少年は少女たちと共に
翌日、牢屋で寝てたらビンタで起こされた。
「ふぇッ!? なに!? なんだ!?」
牢屋の鉄格子は開いて、中にはユーリアが立ってた。
めっちゃ蔑んだ目で見てる。
怖いよ……。
そしてユーリアの一言。
「ついて来て」
そう言うとユーリアは牢屋を出て階段を上がって行く。
やべぇ置いてかれる!
慌ててユーリアを追う。
旅団本部の建物を出て、すぐ横の建物に入る。どうやら宿舎のようだ。いくつもの部屋がある。
そのままユーリアについて行くと案内されたのは一つの部屋。建物の三階の一番奥の部屋だ。
中に入ってユーリアが電気を点けると部屋いろいろと物で溢れかえってる。
すげぇ散らかってるなぁ。
ずっと物置として放置されてたんだろうなぁ。めっちゃ埃が溜まってる。
唖然としてるとユーリアが言う。
「ここ貴方の部屋だから。貴方の荷物も全部ここに運ばされてあるわ」
「へぇ!?」
ここが俺の部屋!? 俺、今日からここで生活すんの!?
確かに俺のエアブーツやらなんやらが部屋に置いてある。
「いやいやユーリアさん、ここは人が生活できる部屋じゃ――」
抗議しようとすると、ユーリアが睨んできた。
「何? 文句あるの?」
「ないです」
無理だ。逆らえない。
あーまじかー。ここ、俺の部屋かー。これだったら牢屋の方がマシだわー。
げんなりしてると、ユーリアが袋を投げてくる。
受け取って中を開くと、そこには戦乙女旅団の団服が入ってた。
これから戦乙女旅団に入るんだから、まぁ渡されるのは当たり前なんだが――
「その、ユーリアさん? これ下がスカートなんですけど……」
そうスカートだ。どこからどう見ても。
戦乙女旅団の団服の下は長ズボンかスカートがあることは知ってる。ただ、男の俺にスカートを渡してくるっていうのはどういうことだ?
ユーリアが言う。
「旅団の団服はスカートなのよ」
「いやウソだろ!? お前、ズボン履いてんじゃん!」
ユーリアが面倒臭そうに舌打ちをする。
「だって貴方、女って思われることが嬉しいでしょ? だったらスカートでもいいじゃない」
「……」
いやもう起こされた時から感じてたけど、ユーリアめっちゃ怒ってるわ。
これが昨日言ってた罰かよ。
恐ろしすぎるだろ。
スカートを持って立ち尽くしてると、ユーリアが急かしてくる。
「さっさと着替えなさい。この後も予定があるんだから」
そう言ってユーリアは部屋を出て行った。
思わずため息が出る。
もう着るしかないわ。
着替えて外に出ると、ユーリアが待っていた。
団服に着替えた俺を見て、ユーリアは我慢できずに吹きだした。
「ぷっ」
お前が着せたんだろ!
全力で抗議したかったが、次の瞬間にはユーリアは真面目な顔に戻って一言。
「似合い過ぎてて逆に気持ち悪いわ」
視線だけで抗議すると、ユーリアは何食わぬ顔して「こっち」と言って歩き出した。
次に案内されたのは整備ドック。
ユーリアが来るとわらわらと集まってくる。
シャルロッテ、アルマ、ハイデ、アンネ、エーファ、その他にも整備員のような女が何人か。第七旅団のメンバーが勢ぞろいって感じだ。
全員、俺の姿を見て首を傾げる。
あれ? 男だよね?って顔だ。
まぁそうですよね。そういう反応になるよね。
そんな空気も気にせずユーリアが言う。
「今日から第七旅団に配属になったリンクよ」
まぁその配属は予想してた。俺的にも面識があるヤツの部隊の方がやりやすくていい。
黙ってると、ユーリアが急かしてきた。
「ほら、リンク何か挨拶」
と言われたんで挨拶する。
「あーリンクです。ただのリンクです。よろしく」
ハイデが元気よく手を挙げる。
「はーい、ユリア姉しつもーん」
「なに、ハイデ?」
「リンクって男だよね? なんでスカート履いてんの?」
うんうん、と全員が頷く。
「それは――」
と言いかけてユーリアが俺の姿を見て来る。
「ぷっ」
また吹き出した。
そして笑いながら言う。
「これは、リンクの趣味よ」
全員が驚きの声を上げる。
「「「ええ!?」」」
「ちげぇよ!! お前がこれしか用意しなかったんだろ!?」
はっきり否定しないと本気でそう思われそうだわ!
