少年少女は空を舞う
お待たせしました竜戦です!
その後のユーリアの行動は早かった。
すぐさまリアに報告に行き、旅団が索敵に行くと竜の群れが確認された。
百体で構成されているエアウルスの群れだ。
胴体よりも大きい翼を持ち、手腕が翼と同化している。足には鋭い爪があり物を掴むことはできるが、地上を歩くことは苦手としている。高さは一メートル、全長は二メートルとエルトリスよりも小柄だが、翼を広げた時のエアウルスの存在感はエルトリスよりもある。
そして何より滅竜士にとって、エアウルスはエルトリスよりも厄介だ。
その理由は簡単。エアウルスは飛べるからだ。
この大陸の制空権を掌握しているエアウルスは一体殺すだけでもエルトリスの二倍は苦労する。
空からの攻撃はエアブーツがあっても飛べない滅竜士には脅威だ。
地上から銃で撃っても命中率は低いし、上ばかり見てるとエアブーツで走れない。
だからエアウルスと戦う時はエアライドを使う。
エアライドのエンジンを電力を使うモーターエンジンから燃料を使うジェットエンジンに変える。燃費はかなり悪くなるが、こうすることでエアライドは高高度で飛ぶことができる。
そしてエアライドには操縦者と狙撃手が同乗し、操縦者は操縦席に座り、狙撃手は後部に立ってエアウルスを狙撃する。
エアウルスは二人一組になって戦うことが基本だ。
戦力は半減、弾幕も半減するが、それでも地上で戦うよりはマシだ。
そして俺は今、戦乙女旅団の倉庫にいた。
整備ドッグを兼ねている倉庫では、整備士が忙しく駆け回り滅竜士がエアライドの最終チェックをしてる。
部外者の俺はドッグの隅でそれを観察する。
稼ぎ時ではあるが、俺にはエアライドがない。ここは大人しくグレンダに残って吉報を待つしかない。
そう思っていると、リアとユーリアが近づいてくる。
二人は団服の上に防具をつけて戦闘準備を整えていた。
戦乙女旅団の防具はどことなく騎士甲冑に似てる。もちろん、あんなにガチガチに固めてるわけじゃない。それだと体が重くなって機動力が落ちる。竜の鱗が縫い付けられた防具を頭、胸、手、足と最低限守らないといけない所に、身に着けている。
その防具が彼女たちを物語に出てくるような戦乙女のように仕立ててる。
テアは俺に向かって手を振ると、戦闘前とは思えない気軽さで声をかけてきた。
「やぁリンク。暇そうだね」
「……何の用だよ? 雑談をするほど総団長様は暇なのか?」
「心外だなぁー。忙しいよ、これでも。でも、それを差し置いてもリンクに声をかけないといけなかったんだよ」
「だったらさっさと用件を言え」
「そうピリピリしないでよ。――リンクはエアウルスの討伐経験はある?」
うん? 待て、今それを訊くってことは!?
隣に立つユーリアも察したのか、テアに尋ねる。
「待ってください、総団長! リンクを戦わせる気ですか!?」
当然とばかりに頷くユーリア。
「もちろん。今、旅団は第三旅団、第四旅団、第六旅団が任務でグレンダを離れてるから戦力が心もとないんだよ。それにウチはC級以下のエアウルスとの戦闘は禁止してるからね。さらに戦力ダウン。他のギルドも状況は似てるみたいで、正直、百体のエアウルスに対抗するには厳しい。今は一人でも戦力がほしいんだ」
理由はわかる。だが、俺にはエアライドがない。
その事情をユーリアが代弁する。
「リンクにはエアライドがありません!」
「大丈夫。ウチの貸すから――というかユーリアと一緒に出てもらうから」
俺とユーリアの声が重なる。
「「はぁ!?」」
「ほら、二人は一緒に戦ったことがあるんでしょ? だったらなんとかなるでしょ」
いやいや一回だけだから、それにアレを一緒に戦ったと言っていいのかわからん。
反論しようとすると、どこからともなくシャルロッテの声が聞こえてくる。
「ユーリアさんが嫌なら私がリンクさんと一緒に戦ってもいいですわよ!」
防具を身に纏ったシャルロッテが激しく手を上げている。
いやお前でも変わらねえよ。
とか思ってると、現れたエルゼがシャルロッテを腕を取って引きずって行く。
「ダメですよ、シャルロッテ。貴方は私の第二旅団に編入されているんですから。私と組むんです」
「そんな! あんまりですわ、お姉様! あ、待って! リンクさーん!」
嵐は過ぎ去った。
テアが話を戻す。
「それでリンクはエアウルスの討伐経験はある?」
なぜか目をキラキラさせているテア。
これはもう答えるしかない。
「……腐るほどあるよ。ギルドのヘルプで入った時にな」
うんうん、と満足そうな顔をするテア。
「じゃー今回もウチのヘルプってことでいいね。私の第一旅団に編入ってことでよろしく!」
そう言ってテアは去ってしまう。
「おい! ちょっと!」
残された俺とユーリア。
もう覚悟を決めるしかなさそうだ。
「ユーリア、アサルトライフルのマガジンとフル充電されたエアブーツ、それとゴーグルをくれ」
「え、あ、うん! 私たちのエアライドはアレだから!」
と一台のエアライドを指さすと取りに行くユーリア。
なんであんなに嬉しそうなんだ?
