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少年は少女に騙される

すいません。少し遅れました。

 城塞都市グレンダ。

 その名の通り、都市の三百六十度グルッと城壁で囲まれた都市だ。

 五十メートル上の城壁には砲台が五十ほど設置されていて、竜が襲ってきても砲弾の嵐で一網打尽だ。

 城壁が建設されてから城壁内部に竜を侵入させたことは一度もないらしい。

 大陸一安全な都市と言っても過言じゃない。

 そして村から移動すること五日間。ようやく俺と戦乙女たちを乗せたトレーラーはグレンダに到着した。

 城壁の中へと入って旅団所有の倉庫にトレーラーが納まると、ようやくトレーラーから降りられた。

 トレーラーの中は快適なんだが、やっぱり外の開放感はハンパないわ。

 思わず背伸びをしてしまう。

 すると後ろから声をかけられる。

「トレーラーでの旅は疲れた?」

 振り向くとユーリアの姿があった。

「ずっとエアライドで村を渡る旅だったからな。どうも狭い場所だと肩が凝るんだよな」

「旅団のトレーラーで不満なら他のギルドのトレーラーなんて苦痛でしょうね」

「だろうなぁ。まぁギルドに入ることはないからそんな心配しなくていいだけどな」

 ユーリアが何か言いたそうな顔をする。

「言いたい事があるならはっきり言えよ」

 そう言ってようやくユーリアが口を開いた。

「どうしてリンクはギルドに入らないの? 貴方の腕ならどのギルドでも引く手数多でしょ?」

 そういえば宴会の時もそんなことを訊いてたなぁ。あんときは面倒で答えなかったけど。

 今はグレンダまで送ってもらってるから、答えないわけにはいかないか。

「別に入らないわけじゃない。ただ、自分の目的とギルドの目的が合わないだけだ」

「目的が?」

「滅竜士のギルドって大抵は金儲けしたい滅竜士が集まってんだろ? そういうギルドは割の良い仕事しか受けねぇし、金がなければ竜一体だって殺しやしない。力を持ってることをいいことに、いつも人の足元ばかり見やがる。俺はそういうギルドのやり方が合わないからギルドに入らねぇンだ」

 これは一度だけギルドに入った時に感じたことだ。

 あのギルドは本当に最悪だった。竜の群れの進路上にある村という村から金をせびってようやく討伐を始める。だってのに、状況が不利になるとすぐに撤退して村を見捨てやがった。

 思い出しただけで腹が立つ。

 そんな俺を見てユーリアが微笑んだ。

「ごめんなさい。なんだか嬉しくなってちゃって」

 嬉しくなった?

「実は私も旅団に入るまでは同じこと思ってたわ。滅竜士はお金しか興味がない嫌な人たちばっかりだって。だからリンクにすごい親近感がわいて嬉しくなったの」

 なるほど、そういうことか。

 こんなことを思ってるヤツなんてそうはいないからな。

 俺だって本心を話して共感してくれるヤツは今までいなかった。俺と同じことを思ってるって言われて嬉しくないと言えば嘘になる。ユーリアと出会えてよかったと思えるくらいには嬉しいな。

 ユーリアは笑みを浮かべたまま続けた。

「でもどう? 旅団はそんなギルドとは違ったでしょ?」

「そうだな。俺みたいなヤツの言葉を信じて、あんな果ての村まですっとんで来るくらいだ。ずいぶんとお人好しなギルドなんだな」

「旅団の総団長がものすごいお人好しでね。誰も受けないような任務をいつも受けてきちゃうの。だからいつも経理を担当してる人たちは大変そうよ。どうやって黒字にしようかってね」

「それは大変そうだ。でもその割には新型のエアライドとか揃ってるなぁ。なんだ? へそくりでも隠し持ってるのか?」

「ずいぶんと目ざといのね。まぁ貴方だから言うけど、武器メーカーと車両メーカーがスポンサーになってくれてるの。ほら、旅団ってメンバーが女の子だけだから目立つじゃない。だからいろんなところが貢物してくれるの」

 そんなユーリアの冗談に思わず笑ってしまう。

「なるほどな! 女の武器ってヤツか!」

「幻滅した?」

 ユーリアの言葉に首を横に振って否定する。

「いや俺は持ってるもんは使うし、もらえるもんはもらう主義だからな。いいと思うぜ。羨ましいくらいだ!」

 ユーリアがホッとしたような顔をする。

「そう、少し安心した」

 それはよかった。

「さて、そろそろ俺は行くわ。金を稼がないと滅竜士としてやっていけないからな。それじゃまたな、ユーリア。マジで助かったわ。この借りはどこかで返すよ」

 まずはこの前の討伐で獲った竜の鱗を売って金にするか。

 街に向かって歩き出そうとすると、不意に服の袖を掴まれた。

「待って、リンク」

「うん? なんだ?」

 まだ何か用があるのか?