ユーリアが悪そうな笑みを浮かべながら言う。
「あら? 貴方、私に文句が言える身分だったかしら?」
「ぐぅ……」
何も言い返せねぇ。
くそぉ、覗きの件がなけりゃなぁ。
ユーリアが仕切りなおして言う。
「ってことで、第七旅団はこれから滅竜士六人で任務にあたるから。――それじゃさっそく任務の話よ」
いきなりか。
まぁこっちは稼がないといけないから上等だけどな。
ユーリアが任務を説明する。
「今回はグレンダの北部のトイア村に接近してるエルトリスの討伐。エルトリスの数は三〇体、小規模の群れね。村の位置はグレンダからトレーラーで二日といったところかしら。エルトリスが村に接触するのは四日後。かなり時間がない状況だから移動開始は明朝。各員、準備をしておいて。以降は自由行動よ。以上、解散」
ユーリアの言葉で第七旅団のメンバーが散っていく。
さて、俺はどうするか。
エアブーツの整備でもするか、銃の手入れ、槍の手入れ、やることは探せばいくらでもある。その中でもやるべきことはあの部屋の掃除だ。
あれじゃ今晩寝られんぞ。
とりあえず部屋に戻るか。
整備ドッグを出てると、照り付ける日の光で目が眩んだ。
整備ドックから宿舎のある旅団本部までは歩いて行ける距離だ。
不測の事態にすぐに出撃できるようにしているのだろう。
宿舎に入ると、早朝とは違って何人か女がいた。
ここにいるってことはもちろん旅団のメンバーだろう。
反応は様々だ。俺を睨む者、俺に脅える者、無関心な者。
どれにしても歓迎されている様子はまったくない。
まぁあれだけのことをして歓迎なんてされるわけがないか。
三階にある部屋の前まで来る。
さて、そろそろ触れてもいい頃か。
ドアを開く前に、左に視線を向けた。そこにはシャルロッテ、ハイデ、アンネの姿。
シャルロッテとハイデは何やら笑って、アンネは申し訳なさそうな顔をしている。
三人は俺がドッグを出てから堂々と後をついて来た。
用があるならそのうち声をかけてくるだろう、と思って放置したんだが、結局ここまでついて来やがった。
「いったい何の用だよ」
シャルロッテが答える。
「いえ、リンクさんの部屋がどこかのか気になってついて来ただけですわ。気にせず部屋に入ってください」
気になるわ!
てか、絶対そのまま入ってくる気だろ。
「お前らなぁ。明日は朝に出発だろう? そんなことしてていいのか?」
ハイデが元気がよく答える。
「準備なんてすぐに終わるよ! そんなことより今はリンクに聞きたいことが山ほどあるの!」
面倒だ。
こっちにはやることが山ほどあるんだ。今日はお引き取り願いたい。
「悪いけど俺は――」
「うわぁ! 汚い!」
「って勝手に入るな!!」
ハイデがいつの間にか部屋に入っていた。
アンネが慌ててハイデを止める。
「だ、だめなのです、ハイデ。人の部屋に勝手に――本当に汚いのです」
アンネが呆然と部屋の中を見つめる。
ああ、ミイラ取りがミイラになってるよ。
二人に続いてシャルロッテも部屋に入る。
「これはまた人の住める部屋ではありませんわ」
そこにこれから住むんですよ、俺は。
もう三人を止めることは諦めて、部屋に入る。
「わかっただろ。俺はこれから部屋の掃除をするんだよ。だから出て行け」
「出て行けと言われて出て行くほど、私素直じゃありませんのよ」
うぜぇ。
「それじゃ何か? 部屋の掃除を手伝ってくれるのか?」
三人が同時に首を横に振る。
「マジで出て行け!」
なんのためにいるんだ! 賑やかしか!?
シャルロッテがため息交じりに言う。
「仕方がありませんわね。少しお話しをしたかったのですが、今は引くとしましょう。リンクさん、夜にまた来るのでそれまでに掃除を終わらせておいてください」
「なに!?」
この女、とんでもないこと言いやがった!!
シャルロッテの言葉にハイデが嬉々として反応した。
「じゃ夜はリンクの部屋でごはん食べるんだ!」
「そうですわね。みなさんでいろいろ持ち寄って食事にしましょう」
ハイデが「パーティーだ!」と騒ぎ出す。
「待て待て! この部屋を夜までに掃除しろって無理だろ!」
「あら? 私の屋敷のメイドたちなら余裕ですわ」
「俺はメイドじゃねぇよ!」
「では夜にまた」
「っておい!?」
シャルロッテが部屋を出て行くと、ハイデが「またねー」と手を振ってアンネが「失礼するのです」と頭を下げて出て行った。
そして一人、埃と荷物が溜まった部屋に取り残される。
え? マジでこれを夜までに掃除するの?