よくわからない女心に首を傾げながら、指さしたエアライドに近づく。
白髪の見知った顔がそのエアライドを整備中だった。
「あ、ユーリア? ごめん、あと少しでアリオン整備終わるから」
アルマは整備に夢中らしく、俺をユーリアと勘違いしてる。
こんな時だっていうのにその顔は嬉しそうだ。
まったくどんだけエアライドが好きなんだよ。
「俺だよ、アルマ」
バッと顔を上げたアルマが俺の顔を見て素っ頓狂な声を上げる。
「ふぇ!? リ、リンク!!」
あまりの驚きように、俺が驚くわ。
アルマはなぜか俺の顔を見ると、顔を赤くする。
「整備早くやれよ」
「あ、うん、ご、ごめん」
なぜか謝るアルマ。。
あんときから会ってなかったけど、結局なんだったんだ?
まぁ今はそんなことはどうでもいいか。
アルマはこっちを気にしてチラチラと見てくる。
整備に集中しなさいよ。
「なんだよ?」
「え、いや、どうしてリンクがここにいるのかなぁって」
「ユーリアと一緒に出ることになった」
「ユーリアと!? そ、そっか戦ってくれるんだ」
「別にお前たちのためじゃないぞ。しっかり報酬もいただくからな」
「それでも助かるよ。――あ、それじゃちょっと待ってて!」
そういうとアルマは手早く整備を終わらせると、走り去る。
それと入れ替わりでユーリアがやってくる。手にはエアブーツ一足と肩にはおそらくマガジンが入ったポーチ、腕にはゴーグルをかけている。
受け取ったゴーグルを首にかけてエアブーツをはいていると、ユーリアが尋ねてきた。
「さっきアルマがすごい勢いで走って行ったけどどうしたの?」
「さぁな。俺も知らん」
エアブーツをはいて、アサルトライフルにマガジンを装填、残りのマガジンを腰のポーチに入れると、ユーリアが追加でインカムを差し出してきた。
マイク付きの小型インカムだ。仲間との連絡のための滅竜士の必需品だ。
「これ付けて。今は一緒に戦うんだから必要でしょ?」
これを付ければ俺は今だけは戦乙女旅団の一員か……。なんか、どんどん状況に流されて既成事実を作られてる気がする。
だけど付けないわけもいかず、受け取ったインカムを耳に付ける。
そこでアルマが戻って来た。手には白い布で包まれた長物を握ってる。
「はい、これ。ずっと借りっぱなしでごめんね」
長物を受け取って白い布をほどく。
それは俺の短槍――いや違う。これは今まで俺が持ってた短槍じゃない。
刃の色が鉱石の銀色じゃなく、竜の鱗の赤褐色になってる。
「アルマ、これ……」
「移動中に作っておいたんだ。ずっと借りっぱなしにしてたお詫び。エルトリス幼生期の鱗だから鉱石よりもマシってくらいだけどね」
竜の鱗で作った短槍。俺がずっと望んでいた武器。
「今回は空中戦だからいらないかと思ったけど、いちよう渡しておくね」
最高だ。今日ほど最高な日はない!