「これから旅団の本部に行くんだけど、貴方も来てくれない?」

「本部に俺が? なんのために?」

「依頼を達成した報告を総団長にするんだけど、今回の依頼は予想以上に竜の鱗が手に入ったし、すごい利益になると思うの。でもこれはリンクのおかげでもあるから、訳を話せば貴方にいくらか報酬が支払えると思うわ。だから一緒に来てほしいの」

 瞬時にユーリアの手を取る。

「ぜひ行きます!」

 苦笑するユーリア。

「相変わらず変わり身が早いのね」

「さっきも言っただろ。もらえるものはもらう主義だからな」

「まったく都合のいい人ね」

 その時、城門から強い風が吹く。思わず目を瞑ってしまうほどの風だ。

 ユーリアの赤髪が風になびいて、彼女は右手で髪を抑える。

 絵になる光景だ。俺が画家ならその姿を目にやきつけて今すぐ絵筆を取ってる。この美しい姿を形にして残すために。

 そして風が止むと、再びユーリアはこっちを向いて微笑んだ。

「でも私、なんだか貴方のこと好きになっちゃったかも」

「……」

 不覚にも一瞬本気で心を奪われた。

 ユーリアは俺のことを女だと勘違いしてるから、男に向ける意味で言ったわけじゃないことはわかってる。

 それでも今の彼女の微笑みはそんなこと関係なく心を勘違いさせた。

 彼女の姿と言葉が何度も頭の中で再生される。そのせいで俺はしばらく放心状態になってしまった。

「でもリンクは私のこと嫌いなるわ……」

 そのせいで俺は彼女の言葉を聞き逃した。



 ギルドの倉庫やメーカーの工場のある工業区を抜けると、都民が生活を送る居住区へと入った。石造りやレンガ造りの家や商店が立ち並ぶ道には多くの人であふれている。

 人垣をすり抜けるユーリアの背中を追うこと数分。

 居住区の外れに旅団の本部はあった。

 石造りの建物はグレンダでもけっこうな高さだ。白石で造られているらしく、真っ白な建物は清潔感がある。

 ギルドでこんなしっかりした本部を作ってるのは旅団くらいだろうなぁ。

 そこらへんのギルドじゃそもそもこんな立派な建物はいらない。グレンダの中でも有力なギルドだからこその必要なんだろう。

 建物に見入っているとユーリアから声がかかる。

「すごいでしょ?」

「ああ、すげぇすげぇ。こんな建物見たことねぇよ」

 自分のギルドの本部を褒められたことが嬉しかったのか、ユーリアは上機嫌で本部へと入って行く。

 それに続く。

 建物の中は外見よりもっとすごかった。

 ここは一階のフロアだろう。大理石の床、柱には装飾が施されていて来客用の椅子とテーブルが五組用意されている。

 いやぁ、マジですげぇ。

 もうこれは都市行政府の建物だって言われても騙されるわ。

 ユーリアは受付へと行くと、女と何やら会話して戻って来た。

「はい、これ。入場許可証だから首にかけておいて」

「はい?」

 入場許可証?

