バイバイ
死を航は覚悟した。
膝立ちをしているとはいえ、圧倒的パワーを誇る体躯から繰り出される圧倒的なこん棒の一撃。それは、会心の一撃に違いなかった。
思えばなんとなく生きてきた。なんとなく生まれて何となく生きてきた。何となく小学校に行き、何となく中学校に行き、なんとなく高校に行った。そして、なんとなく流されるままに大学受験をし、失敗した。そこには自分の意志が反映されていなかった。小学校はわかる。中学校もわかる。高校もまあ・・・・・・。しかし、なぜ大学を自分の意志で選択できなかったのか? 分からない。それから、また なんとなく流されるままに異世界に飛ばされ、なんとなく死のうとしている。
これでよいのか? こんな人生でよいのか?
与えられるままの人生に少しは自分という色を加えることができたのではないか? 少しは、違った色にできたのではないか? 大学受験を機にそれができたのではないか?
いや、しかし どうだろう。わからない。少なくともいままで生きてきた人生で自分の意志を根拠に何かを決めれたことがあっただろうか? どっちが良い選択でどっちが悪い選択なのか、それを判断できる何かが自分の中にあったのだろうか? なかった気がする。
はは、笑える人生だ。何となく生きて、何となく死ぬ。そこには、自分はない。せめて、少しは自分というものになってから死にたかったな。
バイバイ、人生。
一瞬かと思われた死の瞬間、航は自分の人生を後悔した。
でも、それだけ。後悔しただけ。
彼は一瞬後、死ぬ。醜い緑色の醜悪な生物の手にかかり死ぬ。脳髄が砕け、目玉が飛び出し、顔面はぐちゃぐちゃになり、内臓をぶちまけて彼は死ぬ。
一匹の蟻があがくことなく死ぬ。それだけ。
後悔ををもとに人生を豊かに実りあるものにはできない。
ここに、異世界からやってきたありんこの虫生が終わりをつげ・・・・・・・。
「楽しかったよ」
その瞬間、何かが航を突き飛ばた。
ミチ。ぐちゃ。ミチ、ミチ。ぶしゃーーー。
「え?」
呆けたような声を航は出す。
生暖かい物体が飛散し、まだ、生きているという感覚を彼にもたらした。
遅れて、滝のようにすごい勢いで液体が噴出し、ぐっしょりと体中に恐怖を塗りたくった。
それから、航は先ほどまで自分の立っていたところに目をやった。
「―――え。アデラ?」
そこにアデラの姿はない。ただ、ゴブリンヒーローのこん棒があり、そして、ぐちゃぐちゃにぐちゃぐちゃにぐちゃぐちゃに押しつぶされて、そこら中に飛び散った肉塊があるだけだった。
「うげぇ。おぇ、おぇ。うげぇ」
くぐもった音とともに吐しゃ物をぶちまける。
「あれは、アデラの・・・・・・・」
ぐちゃぐちゃに押しつぶされてしまった肉塊であったが、そこにはアデラのものと思われる装備。そして、多くが血に染まっていたが、銀色の髪がそこからのぞいていた。
「―――髪」
唖然とする航。泣き叫ぶのでもない、怒り狂うのでもない、立ち向かうでもない。ただただ、唖然とする。
恩人の死。師匠の死。そして、憎からず思っている人の死。
それなのにただ唖然とするだけ。
「なんだよ・・・・・・。これはよ」
だんだんと、起きてしまった現実に航が追いつこうとする。様々な感情が湧き起ころうとする。
「グギャーーーーーーーーーーーーーー。キシャーーーーーーー」
しかし、現実は彼にそういった感情が起こることを許さなかった。アデラの肉塊に叩き込まれていたこん棒が第二撃に向け、持ち上げようとしている。
ボトリ、ボトリ。びちゃり、びちゃり。肉塊がこん棒から剥がれ落ちていく。先ほどよりも、強烈な赤色がされどどす黒く染まり、強烈な鉄くささをまき散らしている。
「逃げなきゃ」
「逃げなきゃ。あんなの・・・・・・・。え?」
とっさに航はその場から逃げようと腰を上げようとするが、腰が上がらない。先ほどの惨劇により腰を抜かしていたのだ。
「そんな。いやだ」
死の間際に恐怖という感情だけが彼を支配する。
そんな無様さをあざ笑うかのようにこん棒が高く振り上げられ第二撃が装填された。
ゴブリンヒーローは逃した獲物を今度こそ仕留めようとこん棒を振り下ろした。
その瞬間、瞬くような光に包まれて航はその場から姿を消した。




