うつうつ
すべてのものは変化する。
思いのままに権力をふるっていた一族が滅びる。弱小一族が思いのままに権力をふるえるようになる。
金持ちが貧乏になる。貧乏が金持ちになる。
永遠の愛を誓った男女が急に疎遠になる。疎遠だった男女が急に愛を誓いあう。
赤ん坊はやがて大人になる。大人はやがて老人になる。
世の法則に従い、穏やかな日常は突然終わりをつげた。
「大丈夫かい?」
あほな神にいきなりゴブリンが徘徊している森にほっぽり出されて、死にかけていた時に助けてくれたアデラ。彼女がいなければ確実にあそこで死んでいた。
「そうだねぇ、あんたは、イヨノ王国からヤシロ巡りにやってきた巡礼者ということにするよ」
よく分からない設定作ってくれたアデラ。よく分からない設定だけどみんなこれで騙されてくれた。
「ちょいと体力がないようだけど、数か月でここまで成長できるのならなかなかのものと言っていいんじゃないかい」
毎日毎日、根気よく修行に付き合ってくれたアデラ。
「いや、あんたこれからどうするのかと思ってね。最初来た時は、ほっぽり出すのも危なかったから家に迎えたけど、今は、最低限に自分の身を守れるようになった。だから、あんたがここにいる必要もないと思ってね」
本当はどう思っていたのかは分からない。けど、そんなことよりも自分の心配をしてくれたアデラ。そのあとはかなり盛り上がったな。
そして、「楽しかったよ」
チャンスだった。圧倒的な力差があるとはいえ、両手両ひざを地面につけてひるんでいるゴブリンヒーローの脳天に剣を叩き込んだら勝てると思った。少しはアデラにいいところが見せれるはずだった。
だが、それは間違っていた。肉がつぶれる音。ミチ、ミチ。ぐちゃ。血が噴き出る音。ぶしゃー。圧倒的な力の差を甘く見ていた自分が足元をすくわれるはずだった。それが・・・・・・。代わりにアデラが、ぐちゃぐちゃに叩き潰されて肉塊となった。跡形もなかった。引き締まった肢体。目鼻立ちの整った顔。そのすべてがただの肉になり果てていた。
真っ暗な暗闇の中、ただ一人俺は佇んでいる。それは、一切の光が遮断された暗闇で、生から離れたものに等しく訪れる無のようでもあった。
しかし、そこは無ではなく何かとても恐ろしい暗黒の空間であった。俺がいるから無ではない。だが、俺以外のなにものもその空間にはなく、だれともなにとも関係なく漂っている感じである。生あるものは無を恐れるが、この空間の恐ろしさは無を凌駕している。確かに、俺は存在しているはずなのに暗闇の中にただ一人だれとも関係なく存在しているという恐怖。
ぐちゃりぐちゃり。べしゃりべしゃり。
そんな空間で一人佇んでいると、嫌に粘着質な音を立てて何かが近づいてくる。
「うぉー。うぅ。うぅ」
苦しみをうちに持つくぐもったうなり声。無の中に一人存在していた俺はその瞬間にその何かと関係が構築できたのに驚き、音の聞こえる方に視線を向けてみた。暗黒の中でもひと際際立つ漆黒の闇がずるずるとこちらに向かってゆっくりと近づいてくるのが分かる。
ぐちゃりぐちゃり。べしゃりべしゃり。
だんだんとその音が近づいてきている。
「うォー。・・・だから・・・たのに」
ぐちゃりぐちゃりときみの悪い音を響かせ、くぐもった声で何かをつぶやいているのが聞こえる。
ぐちゃりぐちゃり。べしゃりべしゃり。
ぐちゃりぐちゃり。べしゃりべしゃり。
「うぅ。・・・しもと・・・われるって」
ぐちゃりぐちゃり。べしゃりべしゃり。ぐちゃりぐちゃり。べしゃりべしゃり。
ぐちゃりぐちゃり。べしゃりべしゃり。ぐちゃりぐちゃり。べしゃりべしゃり。
もう近くだ。漆黒の闇がもう近くにいる。ぐちゃりぐちゃりとねっとりとした粘着質な音を発しながら、この暗黒の空間でまるで目的地がどこなのか見えているように近づいてくる。
「・・・くわれ・・・って」
「あしもと・・・くわれるって・・・うぅ。うぉー」
くぐもっていて不明瞭だった声がだんだんと意味を持った音に聞こえてくる。
いやだ、怖い。逃げたい。こんなわけのわからない空間にこんなわけの分からない化け物と一緒にいるなんていやだ。
ぐちゃりぐちゃり。べしゃりべしゃり。ぐちゃりぐちゃり。べしゃりべしゃり。
「たる・・・いったじゃない・・・もとすくわれるって」
分かっている。もう分かっている。分かっている。だから、逃げさせて。
「また、逃げるのかい? 航」
「・・・・・・アデラ」
「うぅ、う」
急にあたりが白んできて暗黒の暗闇からだんだんと離れていき、あらゆるものと航との関係が再構築していった。
感覚が戻ってくると、全身がぐっしょりと冷たい汗に濡れていることに彼は気が付いた。
「ここは? 知らない家の天井。知らない家のにおい。アデラ?」
航が目を開けると、そこには見知らぬ家の天井があり、見知らぬ家のにおいがした。現実と虚構の差がいまいちつかない彼はアデラが死んだ事実も夢に違いないと、ベットから上体を起こし周りを見る・・・・・・。
「気が付いたようじゃな」
「あなたは?」
すると、ベッドのそばにすごく奇妙な人物がおり、航を見ていた。その人物は、130cmほどの身長で白いローブに身を包み、なぜか、珍妙な面を顔面に装着していた。
「我が名は賢者シャドウ」