アルマを見つめて、その白髪の頭を優しく撫でる。
「ありがとな、アルマ」
アルマの顔がまたトマトみたいに真っ赤に染まる。
「お、お詫びだから気にしないで! それじゃ私はこれで!」
ものすごい早口でそう言うと、アルマは走り去って行く。
アルマの不思議な動きにユーリアが首を傾げる。
「アルマ、どうしたのかしら?」
「さぁな」
アルマが作ってくれた短槍を腰に差して戦闘準備は完了した。
「それじゃ俺たちも行くぞ」
ドッグからは次々と戦乙女たちがエアライドで出て行く。
それを見るとユーリアの顔つきが変わる。闘志を感じる滅竜士の顔だ。
「そうね。リンクは操縦と狙撃どっちが得意?」
一人がどっちかを担うのだから当然の質問だ。
「どっちも最高に得意だ」
「あら、気が合うのね。でも私は狙撃ならリンクにも負けない自信があるわ」
ふかすじゃねぇか。
だけど上等だ。
「よしッ! 狙撃は任せたぜ! 相棒!!」
これから命を預け合う者同士。
ならユーリアは今だけは俺の相棒だ。
一瞬ユーリアの顔が喜びの色に染まる。すぐにまた滅竜士の顔に戻ったけど。
「ええッ! 操縦は任せたわ! 相棒!!」
パンと互いの手を叩くと、俺は操縦席に座り、ユーリアは後部に立ってエアライドから伸びるゴムの安全装置を足につけてる。
首にかけたゴーグルをつけて叫ぶ。
「行くぜ!!」
掛け声と共にエンジンを起動し、ジェットをふかす。
ドッグを出てると一気に高度を上げて大空へと舞い上がる。
グレンダの城壁外へと出ると、三十台ほどのエアライド、総勢六十人の滅竜士がギルドごとに隊列を組んで浮遊島が浮かぶ空を飛んでいる。そのうち、旅団のエアライドは俺を合わせて五台、十人の滅竜士が参加している。
少な過ぎる。グレンダの全てのギルドから人員を出してもこれだけしか集まってないのかよ。
今日の討伐もかなり厳しいなぁ。
まぁこの俺の手にかかれば余裕なんだけどな。
インカムからテアの声が流れる。
『戦乙女旅団のみんな! 作戦通り私たちは右翼からエアウルスの群れを叩くよ!』
作戦?
直前までドッグにいたせいで聞いてなかったっぽいな。
それを察したユーリアが説明してくれる。
「今回の作戦は部隊を二つにわけて挟撃するの」
おいおい、もとから戦力の少ない部隊を二つにわけるのは危険じゃないか?
二つにわければそれだけ弾幕は薄くなってエアウルスに近づかれる。そうなれば乱戦の中でのドッグファイトだ。数で劣ってる俺たちに完全に不利になる。
このまま一つの部隊で横翼の陣をしいて弾幕を厚くする方がいいだろ。
まぁこの数じゃいつかはドッグファイトになるだろうけど、それでも仲間の数が多ければ互いをカバーし合って連携がとれる。
うん? いやそういうことか。
「やりやすい仲間だけを固めて戦いやすくしようってことか」
「その通り」
寄せ集めの部隊じゃろくに連携がとれない。だったら連携が取りやすい同じギルドの滅竜士で集まって連携をうまくやっていこうってことか。
滅竜士にとって互いの連携は重要だ。滅竜士一人じゃ五体のエルトリス幼生期を倒すことは難しいけど、二人の滅竜士が連携して戦えば余裕だ。
滅竜士にとって一+一は二じゃない。うまい連携ができればその分だけ滅竜士は強くなる。
その考えは理解できる。だけどやっぱり弾幕が薄くなる問題がどうしてもひっかかる。
この采配がいったいどうなるかにこの戦いはかかってるな。
旅団の滅竜士は右側へと大きき旋回していく。俺もそれに続く。
旅団以外のギルドもいるみたいだけど、少し距離が離れてる。どうやら隊列は別々にするようだ。
インカムからテアの指示が飛ぶ。
『みんな、横翼の陣! エアウルスの群れに近づいて!』
横一列になったエアライドがエアウルスの群れへと近づく。
ユーリアがアサルトライフルを構える気配がした。
どんどんエアウルスの群れへと近づき、そして――エアウルスが一斉にこっちに向かって方向転換した。
思わず叫んでしまう。
「マジかよ!?」
速度を上げて近づいてくるエアウルスの群れ。
エアウルスもすげぇ危険な賭けに出てる。こっちに向かうってことは左翼の部隊に尻を見せるってことだ。多少後ろから撃たれても、まずはこっちの部隊を潰そうってはらか。
まぁこの人数じゃ間違いなく弾幕を突破されて、ドッグファイトになる。
急停止して後方へと撤退するのはありえない。その時間のロスで確実に追いつかれる。
なら取る手段は一つ。
テアが叫ぶ。
『角翼の陣!! みんな群れを突破するよ!』
俺とテアの考えは同じみたいだ。
だけどこの状況で瞬時に思い切った判断ができるのか。さすが総団長テア・アルノルトだ。
一台のエアライドが群れに向かって先行する。
テアの乗るエアライドだ。
ここで置いてかられるのは癪だ!