「外部の人はこれをする決まりなの。ほら旅団は女の子だけのギルドでしょ? 何かと面倒なことが多くてね」

 なるほど。さかった男どもが湧いてくるわけね。

 紐の輪に首をとして許可証が胸のあたりにくるようにする。

 それを確認してユーリアが「総団長室は二階だから」と言って歩き出す。

 それに続いて階段を上ると、一番奥の部屋へとつく。

 ユーリアが三回ノックすると、「どうぞぉ」と気の抜けるような声が返ってくる。

「失礼します」

「失礼しまーす」

 ユーリア、俺の順で総団長室へと入る。

 部屋の中は意外にも質素だった。特に装飾品はなく、執務用の机と椅子が一組、来客用のテーブルと長椅子二脚、本がギッシリと詰まった本棚があるだけだ。

 部屋の主はずいぶんと質素なヤツなんだな。

 外装や内装にこだわってる割には意外だ。

 そして執務用の椅子には黒髪の女が机に高くつみあがった書類の山に囲まれていた。何やら疲れているようで、机に頬を押し付けている。顔はどこか幼さがある。旅団の総団長は若いと風の噂で聞いたけど、本当に若い。まだ二十代前半といったところか。

 その隣に控えるようにして青髪の女が立っている。こっちは総団長よりも大人っぽい。凛とした顔立ちはどこかユーリアにも似たところがある。

 そして最後に来客用の椅子に座って優雅にお茶を飲む金髪の女。大らかそうな印象がある。若そうに見えるけど、落ち着いた雰囲気が大人っぽさを感じさせて年齢が読めん。どこか顔はシャルロッテに似てる。もしかしたら姉妹かもしれない。

 ユーリアが姿勢を整えて報告する。

「南西からのエルトリスの討伐任務、完了しました!」

 報告を聞いても顔を上げようとしない黒髪の女。そのままの体勢で呟く。

「ユリアか。はいはい、ご苦労さまぁ。まだ次の任務はないから第七旅団のみんなは休んでていいよぉ」

 ふてくされたような声を出す黒髪の女。

 どうも俺に気付いてないなぁ。

 もし気付いてて同じ態度なら総団長としての体裁に悪い。

 見かねた青髪の女が諭すように言った。

「おい、テア。来客者の前だぞ」

 その声を聞いて、ようやくテアと呼ばれた女は「お?」と顔を上げた。

 俺と目が合うと「やっちゃったぁ」という顔をする。

「ごめんごめん。ぜんぜん気付かなかったよ。人が悪いなぁ、リュン。早く言ってよぉ」

「だらしない格好をしている、お前が悪い。というか部外者の前で私をリュンと呼ぶな。ブリュンヒルトか、副団長と呼べといつも言ってるだろ」

「いやだってブリュンヒルトって長くて呼びづらいんだもん」

 自分の名前を呼びづらいと言われて、額に青筋を浮かべるブリュンヒリュト。

 あ、噛んじゃった。確かに言いづらいわ。俺もリュンと呼ばせてもらおう。

 二人の間に険悪なムードが漂い出すと、金髪の女が仲裁に入る。

「テアさん、リュンさん、お客様をお待たせしていますよ」

 リュンは金髪の女に視線を向ける。

「エルゼ、お前もか……」

 ため息を一つつくと、改まってリュンがユーリアを見て言う。

「それでそちらの方は?」

「はい、今回の任務の協力者です。エルトリスの個体数が報告の二倍はいたのですが、こちらのリンクの力を借りて討伐することができました」

 テアが椅子から立ち上がって驚いた声を上げる。

「え!? 二倍!? ってことは六十体くらい? 大丈夫だったの!?」

「はい、死傷者負傷者共にゼロです」

「そっか、それはよかった」

 ホッと息を吐いて再び椅子に座るテア。その視線が俺へと向く。

「どうやら僕の子たちが世話になったみたいだね。ありがとう、リンク。僕は戦乙女旅団総団長、テア・アルノルトだよ。第一旅団の団長もしてるから」

 テアに続くようにしてリュンが名乗る。

「私は戦乙女旅団総団長補佐兼第一旅団副団長、ブリュンヒルト・アルベルトだ」

 エルゼが持っていたティーカップを置いて立ち上がる。

「私は戦乙女第二旅団団長、エルゼ・ブリッツェです。妹とのシャルロッテがお世話になったようで、ありがとうございます」

 やっぱりエルゼはシャルロッテの姉のようだ。物腰はシャルロッテよりも落ち着ているが。

 さて、名乗られたからには名乗るのが礼儀だ。

「俺はリンク。ただのリンクだ。よろしく頼む」

 リュンの眉間に皺が寄る。俺の言葉遣いがお気に召さなかったみたいだ。

 まぁ歳下にそんな言葉遣いをされたら誰だって怒るわな。だけどこれが俺だ。別に直す気もない。

 テアは気にした様子もなく言う。

「それでリンクは僕に何の用かな?」

 俺の代わりにユーリアが答える。

「今回の討伐任務でリンクはエアライドと財産を失ってしまいました。それに比べこちらは予想以上に竜の鱗を手に入れたので、その差をリンクの損失にあてていただけないかとお願いに来ました」

 うんうん、と頷くテア。

「そーだね。オッケーだよ、ユリア。リンクの活躍分だけわけてあげて。全部ユリアに任せるから」

 よっしゃぁああああああ!!

