異世界への誘い
「お兄ちゃん、朝だよー。お兄ちゃん朝だよー。お兄ちゃんあさ……」
妹萌えの人間ならば誰しもがあこがれるシチュエーションで航は目覚めた。そして、寝すぎてぼんやりとした頭を稼働させながら手を目覚まし時計まで持っていき、萌え語を発し続けている無機物のスイッチを押した。
あたりは明るく、日の日差しが中天にかかっている。航は、まだ寝ていたいという欲望を押し殺して、起き上がった。
部屋には、乱雑に様々なものが散らばっている。飲みかけのペットボトル、一週間は洗っていないであろうコップにお茶碗、そして、引きっぱなしの布団。堕落していない人間の部屋が片付いているとは限らないが、堕落している人間の部屋はほぼこんな感じだろうと、航は自分に言い聞かせた。
「堕落生活も板についてきたな」
誰に言うでもなくそんな感想を吐く。
「ふー。今日も暇な一日の始まりか」
そんな独り言を言いながら、自室の扉を開けて階下にあるリビングルームへ向かう。そうすると、そこには、いつものように朝昼両用のごはんが置いてあった。昼ごろということもあり家には誰もいないが、ちゃんと毎日飯は作ってくれている。
ほぼニート化したごく潰しの浪人生にもごはんを作ってくれているというのだから、とてもありがたい。おそらく、家族以外でこんなことをしてくれる人間なんていないのだろうと思う。甘えているとはわかっていても甘えさせてくれる人間がいることにしみじみとし、ごはんを食べながら、航は今日もネットサーフィンで時間をつぶすことを決意する。
パソコンをつけて、いつものように航はネットの世界に意識を沈めていく。目的が特にあるわけではない。ただ、時間をつぶしているだけだ。最近気になっているのは、海外の国々を紹介しているサイトである。最近、家に閉じこもってばかりいるせいか、あるいは、現実に目を向けたくないせいか、とにかく外で外の世界に興味がわいてくる。
今日もそんなサイトを見ていた航は好奇心をそそられる記事を見つける。タイトルは「異世界に興味はありませんか?」というもの。なんか、胡散臭さ満点だがどうせやることもないのでそのページに飛んでみた。
タイトル「異世界に興味はありませんか?」
地球に生まれた貴方、世界は一つだけではありません。無限に広がる空間に無限ともいえる世界が存在しています。そんな中でも現在、異世界に存在する とある惑星を地球の人間の方におすすめするために紹介しています。興味のある方は↓にある記事もぜひぜひ見ていってください。
~アシワラ星の紹介~
アシワラ星は、地球生まれの人間にぴったりの環境です。気温も水も空気も食べ物も、その他生物が生きていくために必要な環境が地球生まれの人間に適合します。
Aさん「アシワラ星はサイコ―です。地球生まれの人間にとっては他に類を見ない過ごしやすい環境です」
Bさん「ここはよい。それほど文明が発達しているとは言えないが、それでも住む価値がある」
※本人の体験談をもとにしています。客観的な根拠があるわけではありません
さらに、うれしいことにファンタジー要素が随所に散りばめられています。アシワラ星では、科学の代わりに魔法が生活の基盤として使われています。ファンタジー小説やアニメが好きだった方には夢のような体験になるに違いありません。生活に必要なものから、それひとつでドラゴンがやっつけられるなど様々な魔法があります。あなたも、あのアニメで見たようなヒーローになれる可能性もあります。
Aさん「魔法はとってもサイコ―です。私の憧れです。でも、もう憧れていただけの日々ではありません。呪文をちょっと唱えると、驚くような魔法を使えたりします。ほんとおすすめです」
Bさん「これはよい。これを使うともう魔法なしの世界には戻れなくなる。科学なんてくそみたいなものだ」
※本人の体験談をもとにしています。客観的な根拠があるわけではありません
さらに、さらに、出血大サービス中。今なら、アシワラ星に行っても困らない翻訳機能付加を無料でプレゼント。そして、ご応募いただいた方の中から、抽選でいくらかオプション機能付加をプレゼントしちゃいます。
地球に疲れた人間の方、ファンタジーに興味のある人間の方、ご応募お待ちしております。興味を持たれた方は、下記の異世界転移同意書に、ご住所・お名前・生年月日・性別・電話番号の必要事項をご記入の上、注意事項をよく読んでから、同意ボタンを押してください。
「なんだこれ」
胡散臭さ95%のとても釣り要素の高い記事に航は目を丸くした。普通なら、海外の国の良いところや美しい写真などが書いてあるはずのサイトなのだが、その記事には、それとはまったくかけ離れたことが記述してあった。
「異世界転移ねー。そんなとこあるなら行ってみたい気もするけど。まあ、応募したところで何が減るわけでもなく」
航は、注意事項を読むことなく異世界転移同意書に必要事項を記入して、同意ボタンを押してしまった。
この堕落した日常のちょっとした興味心が彼の一生を左右する最大の決断となるのだが、そんなことが今わかる訳もなく、ただ、運命だけが動き始めるのである。