「行くぞ! ユーリア!」
「うん!!」
テアに続く。
テアのエアライドの左斜め後ろにつくと、エアライドの後方に立っていたテアが俺にウィンクするのがゴーグル越しでもわかった。
ずいぶんと余裕があるなぁ。
とそこで気付く。
テアは両手にスナイパーライフルを持っていた。
おいおい、乱戦しようってのにスナイパーライフル持つバカがどこにいんだよ! しかも二丁って!?
スナイパーライフルは一撃の貫通力はアサルトライフルを上回る。だが、あれはスコープで狙って打つ長距離武器だ。それを二丁持って群れに突っ込もうなんてするヤツはバカとしか言いようがない。
当たるわけがないだろ!
その心配はエアウルスの群れに突っ込むと、杞憂だと気づく。
いの一番に群れに突っ込んだテアは左右のスナイパーライフルを構えて撃った。
二つの弾丸は頭を撃ち抜き、エアウルスは砂漠へと落ちて行く。
目にスコープでもついてんのか!? いやそれだって左右同時に撃ち抜くなんて無理だ! どんな目してんだよ!?
呟かずにはいられなかった。
「バケモンだ……」
そういえばどっかのギルドのヘルプをした時聞いたことがある。
千里眼の戦乙女。
五百メートル離れた竜をスコープなしのスナイパーライフルで撃ち抜いた女がいると。
噂は聞いた時は何をバカな、と思ったがこんな神業を見せられたら信じるしかない。
テアが千里眼の戦乙女だ。
こっちも負けてらんねぇわ!
左から襲いかかるエアウルスを右に避ける。
瞬時にユーリアがそのエアウルスを撃ち落とす。
俺が避けて、ユーリアが撃ち落す。それを何度も繰り返す。
不意にユーリアが声をかけてきた。
「すごいわ、リンク! すごい狙いやすい!」
「当たり前だ! 俺を誰だと思ってる!?」
空中戦での操縦者の役割はエアウルスを避けることじゃない。狙撃手が狙いやすい位置を考えて、そこにエアウルスが行くように避けるのが操縦者の役割だ。
だけどそろそろそうも言ってらんない。
旅団の隊列が群れの中腹まで来た。もっともエアウルスの数が厚いところだ。こうなると左右上下の全方向からエアウルスが襲ってくる。
今まで誤射一つないユーリアでもきついだろう。
そろそろやるか。
左手でエアライドに固定されたアサルトライフルを掴む。
この行動にユーリアが首を傾げる。
「リンク?」
訊きたいことはわかるけど、答えてる暇はない。
二体のエアウルスが襲ってくる。一体は左上から、もう一体は右下から。右下のヤツが少し先行している。
エアウルスにしては絶妙な連携だ。右下のヤツを避ければ、左上のヤツが瞬時に襲いかかるって戦法だ。
これは絶対に避けられない。
まぁ俺が操縦するエアライドじゃなかったらの話だけど。
エアライドを左に移動させる。
「ユーリア右!」
俺の言葉に即座に反応したユーリアが右下のエアウルスを撃ち落す。
そして左上のヤツがここぞとばかりに襲いかかる。
「あめぇんだよ!!」
すかさず、左手のアサルトライフルでエアウルスを撃つ。
数発の弾丸がエアウルスに直撃してエアウルスは砂漠へと落ちていく。
ユーリアが歓声を上げる。
「リンク、貴方って人はどんなことでもできるの!?」
「ハッ、当たり前だ! って言いたいが総団長様の神業を見せられた後じゃ、んなこと言えねぇよ!」
ユーリアが撃ち落としきれないエアウルスを俺が撃ち落す。
突撃は順調だ。このままなら行ける!