 これでなんとか当分の生活費はどうにかなりそうだ!!

 マジ総団長サマサマだ!!

 小躍りしちゃう!

 心の中で踊っていると、続けてユーリアが言う。

「それともう一つ。リンクの入団の許可をいただけませんか?」

「へぇ?」

 へぇ?

 心の中で踊ってた俺が立ち尽くした。

 テアが尋ねる。

「ほぉー、ユーリアが誰かを推薦するなんて珍しいね。リンクはそんなにすごいの?」

「はい、彼は旅団の大きな力になります」

 え? え? いや、え?

 いやいやいや! 待って、ちょっと待って! それは困る! マジで困る!

 俺、戦乙女旅団に入りたいって一度も言ってないし、そもそも俺男なんですけどッ!

 ここに来て男と黙っていたことが裏目に出た。

 やべぇよ。早く誤解を解かないと取り返しのつかないことになる。

「あ、あのユーリアさん、実は俺――」

 男だ、と言いかけたところでテアが叫び出す。

「よしッ! それじゃ今から入団テストをしよう! 私直々に審査してあげるよ!」

 ええッ!? 今から!? 話が早すぎませんか!?

 もう決定と言わんばかりの満面な笑みを浮かべるテア。そんなテアを諭すリュン。

「待て、テア。まだ目を通すべき書類が残っているぞ」

 そうだ! 書類は大切だぞ! 目を通せ!

 テアがチラッと書類の山を見る。

「全てリュンに一任します!」

 人任せかよ!? てかコイツただ仕事サボりたいだけだろ!?

 リュンがやれやれと言ったように首を横に振る。

「ダメに決まっているだろ。いいからさっさと仕事をしろ」

「えーやだやだ! 僕はリンクの入団テストをするんだ! ユリアの推薦だよ? リュンもどんな子か気になるでしょ?」

 リュンの鋭い視線がこっちに向く。

 視線だけで体に穴が空けられそうなくらい鋭い。

「まぁ確かにユーリアの推薦ということはかなりの腕なんだろうな」

 なんか獲物を見る狩人の目になってる。

 怖いわ……。

「いいだろ。入団テストをしよう」

 えぇ!? 俺の最後の砦が崩れた!?

 テアが両手を上げて喜ぶ。

「やったー!」

「だがお前は仕事をしろ」

「いやぁああ!」

 テアの歓声が悲鳴に変わる。

 いや悲鳴を上げたいのは俺なんですけど!

 もう俺がどうにかするしかない!

「ちょっと待ってくれ! 俺は戦乙女旅団に入団したいなんて言ってない!」

 その言葉を聞いてリュンの鋭い視線がユーリアに向く。

「これはいったいどういうことだ、ユーリア」

 リュンの鋭い視線に動じることなくユーリアが答える。

「申し訳ありません。これは私の独断です」

「そう! だから別に俺がユーリアに頼んだわけじゃないんだ! だから――」

 言葉の途中でリュンが予想外の言葉を呟いた。

「興味深い」

「へぇ?」

「規則に忠実なユーリアが無理やりにでも入団したい滅竜士か。がぜん興味がわいた」

 おいおいおい! 何わいちゃってるんだよ!

 また机に突っ伏したテアが「楽しそうだねぇ」と皮肉交じりに呟く。

 楽しくねぇよ!

 リュンが凶悪な笑みを浮かべながら言う。

「リンク、悪いが入団テスト受けてもらうぞ」

「こ、断る!」

 もう断固として拒否するしかない。

 だがリュンは最悪なことを言い出した。

「なら、さきほどの損失の補てんの話なかったことにしよう」

「えぇえ!?」

 クソッ! 人の弱みにつけこんできやがった!