改めて部屋を見回す。
いや無理だろ。
無理でした。
日は沈んで窓の外は真っ暗だ。
それだというのに部屋未だ掃除が終わっていない。
とりあえず埃だけは掃いたが、大量の荷物がどうしようもなかった。
木箱の荷物は、中にいろいろと資料やら部品やらがごちゃ混ぜに入っているのだが、捨てていいのかわからない。だから片付くわけがない。
最終手段でとりあえず木箱を積み重ねて、ある程度のスペースは確保した。
そこでちょうど部屋のドアがノックされた。
「開いてるよ」
そう呼びかけると、シャルロッテ、ハイデ、アンネ、そしてなぜかアルマが入って来た。
各々の手にはバスケットが握られている。
第一声はシャルロッテだった。
「あら、片付いていませんね」
「これで精いっぱいだわ!!」
「でも、埃はないから食事はできるのです」
アンネ、それはフォローしてるのか?
部屋を見たアルマは感嘆の声を上げた。
「ほぉ、あの物置を一日で掃除するなんてすごいなぁ」
どうやらアルマはもともとこの部屋の惨状を知っているようだった。
「というか、なんでアルマがここにいるんだよ」
「なんでとはご挨拶だなぁ。私もシャルロッテにお呼ばれしたんだよ」
シャルロッテに視線を送る。なに勝手に増やしてるんだよ、という意味を込めて。
「本当はエーファとユーリアも呼んだのですけど、二人は不参加です」
まぁあの二人は来ないだろうな。エーファは男が怖いわけだし、ユーリアは……まぁ言わずもがな。
「いいじゃん! ここにいる人たちで始めようよ! リンクの歓迎会!」
「うん?」
歓迎会? 俺の?
「どういうことだ? 俺は何も聞いてないぞ」
「あら? 言っていませんでしたか?」
「ああ、まったく何も聞いてない」
「まぁ別にやることはかわらないんだからいいじゃない。それより早く始めよう」
とアルマの言葉で各々が思い思いの場所に座って、手にしたバスケットから食べ物と飲み物を広げ始める。
唖然としてその光景を見つめる。
まさか俺を歓迎しているヤツが旅団の中にいるとは思わなかった。
まったく、そんなこと言われたらもう嫌な顔をできないわ。
突っ立っているとアルマが声をかけてくる。
「ほら、リンク、座って座って」
「あ、ああ」
腕を引っ張られて座らされる。
アンネから飲み物が入ったコップを手渡される。
柑橘系の匂いが鼻孔を刺激する。
すると唐突にアルマが振って来た。
「それじゃ主賓のリンク、乾杯の挨拶して」
「はぁ? いや挨拶って言われても」
アルマが言う。
「なんでもいいよ。旅団に入ってからの意気込みとか、やる気とか言ってくれれば」
ハイデが急かす。
「リンク早くしてー。お腹空いたー」
アンネが励ます。
「頑張ってなのです」
シャルロッテが諭す。
「男性なら堂々とお願いしますわ」
もう言わないと始まらない。
仕方ない。
「えっと、まぁなんだ、これからよろしくってことで乾杯」
「「「乾杯!!」」」
部屋にガラスがぶつかり合う音が響いた。
本部で事務仕事を終えたユーリアは宿舎へと戻って来た。
自室は二階にあるが、ユーリアは二階を通り過ぎて三階へとやってきた。
宿舎の三階は誰も住んでいない空き部屋しかない。いや今はリンクが住んでいるから、ほとんど空き部屋と言った方がいいだろう。
ユーリアは空き部屋を通り過ぎて一番奥のリンクの部屋へと向かう。
その途中で気付く。リンクの部屋近くで立ちつくすエーファの姿に。
ユーリアが声をかける。
「エーファ」
エーファは肩をビクッとさせて驚き、振り向いた。
「ユーリアさん……」
「こんなところで何をやってるの?」
エーファは目を泳がせながら答える。
「今日、シャルロッテさんにリンクさんの歓迎会に誘われたんですけど、その、私断っちゃって……。でもせめて挨拶だけでもって思ったんですけど、その……」
エーファが男性恐怖症なのは旅団でも知れ渡っていることだ。
第七旅団の団長であるユーリアももちろん知っている。
ここまで来たのはいいが、勇気がでなくて中に入れないんだろう。
リンクの部屋からは騒がしい話声が聞こえてくる。
ユーリアは不思議に思う。
あれだけのことをしておいて、第七旅団のメンバーには気に入られているリンクという存在。あの男嫌いのエーファにさえ、ここまでさせようとしているのだ。
この第七旅団全員がリンクを受け入れている。
それはおそらくあのリンクの常識外れな強さを一番わかっているからだ。そして惹かれているリンクの強さに全員が。
ユーリアは呟く。
「それは私もか……」
ユーリアが踵を返して戻ろうとすると、エーファが呼び止めた。
「ユーリアさん、戻っちゃうんですか?」
「私も少し様子を見に来ただけだから。エーファはどうするの?」
エーファは少し考えてから、ユーリアのそばに駆け寄った。
やっぱり男は怖いらしい。
エーファと一緒に階段を降りようとして、一度だけユーリアは振り返った。
「見せてもらうわ。貴方の強さが現実を打ち破れるのかどうか」