そう思った瞬間、エアライドの後方から女の悲鳴が上がる。
「なんだ!?」
ユーリアが答える。
「後ろのエアライドがエアウルスにとりつかれてる! リンク、エアライドを左に向けて! 私が援護する!」
言われた瞬間、左から二体のエアウルスが襲いかかってくる。
アサルトライフルで迎撃するが避けられる。
やっぱ操縦しながらじゃ命中力がない!
二体のエアウルスはしつこくつきまとってくる。
「ダメだ! それどころじゃない!」
少しでも意識を別の方に向ければやられる!
ユーリアが叫ぶ。
「なら少しだけ時間を稼いで!」
後ろから金属音がする。
まさかアイツ!?
何かが外れる音がすると、ユーリアが呟いた。
「よしこれで!」
間違いない。アイツ、安全装置を外して後ろ向いてる!
両足についたゴムの安全装置は激しい機動をとるエアライドから狙撃手が投げ出されないようにするためのものだ。ゴムの長さはそれなりに余裕があるが、後ろを向くのは難しい。
見えないからわかんけど、ユーリアのヤツ片足の安全装置を外して、後ろを向いてやがるな!
まったくやらないわけじゃない。
撤退戦の時は片方を外して後ろから追撃してくる竜を攻撃する。
だけどこんな乱戦の時にやることじゃない!
後ろから銃声が聞こえる。そしてユーリアの声も聞こえた。
「やった!」
どうやらとりついたエアウルスを撃ち落としたようだ。
さっさと安全装置をしろ!
そう叫ぼうとした時、二体のエアウルスが前左右から襲いかかってくる。
まずい!
俺だけじゃ迎撃できない。ユーリアはまだ後ろを向いていて気付いていない。
避けるしかない!!
エアライドが前へと進みながら、思いっきり深く沈みこんだ。
一瞬の浮遊感。そして一気に加速して二体のエアウルスの下を通り抜ける。
その時、ユーリアが悲鳴が上がる。
「キャアアアッ!?」
次の瞬間、エアライドが右に大きく傾く。
右に顔を向けると、ユーリアがエアライドから投げ出されている。右足についた安全装置のゴムが伸びて、ユーリアは空中に逆さで吊り下げられてる状態だ。さらに右側にかかるユーリアの重みで車体が安定しない。
その隙をエアウルスが逃すはずがない。ユーリアの上から二体のエアウルスが襲いかかって来ている。
あの位置じゃ銃口を向けられない。右手に持ち替えてる余裕もない。投げ出されたユーリアも体がエアウルスに背を向けていて迎撃できない。
絶体絶命。万事休す。
頭の中はユーリアが食い殺される未来しか見えない。
その時、ユーリアが叫んだ。
「リンク、後をお願い!!」
声にハッとなってユーリアを見れば、ユーリアは銃口を安全装置のゴムに向けていた。
アイツ、まさか!?
ユーリアはためらわず引き金を引き、銃声と共に弾丸はゴムを切った。
ユーリアは俺を助けるために、自分を見殺しにした。
ユーリアがいなければエアライドの車体は安定する。しかも、エアウルスは空中で無防備なユーリアを襲うだろう。
最善な選択だ。ユーリアは滅竜士として最善の選択をしたんだ。
ゴムが切れた瞬間、ユーリアと目が合う。
少し悲しそうに笑っていた。自分の死を悲しみながらも、現実を受け入れるしかないって顔だ。
ユーリアの体が砂漠へと落ちて行く。
ああ、ダメだ。
俺はそんな現実を打ち砕くために滅竜士になったんだ。
だから俺は――
「そんなことを許さねぇ!!」
エアライドをユーリアに向けてジェットを噴射する。真上に向けられたジェットはエアライドの進行を真下に変えた。
砂漠へと急降下する。
重力にジェットの推進力が加わって、エアライドはユーリアへ近づく。
ユーリアはもう現実に抗う気がないように目を閉じていた。
ふざけんなッ! まだ終わってねぇ!!
「ユーリア!!」
呼ぶ声にユーリアがハッと目を開ける。
「リンクッ!?」
追ってくるなんて思わなかっただろ。
でもここで追うのが俺だ!!
左手のアサルトライフルを放り投げる。そして手が届く距離に近づいたユーリアの体を無理やり左手で抱き寄せた。
よしッ!