 またしても机に突っ伏したテアが呟く。

「リュンは常識人のフリして、実はかなりの頑固者だから諦めなぁ」

 もうダメだ! やっぱり俺が男だって言うしかない!

「今まで言わなかったけど、実は俺――うぉお!」

 気付いたらエルゼが俺の顔を至近距離でマジマジと見ていた。

 ビビった! 俺に気配を感じさせないでここまで近づくなんて!

 エルゼは少しそのまま見つめてくるとニッコリと微笑んだ。

「なるほど。そういうことですか」

 何かわかったような口ぶりのエルゼ。

 ただそれ以上何も言わず、元の場所に座って再びお茶を飲みだす。

 なんなんだよッ、アンタ!?

 そうこうしているうちにリュンが話を進めていく。

「それじゃこちらでテストの準備をしよう。ユーリアはリンクに付き添ってやれ」

「了解です」

「え? ちょ、待って! 俺は了解してないんですけど!」

 リュンが何やら蔑むような視線を送ってくる。

「さきほどからずいぶんとギャアギャア騒ぐな。そんなに騒ぐと力の底が知れるぞ?」

 リュンの言葉に頭の中の糸が切れた。

「――はぁ? 力の底? 会って数分で何言ってんだ、お前?」

「腕のない滅竜士ほど口だけはよく動くからな。見ているとお前もその類なのかと思ってな」

 俺が腕のない滅竜士?

 コイツ、とんだ勘違いしてやがる。

「舐めんなよ、お前の百倍はつえぇよ」

「ほぉ、ほざいたな。じゃその力見せてもらおうか」

「上等! お前の度肝抜いてやるよ」

 上等だ! 入団テストだろうがなんだろうが受けてやるよ!

 ピリピリとした部屋の空気の中でエルゼが場違いな声色で呟く。

「楽しくなってきましたね」

 続けてやる気のないテアの声が聞こえる。

「二人とも喧嘩しちゃだめだよぉ」

 俺は踵を返して部屋を出た。



 リンクが出て行った総団長室にはユーリア、ブリュンヒルト、エルゼ、テアが残った。

 ブリュンヒルトはさきほどの挑発的な笑みは消え、どこかすがすがしい笑みを浮かべていた。

「まったくずいぶんと短気なヤツを連れてきたな、ユーリア」

 ユーリアは申し訳なさそうに頭を下げた。

「すいません。私もあんなに短気だとは知りませんでした」

「いやいい。プライドのある滅竜士は自分の腕を蔑まれることを一番嫌うからな。問題はそのプライドがどこまで本物かということだが」

 面倒臭そうな顔をして書類に手を伸ばし始めたテアが呟いた。

「ずいぶんとリンクに興味があるみたいだね、リュン。見た限りだと一番リュンの嫌いなタイプだと思ったけど」

「確かに歳上に対する礼儀がなってないが、体つきを見ると滅竜士に特有の筋肉がやたらとついていたからな。それにユーリアが本人の意思を無視してまで推薦したヤツだ。興味もわくさ。エルゼから見てヤツはどうだった?」

 エルゼは持ち上げたカップを止める。

「そうですねぇ、とても綺麗な人でしたね」

「うん? それだけか? あんなにもマジマジと見ていたではないか」

「私は別にリュンさんのように体つきを見ていたわけじゃありませんから。でも、私も彼には興味があります。リュンさんと別の意味で」

 なんとも意味深なことを言うエルゼ。

 サラッとエルゼはリンクについての重大なことを口にしたが三人は気付かなかった。

 そんな二人の様子を見ていたテアが言う。

「二人ともリンクに興味深々だねぇ。まぁ僕も少し気にあることはあるけど。――ユリア、今回の任務は六十体のエルトリスを相手にしたんだよね?」

「はい」

「正直言って第七旅団の五人に一人滅竜士が加わったところでこの数をどうにかできると思えないんだよね」

 第七旅団は半年前に新設されたばかりの新しい旅団。個々の力も偏りがあり、連携も未熟だ。他の旅団ならまだしも、第七旅団と一人の滅竜士では六十体ものエルトリスを討伐できる力はない。

