら呪文を唱え始め、さらに、両翼をバタバタとはばたかせるような動きを繰り返し始めた。航は、その動きをじっと眺めていたが、何度か同じようなことが繰り返されたと思う頃、体に何かが溶け込んできたという感覚がしたすぐ後に、視界が暗くなっていき――急に意識が途絶えた。

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