ユーリアを左腕で抱きしめながらエアライドを操縦する。
問題はここからだ!!
このまだとエアライドは真正面から砂漠に突っ込む。そうなれば二人ともあの世行きだ。
「上がれぇえええええ!!!!」
エアライドの車体を無理やり上空へと向けようとする。重力と推進力の勢いに逆らおうとするエアライドの車体が悲鳴を上げる。
車体がなかなか上空を向かない。
砂漠が近づく。
車体が上空を向き、徐々に落下速度が下がる。
間に合うか!?
ユーリアが祈る。
「お願い、アリオン! 頑張って!」
主人の祈りにエアライド、いやアリオンが反応した。
砂漠まで二メートルほどで落下速度を完全に殺し、一気に上空へと飛び出した。
無意識に叫ぶ。
「よしッ!」
「リンク、上!」
喜びもつかの間、ユーリアの声に誘導されて上を見れば、二体のエアウルスがこっちに向かって急降下してくる。
やべぇ! ぶつかる!
今から回避行動をとっても間に合わない。アサルトライフルは投げ捨ててしまった。
またしても打つ手がない。
胸の中にいるユーリアが動いた。手にしているアサルトライフルの銃口をエアウルスに向けた。
あの状況でアサルトライフルを捨てなかったのか!? 滅竜士の鏡だな!
ユーリアが放った弾丸は二体のエアウルフに命中する。二体とも顔面を撃ち抜かれて、そのまま砂漠へと落ちて行く。
この二体以外にエアウルスはこっちに向かってきていない。
エアライドを砂漠へと着地させる。
つかの間の休息だ。窮屈なゴーグルを外す。
まったく生きた心地がしなかった……。
胸に抱き寄せられたユーリアが呟く。
「リ、リンク、もう大丈夫だから……」
自分がかなり強くユーリアを胸に抱き寄せていたことに気付く。
「ああ、わりぃ」
力を弱めると、ユーリアが少し離れる。
ユーリアと視線がぶつかる。
なぜかユーリアの顔は真っ赤だった。
もしかして顔を打ったか?
「大丈夫か?」
ユーリアの目を見つめながら訊くと、あからさまに視線をそらされた。
「だ、大丈夫……」
なんか気まずそうにするユーリア。
なんか俺したか?
思い当たる節はまったくない。
訊いてみようか迷っていると、ユーリアが気持ちを切り替えるように一回咳払いした。
「ごめんなさい。迷惑かけて」
「まったくだ、と責めてやりたいけどそれは後だ。まずはこれからどうするかだ」
上空では旅団が群れを突っ切ってる。俺たち以外は隊列から離れてるエアライドがないことを見ると、被害はないみたいだ。
流石はグレンダ最強のギルドといったところか。
左翼にいた他のギルドは旅団と一緒に突っ込んでいる所もあれば、後方へと撤退している所もあった。
前者はかなり被害甚大のようだ。何台かエアウルスに落とされてる。後者はそれほど被害はないみたいだが、ジリ貧だ。エアウルスは後方から右翼のギルドに攻撃されているが、おかまいなしに左翼のギルドに突っ込んでいる。
攻撃の勢いはエアウルスの方がある。そのうち左翼のギルドは全滅する。
割に合わない。
こっちの被害の割にエアウルスの討伐数が少な過ぎる。
このまま左翼を全滅させるわけにはいかない。
視線を群れの真ん中に向ける。
一体だけ他のエアウルスよりも体が一回りでかいヤツが見えた。この群れのボスだ。
うん? ボスの周りのエアウルスが少ない。
群れ全体を見渡す。前方と後方に薄く広くエアウルスが隊列を組んでいる。右翼への攻撃と左翼へのけん制に数を割っているからだ。
ボスは落ちた俺たちなんてまったく意識が向いてない。
これはチャンスだ!