 テアはそう思っているのだ。

「それで訊きたいんだけど、リンクはいったい何体のエルトリスを倒したの?」

 テアの質問にユーリアは一拍置いて答えた。

「群れのボスを含めて、およそ三十体ほどです」

 その驚愕の数にブリュンヒルトは唖然とした顔をして、エルゼは口につけて傾けたカップを止めた。

 そしてテアも書類をめくっていた手を止める。

「なるほどねぇ。どうやらリュンに啖呵を切るだけのことはありそうだね」

 そう言って浮かべる笑みはテア・アルノルトの笑みではなく、戦乙女旅団総団長の笑みだった。

 そしてゆっくりと立ち上がり、部屋のドアの方へと歩き出した。

 部屋に緊張した空気が流れる。

 総団長の姿を見せたテアにブリュンヒルトが声をかける。

「テア」

 テアは足を止めて顔だけブリュンヒルトに向けた。

「なんだい、リュン?」

 落ち着いた声で訊くテア。

 そんなテアにブリュンヒルトは言い放った。

「真面目を装って仕事を放り出そうとするな」

 さきほどとは別の意味で緊張した空気が部屋に流れた。

 テアは心外とばかりに鼻を鳴らして、

「僕だってリンクの実力が知りたいんだぁああああ!!」

 叫びながら全力疾走で部屋から出て行った。

 エルゼは「あらあら」とマイペースに呟く。

 ユーリアは「え? え?」と突然の総団長の奇行に困惑する。

 ブリュンヒルトは舌打ちすると、ユーリアに言う。

「ユーリア、君はリンクのところに行け。私はあのバカを引きずり戻す」

「は、はい!」

 ブリュンヒルトはテアを追いかける。

 ユーリアはエルゼに一礼すると、リンクを追って部屋を出て行った。

 一人残されたエルゼは優雅にお茶を飲みながら一言。

「本当に楽しくなりそうです」



 俺の短所は頭に血が上ると冷静な判断ができないことです。

 自覚しております。そして後悔しております。

 何やってんだ、おれぇええええええ!!

 もう完全にリュンに乗せられたよ! あんな安い挑発に乗るなんて、どんだけ短気なんだよ俺!! どうすんだよ! 受けちゃうよ、入団テスト! 俺、男なのに!!

 もう自己嫌悪ハンパない……。

 グレンダの城壁の外。地平線まで続く砂漠の上で立ち尽くした。

 体には防具をつけて足にはエアブーツ、肩にアサルトライフルをかけて戦闘準備は整ってる。

 どうする? 今更、男ですって言えねぇわ。

 最終手段もタイミングを失ってもう使えない。テストに手を抜くのもプライドが許さない。

 ぶっちゃけ、この俺がテストに合格しないはずがない。このままじゃ俺、戦乙女旅団に入ることになる。そうなる前に入団を断る言い訳を考えなければ……。

 何かないかと考えていると横にいたユーリアが声をかけてくる。

「リンク、ごめんなさい。貴方を騙すようなことして……」

 ずっと黙って俺についてきてようやく喋ったか。

 罪悪感と気まずさで何も言えなかったんだろう。

 だが、俺は怒ってる! めっちゃユーリアに怒ってる! 全ての元凶はこの女だ! たとえどんな顔をされても許す気はない! 無視だ! 無視!

 だけどユーリアは無視されても謝り続けた。

「貴方がギルドに入る気がないのも察してたし、それが旅団でも変わらないのはわかってた。でも私はどうしても貴方を旅団に入れたかったの。本当にごめんなさい!」

 腰が折れるんじゃないかという勢いで頭を下げるユーリア。

 ふっ、どんなに謝っても俺の怒りは消えんのだ。

 とりあえずエアブーツの確認をするか。五日前から充電してないから、動くかどうか心配だ。

 ベルトのボタンを押すと、エアブーツは問題なく起動した。残りの充電を示すメーターも三分の一は残ってる。これなら後三時間は余裕だ。

 アサルトライフルに残弾はないけど、向こうが訓練弾を用意してくれるだろ。腰の短槍のホルスターはアルマのせいでまだ一個空いたままだけど、まぁテストに短槍を使うことはないだろう。

 残念ながら準備は整ってしまった。

 うん? 待てよ。もしかしてエアブーツの調子が悪いって言ったらテスト中止にしてくれるか?