「ユーリア、操縦を代わってくれ」
「え? 別に構わないけど……何をする気?」
「今から群れのボスに奇襲をしかける」
ユーリアが慌てる。
「ボスに奇襲って私たちだけで!? 無謀よ!」
「よく見ろ。今、ボスの周りは手薄だ。上空から一気に上昇して一撃離脱する」
ユーリアがボスに視線を向けると、納得したように頷いた。
「確かに手薄だけど、何で攻撃するの? 高速で上昇しながらスナイパーライフルで当てるのは至難の技よ?」
アサルトライフルだと弾丸がボスの鱗に弾かれて一撃で倒すことは不可能。必然的にスナイパーライフルしか使える武器はないが、高速で上昇するエアライドの上だと車体が安定しない上に風の抵抗が予測できない。
改めてそれをやってのけるテアはバケモノだと感じる。
だけど俺にはもう一つボスに有効な武器を持っている。
腰に差した二本の短槍を抜く。二本の短槍の穂とは逆の先端部分を繋ぎ合わせ捻る。カチャと繋がる音がすると、二本の短槍は両端に穂を持つ一本の長槍となった。
その様子をユーリアが唖然とした顔で見つめていた。
「驚いた。その槍、合体するのね」
「すげぇだろ。――これでヤツを貫く」
「確かにその槍ならボスを倒せるかもしれない……。わかった。やりましょう」
ユーリアが操縦席にまたがる。
続けて俺が後方に立ち、片方だけ残った安全装置を付けた。
ゴーグルをつけてると、ユーリアが顔を前に向けながら喋る。
「片手だけでいいから私に捕まって。安全装置が片方しかないから振り落されるわ」
「おう」
左腕をユーリアの腰に回す。
エアライドが砂漠から浮くと同時にユーリアは一気に群れのボスに向かって飛ぶ。斜め上に進みながら、どんどん速度を増していく。
ボスまで百メートル。まだエアウルスは俺たちに気付いていない。
エアライドの最高速度、時速七十キロを達したのを体で感じる。
そしてボスまで五十メートル付近でエアウルスがこっちに気付く。大慌てといった様子で三体のエアウルスがこっちに向かってくる。
槍で叩き落とす!
と槍を構えると、ユーリアが叫ぶ。
「ボスに集中して!!」
「え!?」
いやだけど、この三体どうするんだよ、という疑問はすぐに解消した。
襲いかかる一体をユーリアは絶妙な機動で避けた。エアライドの勢いをまったく殺していない。
慌てて襲いかかるエアウルスたちに連携はなく、続けて一体、また一体とエアウルスを避ける。
ユーリアの操縦技術に思わず叫ぶ。
「すげぇな!!」
ボスまで残り十メートル。
ここまでくると大量のエアウルスが俺たちに気付いて向かってくるけどもう遅い。
槍のスイッチを入れ、赤褐色の穂が回転を始める。
そしてボスが槍の間合に入った瞬間、その胸に穂を突き刺した。
甲高い悲鳴を上げるエアウルスのボス。
すれ違いざまに槍を抜き、エアライドがそのまま離脱する。
ボスは胸から大量の血を流しながら砂漠へと落ちて行く。
ユーリアもそれを確認したのか、歓喜の声を上げる。
「やったぁ!! やったよ、リンク!!」
「ああ、このまま群れの上から旅団と合流するぞ!」
「うん!」
エアライドが左へ旋回し、群れの後方へ回る。
ボスを失ったエアウルスの群れは大混乱だ。
右翼を攻撃していた前方のエアウルスはボスが倒されたことに気付かず攻撃を続けているが、後方に配置されたエアウルスはボスを倒されたことに困惑したのか、動きが止まってしまう。
群れが完全に二分した。
後方のエアウルスは左翼のギルドと俺を合わせた旅団の集中攻撃を受けて全滅。
ようやく事態を察知した前方のエアウルスは群れの大半が倒されたことを知って撤退を開始する。
空を飛ぶエアライドから歓喜の声が上がる。
周りを見ると戦いの前よりも十台ぐらいエアライドが減ってる。
三分の一の被害か。かなりやられたけど、この数のエアウルスを相手によくやった方だ。
ユーリアが顔をこっちに向けて労いの言葉をかけてくる。
「お疲れ、リンク。また大活躍だったね」
「まぁな。でももう当分群れに突っ込むのは嫌だ。命がいくつあっても足りねぇよ」
ユーリアが微笑む。
「ええ、私ももう無理。生きた心地がしないわ」
お互いに視線を合わせて笑い合う。
エアウルスとの戦いが終わって、次回はユーリアがついに勘違いに気付く!そしてリンクは戦乙女旅団に入るのか?入らないのか?そしてそしてリンクとユーリアの関係はどなるのか?というところを書きたいと思います。