 おっと、これはけっこう名案なんじゃなか? 問題は隣にいるユーリアに機動したところを見られたことが。

 と視線を向けると、ユーリアは目尻に涙を溜めて俺のことを悲しそうに見ていた。

 おぉおおおおおおお!! その顔を止めろぉおおおおおお!!

 俺が悪いことしてる気分になっちゃうだろ!

 視線を合わせてくれたチャンスを逃すまいと、ユーリアが前のめりになって喋る。

 自然とでかい胸が強調される。

「リンク、もう私を許してとは言わないわ。ただ、もし少しでも旅団に入る気があるなら本気でテストを受けて!」

 おいおい、元凶のくせによくそんなことが言え――あー視線が胸に行くわー。

 ダメだダメだ。落ち着け俺。色香に惑わされるな。

 視線をそらすと、ユーリアは拒絶されたと勘違いしたのか俺の腕を握り占めてくる。

「お願い、リンク」

 涙目の上目遣い。効果は抜群だー。

 押し付けられる胸。効果は抜群だー。

 リンクは力尽きた。

 大きくため息をついて本音を喋る。

「……テストで手を抜く気はない」

 その言葉に弾けるような笑顔をするユーリア。

「じゃ、じゃ旅団に――」

「それは断る」

 ユーリアの言葉を遮るようにして言い放つ。

「俺はテストで手を抜くのが嫌なだけだ。勘違いするな」

 ユーリアの笑顔がしぼんでいく。

 ああ、なんで罪悪感があるんだ。悪いのは俺じゃなくてユーリアだろ。

 だけどユーリアはまだ諦めていないらしい。悲しそうな顔をしてるが、目がそう言ってる。

「テストの後、私に付き合って。旅団がどれだけいいギルドか説明するから。リンクも絶対気に入ると思うから」

 気に入る、気に入らないの問題だけだじゃないんだ。

 俺がギルドに入らないのは……。

 だけどそれを言う気はない。これは俺だけの問題だ。コイツには関係ない。

 ユーリアの誘いに何も答えなかった。

 当然答えはノーなのだが、それを言えばまたユーリアはうるさく喚くだろうから。

 その時、砂漠側から強い風が吹いた。

 視線を風の先へと向けると、砂嵐が起こっていた。

 この大陸じゃ砂嵐なんて珍しくない。

 一時的なもので時間が経てばそのうち収まる。

 ただ索敵に視覚を使う滅竜士にとって天敵だ。砂嵐に入れば視界は砂でふさがれるし、エアライドの機動力も半減する。

 竜との戦闘で砂嵐が見えたら即座に撤退するのが基本だ。

 砂嵐はそれほど大きくない。これならグレンダに到着する前に消えるだろう。

 ちっ、砂嵐を理由に中止になると思ったんだが。いつも邪魔ばかりするんだから、こんな時ぐらい役に立てよ。

 心の中でぼやいていると、砂嵐に妙な影が見えた。

「うん?」

 影はすぐに消えたが、何か引っかかる。

 砂嵐で舞い上がった石か? いやそれにしてはやけに安定していた。

 まるで飛んでいるかのように。

「――ッ!?」

 自分で思って戦慄した。

 ポーチから取り出した双眼鏡を覗いて、ジッと砂嵐を観察する。

 また見えた!

 今度ははっきりと影を確認できた。その影の形は間違なく、俺がよく知ってるものだ。

 俺はユーリアに向かって叫ぶ。

「ユーリア! テアを呼べ!」

「え? どうしたの?」

 突然の言葉に首を傾げるユーリア。

 ああ、もうじれったい!

「いいから呼べ! 手遅れになる前に! お前はグレンダを滅ぼしたいのか!?」

 その言葉でようやく何が起こってるのか気付いたのだろう。

 ユーリアの顔つきが変わる。

 それは五日前に竜と戦っていた滅竜士の顔だ。

 俺はユーリアに向かって改めて言った。

「竜の襲撃だ!」


ようやくストーリーが進み出しました!

次は久しぶりの竜戦です! 敵は空を舞う竜! リンクたち滅竜士はどうやって戦うのか? 戦乙女旅団総団長テア・アルノルトの実力は? そしてリンクとユーリアとの関係はどうなるのか?

次回はそんなところを書きたいと思います。


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